兎の少年ラルスの物語
1話
少年は、揺さぶられて目を覚ました。体を起こすと、神父が怖い顔で、彼を睨んでいた。
「いつまでのんびりと寝ているつもりなのですか?」
「ごめんなさい、神父様…。あふ。」
まだ眠くて、欠伸が出た。少年は、はっとすると身を竦めた。…が、いつまでたっても神父の手が飛んでこないので、恐る恐るそちらを見た。神父は冷たい表情で彼を見下ろしているだけだった。
『どうして、ぶたないのかな…。』
少年が不思議に思っていると、神父が口を開いた。
「早く着替えて、礼拝堂へ行きなさい。」
それだけ言うと、彼は少年の部屋を出て行った。
「今日は、お仕置きされないのかな…?」
少年は、少しだけ嬉しかった。なぜ、少しだけなのかと言うと、今、されないだけで、後でお仕置きが待ってるかもしれないので、ぬか喜びは禁物なのだ。
ここは、名も無き村。この世界では名前のついている村を探す方が大変だが……。ここもそういう大多数の村のひとつだ。
この世界では、村といえば野菜を作っているところを示す。たとえ、町より人数が多くても、人々が野菜を作って生計を立てているのなら、そこは村なのだ。
少年が神父と暮らす教会でも、畑で野菜を育てている。少年も朝のお祈りが済んだら、畑仕事をしていた。
もぐもぐ。朝寝坊の罰で、朝食を半分に減らされてしまった。お腹が空くので、痛いお仕置きの方がいいのになんて考えながら、少年は食事をかっこむ。神父様がいたら、行儀が悪いと手の甲を叩かれてしまうけれど、彼はもう、お祈りをしに礼拝堂へ行ってしまっているので、気にしなくて良かった。
食事が済んだので、顔をざぶっと洗って、礼拝堂へ向かう。おっかない神父様からこれ以上叱られないように、少年は急いだ。
少年は、まだ赤ん坊の頃に、この教会の前へ捨てられていた。厳しい性格から、村の民から敬遠されがちだった神父は、この子を拾って育てることによって、村人達へ、自分の優しさを示せると考えた。でも、神父の躾はかなり厳しかったので、彼が思ったような効果はあまりなかった。
礼拝堂でお祈りを済ませると、少年は畑に出た。野菜達が少年を見て、なぜ遅いのか、寝坊したのか、おねしょしたのかと五月蝿く訊いてきた。
「寝坊したの! 邪魔しちゃ駄目。お水はいらないの?」
野菜達は、喉が乾いたから、さっさと水をまけと騒ぎ出す。「今、あげるから、静かにしてよー。」
物言わぬ野菜の世話なら楽でいいのになあ……などと考えながら、少年は五月蝿い野菜達に水をかけていく。本当は喋る野菜の方が育てやすい。水が足りなければ教えてくれるし、日が当たりすぎなら文句も言う。当人達がいい状態で収穫できるようにアドバイスしてくれるのだから。
水やりを終えた少年は、ふと、息をついて、遊んでいる子供達の方を向いた。自分もその輪の中に入りたいと思う。でも、神父様は、神に仕える者は快楽に溺れてはいけないと言う。難しい言葉だったので、分かりやすく言い直してもらったら、要するに遊んではいけませんってことらしい。『つまんないな…。』と少年は思った。
次の仕事は水汲みだ。近くにある川で、水を汲む。かめが一杯になるまで、何回も往復するので結構大変だ。空が飛べたらいいのに。少年はよくそう思う。川とかめの間を飛べばあっという間に終われそうなんだけど。
「僕、どうして兎なんだろ。鳥だったら良かったのに。」
神父様に聞かれたらひどく叱られそうだけど、今のところ、彼は畑仕事に忙しいので大丈夫だ。
かめが一杯になって、やっと今日の仕事は終わり。少年は疲れ果てて、こっそりベッドに潜り込んだ。
所変わって、村から少し離れた場所。3人の男達が睨み合っていた。鬼と二人の盗賊だった。鬼は、二人の盗賊の相手をしていた。財布もそろそろ空になってきていたし、食料もつきかけていたので、盗賊に襲われた時は、これ幸いと思っていた。一気に食料と金が手に入ると。
しかし。
盗賊どもは思ったよりもずっと強かった。これでは、彼らに食料と金を提供するのは自分になってしまいそうだった。もっとも、金はないが……などと下らない冗談を考えながら、男は剣を振るった。きちんとした手入れをしていないので切れ味が悪く、剣というより棒のようなものになってしまっている。無事に生き延びられたら、研いでやろう。
「随分と、余裕かましてくれるじゃないか。」
盗賊の一人が言った。
「別に。もう少しで死ぬかもしれないと思ったら、どうでもいい考えばかりが浮かんできて、俺の邪魔をするのさ。」
男は答えた。実際集中していないとやばいのに…。
「そうか、じゃあ、さっさと死ねっ!!」
もう一人の盗賊が、槍を突き出してきた。かわそうとしたが、足がもつれて尻餅をついた。男が胴長だったら額を貫かれているところだったが、代わりに彼の角に槍がはじかれた。彼と槍の男はお互いにしびれて、動けなくなった。
その隙に、もう一人の男が大槌を男に振り下ろしてきた。
兎の少年が暮らす村。
「こらっ!!」
神父の怒鳴り声で、少年はベッドから飛び起きた。「まだ寝るには早いでしょうっ。」
「ご・ごめんなさい。今日は疲れちゃって……。」
「甘ったれて……。やっぱり、お前には体罰が必要なようですね。」
神父の言葉に、少年は真っ青になった。
「許して下さいっ。ごめんなさいっ。」
「駄目です。」
神父はにべもない。少年は急いで逃げ出そうとしたが、普段と違ってベッドに座っていたので、あっという間に捕まってしまった。「悪いことをしたのに、素直に罰を受けないなんて……。お前の性根を叩き直す為にも厳しく罰しましょう。」
ベッドに座った神父の膝の上に乗せられ、少年は裸のお尻をうんと叩かれてしまった。
「うーっ、痛いよぉ……。あーあ、真っ赤になってる……。」
鏡にお尻を映しながら、少年は呟いた。「ほんとに一杯ぶたれた……。」
言葉は厳しかったけど、お仕置きは軽くしてくれるんじゃないかと期待していたのに。…神父様がそんなに甘い人の筈もなく、たっぷりと叩かれてしまった。
「そういえば、まだお昼ご飯を食べていないよ。」
赤くなったお尻にため息をついていたら、お腹がなった。時計を見ると、どうやら寝ている間に昼食の時間が過ぎてしまったようだ。
『まさか、ご飯抜きにはならないよね?』
少年は、不安になりながら、台所へ向かった。
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