ギンライとキシーユ

6 旅が終わる

 二人は、様々な場所を見て回った。豪雪地帯と呼ばれる雪ばかり降っていて、変わり者しか住んでいない場所、液状妖怪達の住処として知られる、毒霧地帯。そこへ人型妖怪達が入るには、完全防備の防護服が必要だ。自殺したい妖怪達はそこへ行き、彼等の餌になるという…。霧が薄いベールのように周りを舞っていて、3層に分かれたそれをくぐる度に毒が強くなり、最後の層で裸になると皮膚が酷く焼かれ、息も出来なくなると言われている。険しい山も深い谷も、人間界に比べれば水溜りみたいな海も、樹海も何もかもを見た。

 一生をかけても妖魔界全土を見るなんて不可能だとも言われているが、ギンライの実力が上がっていくのに合わせて、二人は深く深く妖魔界の中へ潜って行った。

 

 キシーユは31歳になった。妖怪の外見は年齢とは合わない。リトゥナは20歳で人間の15歳くらいの外見になったが、トゥーリナとターランは40歳でも人間の10歳ほどの外見だった。彼女は8歳の子供と同じ外見だった。妖怪の31歳なので、中身もまだまだ子供だ。それでも、ギンライに恋しているせいなのか、時々女の顔をするのは変わらない。

「ねえ、ギンライ。まだ、第一者の所へは行けないの?」

「第三者と呼ばれる者達で、実力を試してる。」

「結果はどうなの?」

 ギンライはキシーユを抱き寄せた。微笑む彼女の唇を軽く吸うと、

「そろそろいいかなと思っている。」

 にっこり微笑んだ彼女はキスのお返しをした。

「夢が叶うのね?」

「それを願う。」

 キシーユはギンライの膝から降りると、辺りをくるくると回った。

「貴方が第一者になったら、わたしはまず何をしようかしら。」

「子供達と戯れて、自分が子供だって、思い出すといい。俺は盗賊達を減らしていくけど、お前は幸せに暮らすんだ。」

「離れ離れになっちゃうみたいに言うのね。」

 寂しげなキシーユに、ギンライは微笑んで見せた。

「それは違う。確かに俺は忙しくなり、一緒に過ごす時間は減るだろうけど、その間キシーユは、失った子供としての時間を取り戻すんだ。今のままだとキシーユは、心と体のバランスがおかしくなってしまう。心だけが大人になって…。俺は、無事大人になったお前と結婚したいんだ。」

 ギンライは冗談めかして、笑って見せた。「勿論、その間に、キシーユがいい男の子を見つけたら、俺は違う相手でも探すけど。」

 キシーユは悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「今のわたしはギンライしか知らないものね。確かにもっといい人が居るかも。」

 ギンライにぎゅうっと抱かれた。

「俺は心配してないけどな。俺以上にいい男なんて居る筈がない。」

「自信家ね。ギンライ。」

 長い時間を彼女と過ごしたから、何処まで本気か分からなくなる。今では本当に恋人同士のよう。キシーユの気持ちが本当だから、彼女が本気で恋するまでは保護者でいようなんて気持ち、長い間に薄れてきた。彼女が本気で他の誰かに恋したら、俺は笑っていられるかどうか自信がない。早く終わらせてしまおう。こんな茶番は。狂う前に、壊れる前に。

 

 第一者の居城に訪れるまでに、3年かかった。34歳のキシーユと二人、聳え立つそれを眺めていた。

 善なる王と呼ばれた男の息子タルートリーの治世は、彼よりは劣るものの、妖魔界の民達を満足させるには充分だった。歪んだ孤児院の膿を取り除き、普通の孤児院という言葉を無くし、壊れやすくなった子供達を救った。昔居た“貴族殺し”“孤児院壊し”などの通り名は、二度と囁かれる事はないだろう。この事は普通に育った人達には何の影響も与えなかったが、普通の孤児院育ち達の信頼を勝ち得た。

「立派なことは沢山している。でも、盗賊はいなくならないわ。盗賊が、武者修行集団と呼ばれるようにしなくちゃ。」

 キシーユはギンライの顔を見つめた。「貴方がするのよ。」

「ああ。」

 ギンライは、タルートリーの顔を思い浮かべた。美しい堕天使の翼に彩られた彼は、なんと素晴らしく、王者たる威厳に満ちているだろう。彼と父のお陰で格段に良くなった妖魔界。

 それを打ち倒すなんて。ほんの少しでも、悪い所があればいいのに。

「彼の黒い噂を忘れたの?彼の父を倒したのは彼じゃないって。」

 迷っていることに気付いたらしいキシーユは、元気付けるかのように言った。

「そうだったな。」

「彼は盗賊を少しも減らしていないの。」

 駄目押し。

「分かった。もう迷わない。」

 

 夜。ついて行くと言い張るに決まっているので、キシーユが寝ているうちに宿屋を抜け出した。子供のキシーユに無理させないようにしていたので、夜に旅をした経験がない。眩し過ぎる太陽の光。盗賊達は夜に平然と外を歩くそうだが、それは徐々に体を慣らしたから。数種類の種族を除いて、基本的に妖怪は太陽に弱い。だからこそ、太陽の時間は寝ていて、星の瞬く頃に起き出す。仕方ない事だけど、大物と闘わなければならないのに、貴重な体力を奪われていく気がした。

 町を出て、城の前に着いた所で、ギンライは、誰かにつけられているのに気がついた。振り返ると、キシーユが立っていた。

「わたしを置いていくなんて、どういうつもりなの?」

 驚いているギンライに、彼女は冷たく言った。「それに、わたしに簡単につけられているようじゃ、また、そうなるわよ。」

 キシーユの小さな指は、ギンライの顔の傷を指していた。

 

「わたし達はずっと一緒よ。地獄までね。」

 ギンライは無言でキシーユを抱っこしていた。顔の傷は、油断してつけられたものだ。今はそんなことはしないが、キシーユの言う通り、彼女の気配に気づけなかったのは…。

「寝てるとばかり思っていたのに。」

「ギンライったら、わたしを出し抜けるわけないって、いい加減気づけばいいのに。」

「お前を守りきれる自信がないんだ。」

 キシーユはギンライを睨んだ。

「それで、永遠に帰ってこないかもしれない貴方を、待ってろって言うの?」

「…お前がいるせいで、勝つ戦いに負ける可能性だってある。」

「わたしがいたっていなくたって、勝つ時は勝つし、負ける時は負けるわ。わたし達は大勢を相手にするわけじゃないのよ。相手は第一者ただ一人。もしかして、あなたは第一者がわたしを人質にとる卑怯な人だとでもいうの?」

「それは…。」

「善王の息子にそれはないと思うけど。」

 ギンライは息を吐いた。どうやってキシーユを説得すればいいか、分からなかった。村にいた頃のキシーユは、こんなに頭の回転が速い子だったろうか?普通の子供だったとしか記憶にない。まだほんの幼子だって言うのに、大の大人が反論できないなんて…。

「大人しく言う通りにしないと、お尻を叩くぞ。」

 それしか、言えなかった。

 

目次へ戻る

5話へ・7話へ