妖魔界

6 トゥーリナとターラン6

 ザンにめちゃくちゃに殴られて、これはお仕置きだからなと言われた。初めてザンの部屋に入った時に、ノックをしなくても何も言われなかったので、次もノックをしないで入った結果がそれだった。

「く・くそー…。何もこんなに殴ることねーだろう…。」

「うるせえっ!ネスクリが言う通り、おめえには躾が必要だっ。いいか、これに懲りたらもう二度と黙って入ってくるなよ!今度やったら、…殺すぞ。」

 ザハランの胸倉を掴んで顔を近づけ、ぞっとするような冷たい声を出したザンは、彼を部屋から蹴り出した。「おいっ、この馬鹿こうもりをカプセルに入れておけ!」

 ターランとネスクリが慌ててザハランの体を抱き上げ、医務室へと連れ去った。

 

「もう!どうしてザン様を怒らせるんだい?前にネスクリに怒られたのに、どうして言う通りにしなかったのさ?ザン様は女なんだから、いきなり部屋に入ったら怒るって思わなかったのかい?」

 カプセルに入れるほどの傷じゃないと、医療代をケチられたトゥーリナに、ターランは小言を言いながら、パジャマを着せてやった。軽い手当てだけでベッドに投げ出された彼に、癒しの妖力を送り、治らなかった傷には、丁寧な手当てをしてやったターラン。ザンが彼を鍛え始めたので、彼を苛めるのは止めていた。

「そんなにぐだぐだ言うなよ。俺はそんなの面倒だっただけなんだ。あれだけ殴られて、殺すとまで言われたら、面倒でも次からはノックするさ。お前、俺の尻を引っぱたいてから、親にでもなったつもりかよ?」

「そんな。ただ、君が心配なだけだよ。…君は女を作ったからね。」

 さらりと言ったターランの言葉にザハランはギョッとした。

「な・なんで知ってんだよ?」

「君、知られていないと思ってたの?人間界の仕事から帰る度に、同じ女の匂いをさせているのにさ。僕は人間が駄目だからね、匂いには敏感なんだよ。」

「そういや、そうだったな。忘れてたぜ。…あのよ、お前が嫌になった訳じゃねえ。前にされたあのことは、お前だって嫌だったって分かったし、前の様に俺にとってお前は親友だと思ってる。…けど。」

 そこまで言うと、ザハランは目を伏せた。「…悪いけど、俺はお前を愛せねえよ…。…あいつ、あいつはいつも傷だらけなんだ。女なのによ。お前があれをする前の俺みたいに、生きてるのに死んでいるみたいで…。」

「トゥー。君は俺を殺したいのかい?そんな…そんな切ない顔で、そんなに愛情に溢れた顔で、俺の知らない女のことなんか語らないでくれよっ。俺の気持ちを知ってるくせに…、君は本当に冷酷だよ、優しい顔で俺を切り捨てるんだ。」

「違う。…俺にとってお前は大切な存在さ。ただ、お前が思っている様には、俺は出来ないんだ。…俺に出来るのは、ここまでさ…。」

 ザハランは、ターランを抱き寄せると彼の唇を吸った。ターランは複雑な表情をした。嬉しいのに辛い…。

 

 ザンは医務室の扉を開けた。ザハランがターランにカプセル用の医療服を着せてもらっている所だった。ザハランが、医者とネスクリの判断でカプセルに入れてもらえなかったと知った彼女は、2人を散々怒鳴りつけた後、彼を医務室に送還させた。

「おめえ、それぐらい自分で着ろよ。赤ん坊か?」

「こいつがやりたがる。」

「俺は、ザハランの世話をするのが好きなんですよ。」

 ターランの方を見たザンは、あっと声をあげた。

「ターラン、お前“太陽”になりかけてるぞ!…何があった?」

 太陽とは「トゥーリナとターランの過去2」で書いたが、堕天使の羽の最高の状態を示す。

「ザハランが俺にキスしてくれたんです。とても情熱的に。俺は今、かなりいい気分なんですよ。ザハランに女さえいなかったら、完全に太陽になっているでしょうね。」

「やっぱりいるのか。…ずっと同じ人間の女の匂いがしていたから、そうじゃないかと思って、人間界の仕事を増やしたんだけどよ…。…うっ。」

 ターランの体から凄まじい殺気が立ち上り、ザンは思わずうめいた。

「ザン様が俺の恋をぶち壊す手助けをしていたんですか…!」

「お前っ、その妖気は止めろっ。医者とただでさえ傷ついてるザハランが死ぬぞっ。」

 ターランははっとした。肌がぴりぴりするような殺気が薄れる。ザハランと医者が苦しげにうずくまっている。

「わあっ、ごめんよ、トゥーリナっ。だ・大丈夫かいっ?」

 慌ててぐったりしているトゥーリナを抱きかかえたターランは、彼に思いっきり睨まれた。「つい、かっとなっちゃったんだ…。え?違う?…あっ!!!」

「名前…。」

 ザハランは苦しみながらも、怒りの表情を崩さない。つい本名を言ってしまったターランは、医者を介抱しているザンを見た。

「おい、大丈夫か?お前もカプセル入った方がいいんじゃねえか?…ったく、ターランっ!!もう少し考えやがれっ!自分の力も管理できねえなんて、どうかしてやがるぜ。」

「す・済みません…。…ザン様が酷いことを言うから、つい…。」

「まあた、てめえはっ!人の所為にすんな!強い者なら当然だろうがよっ。」

 ザンはターランを睨んでいたが、ふと何かに気が付いた顔をした。「…今、お前、こうもりの名前を言わなかったか?」

「えっ、あ・あのっ…いえっ、何も言ってませんっ。空耳ですよ、空耳っ。」

「そうか…?……まあ、いいだろう…。…おい、こいつら2匹ともカプセルに入れろ。こうもりは、緑、医者は青にしろ。」

 奥の部屋から何人かの医者が出てきて、ザハランと医者をそれぞれカプセルに入れ、薬溶液を入れ始めた。薬溶液は3種類あり、黄が軽い傷用、青が疲れを取る体力回復用、緑が黄と青の2つの効果を足しさらに高い効果を発する薬である。

 

 ザンの部屋。ザンとターランが二人だけでいる。

「あいつは、トゥーリナ…なんだな?」

「いえっ、その…あの…。トゥーは、本名を知られるのを嫌がっていますので、俺には何にも言えないです…。怒られますから…。」

「トゥーリナが恥ずかしい名前だっていうのは良く分かる。でも、俺が訊きたいのは、そんな下らねえことじゃねえ。聞いたろ?あいつの父親の話。」

「へっ!?何のことですか?トゥーは捨てられていたので、実の父親はいませんよ…。」

「なんだ、あいつ、お前に隠したのか…。あいつ根に持つ性格なのか?それとも慎重なのか?」

「…俺がトゥーにやる気を出させる為に色々やったので、教えたくなかったんでしょう。何の話なのか分からないので、ちゃんとした判断は出来ませんが。」

「お前はあいつの為に生きてるんだったか。なら、口は固いな。…実はな。」

 ザンが言いかけると、ターランは大慌てで遮った。

「いいですっ。トゥーが俺に教えたくないのなら、俺は聞きたいとは思いません。トゥーが語ってくれるまで待ちますよ。」

「…。…お前、あいつに奴隷の印でも押してもらえ。」

「体にはないですけど、心にはあるつもりです。」

 ターランはにっこりと笑った。ザンは呆れて物も言えないという顔をした…。

 

 数年後。ザハランの成長は、ターランよりもゆっくりだった。リトゥナがヨチヨチ歩きをしている頃、彼はやっと四者ジオルクに追いついた。でも、何回試合を挑んでも、一度も勝てなかった。

「パパ。あのね、ママね。」

「五月蝿いっ。俺に話し掛けるなっ。またぶん殴られたいのかっ。」

 女の子とよく間違えられる息子リトゥナが甘えてきて、ザハランは冷たく突き放した。彼は今、遅々とした自分の歩みに腹を立て、誰も省みる余裕がなかった。

「そんなに冷たくしないで…。この子はただ貴方が…あっ。」

 ばちんっ。百合恵の頬が鳴る。勢いで、彼女は倒れた。リトゥナが泣き叫びながら、百合恵に飛びつく。

「話し掛けるなと言っただろっ。」

 ザハランは立ちあがると、部屋を出て行った。

「大丈夫よ、泣かないで、リトゥナ。男の子が泣いちゃ駄目よ。」

 百合恵は微笑み、優しくリトゥナを抱きしめる。会ったばかりの頃のザハランは、もう少し優しかったのに。この所は何に怒っているのか分からないけれど、やたら冷たくて暴力的だ。百合恵は淋しかった。

 

「ねえ、リトゥナ。ここ、何処かしらね?」

「ママ、分かんない。」

「困ったわねえ…。」

 百合恵は広大なお城で迷っていた。カタエルが部下の奥さん達と皆で色々話をするから、貴女もいらっしゃいなと誘ってくれ、庭に行きたいのだけど…。「庭に行くどころか、部屋にも戻れないわ…。」

 あちこち見回すが、まるで分からない。いつもなら、部下か召し使いの女の子が一人は歩いているのに…。

「なーにやってんだっ。目障りなんだよ、俺の部屋の周りをうろつくなっ、人間どもっ。」

 ターランが怒鳴りながら、部屋から出てきた。百合恵はほっとした。これでなんとかなる。

「あ、ターランさん…。わたし、庭へ行きたかったんですけど、玄関を探していたら、何時の間にかこんな所へ来てしまって…。」

「こんな所で悪かったなっ。お前等は臭いんだっ、さっさと何処かへ行けっ。」

「酷いですっ。わたしもリトゥナも毎日お風呂へ入ってますよ。こんな所って悪い意味で言ったんじゃないのに…。」

「俺は、人間臭いって言ってるんだ。知能が足りないな、人間は。…庭へ行きたいなら、ここから落ちればすぐだよ?ほらほらっ。」

 ターランは窓を開け放つと、百合恵の体を押し出そうとする。

「止めて下さいっ。何するんですかっ?」

 母に抱かれているリトゥナが火のついた様に泣き出した。

「てめえっ、ターランっ!!何やってんだよっ。」

 ターランはびくっと振り返る。

「トゥーっ。」

「百合恵やリトゥナに何かしたら、ただじゃおかねえぞっ。」

「ど・どうしてそんなことを言うんだよっ。君はこいつ等なんて、何とも思っていない筈だろ?百合恵もリトゥナも顔を腫らしてるし…。」

「こいつ等を何とも思ってねえなんて、俺がいつ言った?お前が勝手に判断するんじゃねえよ!こいつ等は俺の物だから、自分の好きに扱ってるだけだ。」

「…。」

「いいか、せめて俺に友達と思って欲しいなら、今後二度とこんなことはするな!俺より強くなったからって、いい気になるなよっ。分かったな?」

「ごめん…。もう絶対しないよ。」

 ターランは呆然としながら言った。2人を軽く扱っているから、大丈夫だと思ったのに…。もっとも本気で殺すつもりだった訳ではない。愛するトゥーリナを奪った百合恵が憎くて苛めただけだった。

「貴方、有難う…。」

「夫がやることをやっただけだ。」

 百合恵がザハランに抱きつく。リトゥナも。それを見たターランは胸が音を立ててきしむような気がした。とても苦しかった。しかし、2人はザハランに殴られて、倒れた。そのまますたすた行ってしまった彼を見て、ターランは複雑な気分になった。『一体、トゥーは、この二人を愛してるのか、愛してないのか、どっちなんだろ…?』

 

 さらに数年後。ザハランはなんとか四者になったものの、三者ネスクリとの差に悩み、相変わらず家族には冷たかった。

「リトゥナーっ。早く行こうよっ。」

「ケルフィーちゃん。今行くから待ってて。」

 リトゥナはケルフィーとお城の探検に出掛ける所だった。

 リトゥナは日本語で喋っていた。妖魔界語はとても難しいので、百合恵には話せず、リトゥナも覚えられない。しかし、妖怪は特殊な力により、どんな言葉でも話せるので、会話には困らない。

「リトゥナ、前みたいに悪戯しちゃ駄目よ。お母さん、ザン様に怒られちゃったんだから。いけないことをして人に迷惑をかけるなんて、悪い子なのよ。」

「はい、もうしないよ。」

「今度したら、ケルフィーちゃんと並べてお尻を叩くわ。フェルさんも、カタエルもいいって言ったから。」

「…はい。」

 リトゥナは慌てた。大好きなケルフィーと並べられてお尻を叩かれるなんて、絶対に嫌だ。

 リトゥナは人間の血が半分入っているので、成長が早い。ケルフィーより結構年下なのに、心の年齢は近く、2人は良く遊んでいた。ケルフィーはお転婆で、大人しいリトゥナは振り回されている。ケルフィーのせいで、百合恵やフェルやたまーに遊びに来るエッセルにお尻を叩かれることも良くあった。

 

「今日は、悪いことしないよね?」

「えーっ、わかんない。探検だよ、色んなことがなきゃ面白くないわ。」

「お母さんが、悪い子だったら、ケルフィーちゃんと並べてお尻を叩くって言うんだよ。ね、いい子にしよう…。」

「リトゥナのお母さんって、ザン様みたい。女の人なのにお仕置きしたり、怒ったりするもん。普通の女の人は絶対にしないよ。男の人にお尻を叩かれちゃうから。」

「僕のお父さん、腰に鞭も持っていないから…。僕を怒る人がいないから、お母さんが怒るんだと思う…。」

「リトゥナのお父さんも変だね。鞭を持っていないお父さんなんて、リトゥナのお父さんだけだよ。」

「そうだね。お父さん、…僕が嫌いなのかな。」

「リトゥナを鞭でぶつのが嫌なんじゃない?リトゥナが大好きなのよ、きっと。」

「そうかな。」

 リトゥナはこういうケルフィーが好きだ。悪戯好きで大変な思いもするけど、ケルフィーは優しい子だ。男の子みたいって意地悪を言う人もいるけど、ほんとはそんなことない。ケルフィーほど女の子らしい子はいないとリトゥナは思うのだ。

 

「もう、いい子にしなきゃ駄目って、あれほど言ったのに。どうして分からないのっ!…2人とも、たっぷりお仕置きよ。」

「百合恵が済んだら、僕がお仕置きしてあげる。2人の可愛い美味しそうな色になったお尻をこの鞭で料理するね。僕、楽しみだな。」

 怖い顔で子供達を叱り付けている百合恵の側で、フェルは優しいけれど、父親なら必ず腰から下げる鞭に手を掛けて二人に見せながら、何処か怖い顔で微笑む。

「フェルさんっ、こんな幼い子達を怖がらせないで下さいっ。」

「ごめん、ごめん。笑顔で敵を脅すのが僕のやり方だから。」

「子供は敵じゃないわ、フェル。」

「カタエルったら、例えだよ、例え。」

 百合恵とカタエルは、じとーっとフェルを見る。

「な・何、その目は。…僕が悪いと言いたいのかな?…分かったよ。…ケルフィーちゃん、リトゥナ君。百合恵の手でお尻をぶたれたら、次は僕が鞭で打つから。それ以外に怖いことは何にもないよ。それと、僕はそれを楽しみに待ったりしません。」

「言葉が変だわ。」

「フェルは普通に話せないみたい。」

 百合恵とカタエルはひそひそと言い合う。

「いつまでも意地悪しないでよぉ。カタエルったら、いつも僕が君を苛める仕返しはもうなしっ、ねっ。」

「そんなつもりはないわ。」

「…そうかなあ…。」

 フェルは納得いかない顔をしていたが、百合恵は2人の子供達を膝に乗せ、丸出しにしたお尻をぴしゃん、ぴしゃん、と叩き出した。

「あーんっ、やだ、やだあっ。」

「ごめんなさあいっ。」

 2人はすぐ泣き出した。ぴしゃん、ぴしゃん。百合恵はずり落ちない様に気を付けながら、可愛いお尻を叩き続けた。ぴしゃん、ぴしゃん。

 

 桃色になった2つのお尻をフェルは鞭でそっと撫でた。カタエルと百合恵がそれぞれの子供を押さえている。2人は、口々にもうしません、ぶたないでと泣いている。

「そんなに泣いちゃって。僕が悪者みたいじゃない。おいたをしたのは君達だよ。そこんとこ忘れないでよね。さ、いくよ。」

 フェルは右手に持っている房鞭の先を一旦左手でまとめた後、娘のお尻に振り下ろす。ぱさっと小さな音がした。同じ様にリトゥナのお尻にも振り下ろす。撫でる様に優しく打つのを何度か繰り返した後、今度は強く振り下ろす。

「あっ。」

 ケルフィーがうめく。隣でリトゥナが怯えている。フェルはリトゥナを打った。今度はリトゥナが声をあげる。

「まだまだ始まったばかりだよ、君達。これから縞模様のお尻にしてあげるんだから。暫くはお尻が痛くておいたが出来ない様にね。」

 フェルは優しく言う。「お尻を叩くの罰はとてもいいお仕置きだよ。可愛い君達の大切な体を大して傷つけること無く、反省させられるんだから。大昔は、子供は沢山作れるからって、指や尻尾の先を切り落としたりしていたんだって。…お尻を叩くって決めた当時の第一者様に感謝だね。」

「そ・そうなんですか?」

 百合恵は恐ろしくなって訊く。フェルは鞭打ちを続けながら答える。

「ジオルクさんがとても小さかった頃のお話だよ。このお城で2番目くらいに年上だから、かなり昔のお話だけど。」

「子供がそれだけ軽く考えられていたのね、きっと。」

「人間にもそういう時代があったけど、そこまで残酷なこともあったのかしら…。」

「えっ、それ初耳。」

 鞭は子供達のお尻を染めていく。が、決して血が滲んだりはしない。話をしながらも、フェルはちゃんとしているのだと百合恵は舌を巻く。慣れてしまうくらい鞭は当たり前なのだろうか…。日本人の百合恵には鞭というだけで、とんでもないことなんだけど…。

「子供を労働力として使っていたんです。一日24時間なのに、殆ど休みもなしで16時間も働かせていたり…。歴史で習いました。炭坑なんかでは大人が入れない所でとか…。」

「へーっ。」

「疲れて寝てしまうと鞭で打ったり…。」

「言っておくけど、この鞭は違うよ。小さな子供用の軽い鞭だから。お尻を叩かれた経験がない君を打ったって、大して痛みを感じない筈だよ。」

「…別に疑っている訳では…。」

「お尻を見れば分かるからね。」

 フェルは言いながら、鞭打ちを続ける。子供達のお尻はだいぶ赤くなっていたが、鞭打つという言葉から想像されるような状態ではなかった。

「手でぶつのとあんまり変わらないですね。」

「大きい子用ならともかく、これは、手のお仕置きじゃ許せないくらい悪いことをしたんだよって脅す為の物だから。小さい子にはそれで十分。」

「そうですね。」

 百合恵は泣き叫んでいる息子を見下ろす。本当は痛い目になんて合わせたくない。でも、口で言っても分からないなら、仕方ないと思う。

「そろそろ、お終いにしようか。だいぶ赤くなっちゃったし。」

 フェルは言った。「後は、1回ずつだけぶって、仕上げの5回を僕の手で。」

 今まで束ねて当たっていた鞭がばらけて小さなお尻に広がって当たる。速かったので、ケルフィーとリトゥナがほぼ同時に叫んだ。百合恵は見えなくて呆然となった。

「さあ、僕のお膝だよ。」

 フェルは子供達をぎゅうっと抱き締めてから、膝にうつぶせにさせた。「後たった5回だから、我慢だよ。」

 ぴしゃっ、ぴしゃっ、ぴしゃっ、ぴしゃっ。2人のお尻が交互に鳴る。

「はい、これでお終いっ。」

 ぱちーんっ。ぱちーんっ。最後の一打がそれぞれのお尻に当たる。

「うわあああっ。」

 2人はそれぞれの母の胸に飛び込む。

「よしよし、痛かったわねえ。もうこれからはいい子にしてね。」

 百合恵は、初めて鞭を受けたリトゥナを強く抱いた。フェルに鞭の痛みも教えなきゃと言われた時は恐ろしかったが、それほど酷いお尻にならなくてほっとした。

「あい。」

 温かくて小さな体。やっと手に入れた安心。ザハランは冷たい日もあるけれど、それでも愛してくれている。百合恵は妖魔界の人間になったのを後悔していなかった。

 

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