真鞠子の家族

2 真鞠子の両親1

 ザンは、昇の頬を軽くつついた。昇が笑い声を立てる。金色の髪の毛に、青い目の昇。ザンが欲しいと思っていたものは、自分の腕に抱かれて、笑っている。

 

 数年前。

「つまんねーな。なんか面白いことねえかな。」

 ザンは、ドルダーの膝へ仰向けに寝ながら言った。ドルダーがザンの髪をかきあげた。

「今日の夜、面白いことがあるけど、君は駄目だからな。」

「またどっかのグループと喧嘩するのかよ?俺も混ぜろよ。」

「君が入ると俺らが馬鹿にされるから駄目だ。女の子は大人しくしてなさい。」

「タルートリーみてえなことを言うなよ。ドルダー、俺に恨みあんだろ。わざわざ教えておいて、来るななんて言いやがって。」

「別に、そんなつもりはないさ。ただ、大人しく見てるのなら、連れて行ってやろうかなと思っただけだ。」

「見てたら参加したくなるから止めとく。」

「そうか。」

 ザンは、起きあがる。この頃とてつもなく暇だ。彼女はセーラー服ザン。ただ、ザンちゃんではない。別人である。

「喧嘩か。」

 ドルダー達が羨ましい。何故自分が男の子に生まれてこなかったのか不思議だ。自分より強いと感じた相手と戦うのは楽しいのに。いっそ、戦国時代にでも生まれたかった。

「お嬢様っ。帰ってらしたのですか。」

 ザンが、父の木村の家へ行くと、アトルが飛び出してきた。こっちのザンは、父の家に来ても、母ミレーには、叱られない。

「ああ。アトちゃん。ルトーちゃんとのデートはどうだったの?」

「…。」

 アトルが美しい顔を曇らせる。アトルは美少女だ。歩けば誰もが振り返る。彼女こそ、お嬢様なんて言葉が似合う。しかし、アトルは、義理の母に嫌われて、木村の家に名目上は養女として居る。アトルの父と木村の仲が良くて、アトルはザンの話し相手としてここに住むことになったのだ。

「ルトーちゃん、あんたにいい態度取らないの?」

「ええ。やっぱり、タルートリー様は、お嬢様が好きなのですわ。」

 離婚した妻が娘と会わせてくれると言った時、木村は、ザンの為にアトルを引き取った。そして、既に13になっている娘に、悪い虫がつかないうちにきちんとした男性と付き合いをさせたいと思い、タルートリーを婚約者に決めた。

「それならあんたと付き合わなきゃいいのにね。」

 ザンには既にドルダーと言う父が心配した悪い虫が居た。ミレーも、タルートリーならいいと思ったのだが、ザンは、ドルダーが好きだから別れるつもりはないと言った。そしてザンは、タルートリーにアトルを紹介した。

「タルートリー様に、私のような子供では、釣り合わないのですわ。」

 タルートリーは、仕方なくアトルと付き合い始めた。しかし、ザンと結婚したいと思っていて、その気持ちの前には、アトルの美貌も通じなかった様だ。

「わたしとアトちゃんは、同じ歳なんだよ。アトちゃんで歳が合わないなら、わたしだって無理じゃん。あの人、20歳だからねえ。」

「タルートリー様はそう思ってませんわ。」

「わたしが勧めたからって、無理して付き合うなくてもいいんだよ。アトちゃんが辛くなるなら、別れなよ。」

「そうしますわ…。」

 

 アトルが行ってしまってから、一人になったザンは呟く。

「罪作りなことしちゃったよね。」

 アトルとタルートリーなら、上手くいくと勝手に思ってた。タルートリーは、ドルダーと別れろと五月蝿いし、アトルに押しつけただけだったけど、それでも楽しそうにしている所を見てたから。でも、違ってた。

 

 アトルから別れたと報告されたので、タルートリーの所へ行ってみた。

「わたしも悪かったとは思う。しかし、アトルとは一緒に居て楽しかったのだ。でも、ただそれだけだったのだ。」

 タルートリーが言った。「やはりわたしにはお前だけだ。」

「俺はてめーなんか嫌いだ。」

 

 子供が欲しい…。ドルダーが好き。ドルダーの子供が。そう思い始めたのは、それから、2年後のことだった。15歳で子供が欲しいと思うのはおかしいだろうか?

「そんなことないよね。」

 ザンは、思う。ドルダーとそんな関係になりそうだった。後は、どっちかが決心するだけ…。

 

「子供のくせに…。」

 父と母が怒鳴っていた。日本語と、母の母国語で。計算した通りに子供が出来るか不安だった。でも、出来た。

「堕胎すんだぞ。」

 木村がザンの腕を引っ張る。ザンの顔色が変わる。

「せっかくドルダーをその気にさせたのに!冗談じゃないよっ。」

 木村に殴られてうつむいていたドルダーと、その両親と、自分の両親の表情。

「ザン…。君は…。」

 

 傷つけるつもりじゃなかったのに。欲しいから作ったのに。好きでもない人としないし、生みたい気持ちになる訳じゃないじゃん。でも、ドルダーは去っていった。傷ついたのはドルダーになって、自分は悪い女にされてしまった。

 横を向くと、赤ちゃんが動いていた。生ませてくれないなら、死んだっていいと頑張った結果だ。自分はおよそ自殺なんてしないタイプなので、最初は信じてもらえなかったのだが、木村の持ちビルの一つの屋上から飛び降りる真似までして、信じさせた。ザンの人並み外れた運動神経があったから出来たことだ。

「可愛い赤ちゃん、あんたの名前は、昇だよ。」

 昇が笑った。ドルダーは銀髪。自分は、黄土色。上手く混じれば、金髪の子になってくれるんじゃないかと勝手に思っている。

「体の調子はどうだ?」

 タルートリーが嬉しそうに病室に入ってきた。知らない人が見たら、若い夫婦だ。

「ドルダーが居なくなったからって、おめーと結婚する気はねーからな。」

「なかなかいい顔立ちだのう。ハンサムになるな。わたしの息子として、立派にやって行ける。」

「いつから、のぼちゃんがあんたの息子になったんだよ。俺は、シングルマザーになるって決めたんだ。」

「片仮名を使われても分からぬ。日本人らしく、日本語を使うべきだ。」

「片親じゃ。俺は、一人でこいつを育てるって言ってんだよ。片仮名嫌いめ。」

「のぼとはまた変わった名前だの。今日決めたのだな。」

「人の話を聞きやがれ。」

 ザンは、いきり立って起きあがった。「それに、昇って言うんだよっ。」

 タルートリーは、ザンを抱き寄せた。大人しくしていない罰にお尻を打とうとして、産後数日しか経っていない彼女が耐えられるのかが分からず、そのまま寝かせた。

「大人しゅうせねばならぬぞ。お前はまだ子を成したばかりではないか。」

「外国じゃ産んだその日に帰されるんだよっ。次の日から働く女だっているんだぜ。」

「ここは、日本だと言っておろう?それにお前のその細い体と逞しき外人女と比べても仕方がないではないか。」

 タルートリーは、布団を掛けた。「それに、少し人の迷惑を考えなさい。ここには、お前以外にも人がおるのだぞ。」

「てめーさえ消えてくれれば、静かにするぜ。」

 ザンは、挑発的にタルートリーを睨む。

「結婚したら、まずその言葉から躾直さねば。」

「勝手にほざいてろ。」

 ザンは、怒鳴るのに疲れて言った。『こういう奴に適した諺って何だったかな…。豆腐にかすがい、ぬかに釘、暖簾に腕押し、後は…なんだっけ?』

「消えなくとも静かになったの。」

 嫌味にも答える気にならない。その側で、昇が構って欲しいように動いている。

 

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