壊れたラルスが生きている世界
5話
しばし雑談を楽しんだ後、ターランが言った。
「もっとお喋りを楽しみたいところなんですが、生憎トゥーリナも僕も忙しくて……。」
「第一者様とその一番の部下だもんね。第一者のお仕事って、そんなに大変なんだ……。」
「そうなんです。時に睡眠時間まで削ってなんてことも……。」
ターランはにっこり微笑んだ。
「寝る間も惜しんで働くの!? ひぇー、そんなの貧乏な人だけだと思ってたよー。じゃあさ、邪魔しちゃ悪いから、僕はもう行くね。お父さんのところへ行きたいから、部屋が何処なのかだけ、教えてくれるかなあ?」
「親父の部屋は西塔の8階だ。兄貴の部屋も近くに用意させたから。」
「え? 僕の部屋を用意してくれたんだ。……ふうん。ありがと。」
「親父と兄貴の部屋には名前が書いたプレートが張ってあるから、すぐ分かるとは思うが……。な、兄貴。」
出て行こうとしたラルスは立ち止まり、振り返ってトゥーリナを見た。
「なあに?」
「今さ、親父は発作中だから、行っても無駄だぞ。後2・3時間はかかるから、城をのんびり見学するか、部屋で休んでてくれよ。」
「うん。分かった。有難う。」
ラルスはまたにっこりと微笑んだ。
「ここが居住区にあたる西塔か。メイドさん達や部下の人達が、皆でここに住んでるなんて……。第一者様のお城なだけあって、僕の住んでたお城よりもでっかいね。」
ラルスはおのぼりさんのように、きょろきょろしながら歩いた。
6階より上は、トゥーリナ達、第一者の家族スペースなので、掃除に来るメイド以外は基本的に立ち入り禁止だそう。下々の者と一緒にいたくないなんていう理由ではなく、暗殺や誘拐などを懸念しているらしい。トゥーリナとターランはともかく、百合恵とリトゥナ、そして弱っているギンライを守るためだ。
「ま、リトゥナ君は男の子だけど、まだ子供だったっけ。じゃ、身を守れって言うのは酷かー。」
ラルスは当たり前になってしまっている独り言を呟きながら、ギンライと自分の部屋を探す。8階をうろうろし、やっと自分の部屋を見つけた。壁に病室の入り口のネームプレート入れみたいなものがあり、そこにラルス様と書かれた紙が入っていた。ラルスはネームプレートを指でつつく。
「えー、なにこれ。面白い。ここ、客室なのかなあ……。」
戸を開けて中へ入った。ベッドが一つと小さなテーブルが一つ、広めの部屋にぽつんと置かれている。ただ、それだけ。見回すまでもなく、他には何もない。「……。」
しばし思考停止。
「悪く解釈すると意地悪だけど……。多分……。」
別の世界の死んでしまったラルスと違い、この世界の彼には、トゥーリナを調べる時間が充分にあった。だから、トゥーリナが家族思いなのをよく知っている。「きっとだけど、僕に住んで欲しいってことかな。……うん。きっとそう。」
住むとなれば、家具が必要だ。ラルスの好きな物を置けるように、この部屋には何もないのだ。それが思い込みかどうかを確かめる為に、ラルスは荷物を置いてから、他のプレート付きの部屋をのぞいてみた。他の部屋にはもう少し調度品が置かれていた。……ということは、嫌がらせでもない限り、ラルスの部屋に何もないのは自分の解釈通りだということになりそうだ。
「トゥーリナって、可愛いんだ。そして……すっごくお人好し。」
ラルスは笑い出した。
ギンライの部屋のプレートは、真ん中に名前さえ彫られていなかったら、部屋に飾りたいと思える芸術品だった。
「ひぇー、なんか凄いよ、これ。誰の部屋か分かるようにするだけなのに……。さすが、元第一者。」
扉自体にも美しい装飾が施されている。こういう意味のなさそうなところにお金をかけるのがお金持ちなのかなとラルスは思った。奪った城で、たいしたお金も使わず、ごろごろしていたのがなんだか勿体無かったような気がしてくる。庶民の自分には思いも付かないようなお金の使い方が、この世にはあるようだ。
外は贅沢に作られているギンライの部屋だが、中へ入ると、一転して病室になっていた。かつて、テレビ越しに父の部屋を見たことはある。しかし、あの時は父の弱りようの方が気になって、部屋をのんびりと眺める余裕はなかった。
部屋の隅に、清潔なシーツ、バスローブというか浴衣というか、前で合わせるタイプの寝巻き、使い捨てタイプのおしめが山をなしている。車椅子がベッドの近くに置かれていた。水差しに薬に手拭い。雑巾も沢山ある。
そして、ギンライはトゥーリナの言葉通り、発作中だった。叫び声と、手枷や足枷がベッドの足や柱にぶつかりガチャガチャと鳴る音。凄い騒音だ。それなのに、ラルス本人は、何事もないかのように部屋を観察していたのである。
「喋ったって、何にも聞こえないんだろうね。」
側に寄って、父を見たかったが、殴られるか蹴られそうなので止めた。弱ったとはいえ、父は前第一者。致命的なダメージを食わないとはいえないのである。「ま、いいや。ゆっくり待っていようっと。」
ラルスはごろりと横になった。
08年9月16日
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