壊れたラルスが生きている世界

1話

「待ってよ。僕、本当にそんなに強いかなあ。」
 旅人や小さな町ではなくて、お城の訓練された兵士と戦ってみたいと思ったラルス。でも。「色々遊んではきたけど、僕、訓練も何もしてないし…。今まで死ななかったからって、これからも絶対に死なないわけじゃない……。もう少し、ちゃんと鍛えてから行こうかな。」
 壊れてからは気の向くままに生きてきたのに、少しだけ慎重になれたのは、死んだ父を少し思い出したから。死んだラルスは思い出しても気にしなかったが、こっちのラルスは気にした。それが彼の寿命を少し延ばす結果になったのだった。


 充分に強くなったと思ったラルスは、辺境の小国に来ていた。別の世界ではここで彼は死ぬことになったが…。
「鍛えていたから、これくらいで済んだのかなあ…。」
 周りに転がる兵士の死体。「結構怪我しちゃった…。」
 よたよたと歩き、ラルスは座り込んだ。目を閉じて、妖力で怪我を治す。治療が済んだ後、疲れたので横になった。そのままラルスは眠り込んでしまった。

 会議室。血気盛んな若者の首が投げ込まれた後、実戦で鍛えてきた平民出の男率いる兵士達が、壊れた者の討伐に出かけた。別の世界ではその平民出の男がラルスの首を持ってきたが、この世界では、男が帰ってこない。会議室は騒がしかった。
「彼ですら駄目だったというのか?」「もう逃げた方が…。」「相打ちになったとも考えられる。調査部隊を派遣すべきでは。」「もう終わりなんだ。」
「静かに!!」
 会議室が静まりかえる。「彼が出かけてから、まだ1日しかたっていません。壊れた者相手。盗賊風情とは違い、手間もかかるはず。ここは慎重に行くべきです。」
 王は難しい顔で考え込む。男が帰ってこないのは、壊れた者に殺されたからだと彼は考えていた。訓練された彼等でも駄目だったのだ。本来なら、逃げるのを選択すべきだと思う。しかし、彼は一国の王。簡単に逃げるとは言い出せなかった。それに、逃げている最中に、壊れた者が襲ってこないとは言い切れないのだ。むしろ、それを狙っている可能性も…。
「王、ご判断を。」
 王が口を開きかける。
 会議室の扉が開いた。一人が立ち上がり、扉へ向かって歩きだした。
「今は重要な…。」
 怒りに満ちた注意は途中で消えた。彼は真っ二つになっていた。会議室が静かになる。
「こんにちは。」
 にこ。片耳が欠けた片目の兎が入ってきた。「わあ、人が沢山。」
「そ・それは…。」
 王が震えながら指をさす。兎は、4つの生首をぶら下げていた。
「うん。これはね、2回目に来た兵士さんの中で偉そうな人。」
 ラルスは、別の世界で自分を殺した男の生首をテーブルに置いた。「んで、こっちの三つは、王様、あなたの家族みたい。だから連れてきてあげたよ。」
 王妃と次期王と王女がテーブルに置かれた。ここにいるのは戦いと無縁の者たち。彼らはそれに耐え切れず、後ずさり、吐く者もいた。
「王妃様はねえ、女の人なのに偉かったよ。この女の子…王女様に剣を向けたら、僕に向かってきたもん。お母さんって凄いんだね。僕にもお母さんがいたら良かったのに。」
 にこにこ楽しそうに笑う兎。「王子様も偉かったよ。お母さんが死んだら、妹の前に立って、“僕を殺してもいいから、この子だけは助けて”って言うんだよ。いい息子だよね。」
 そこまで聞いた王は、腰にある実用性よりも美しさを優先された剣を引き抜き、ラルスに向かってきた。
「うおおおおおおおーーっ。」
「さすが王様。そうでなくっちゃ。」
 ラルスは優しげに言った。

 ぺたぺた。
「さすが王様のお風呂。おっきーい。」
 ざぶんっ。「うーん。お風呂が色んな色になっちゃった。」
 妖怪の血は赤だけではなく、様々な色がある。今日のラルスは返り血だらけだった。
「うーん、気持ちいい。…でも遊びすぎて疲れちゃったあ…。」
 城下町では目に付く者を全て。逃げる者も立ち向かう者も関係なく。城に入ってからは、とりあえず立ち向かう者だけ。会議室が静かになった後は、全滅を目標に城の中を駆け回った。取りこぼしもあったかもしれないが、多分、この国の全ての妖怪達を手にかけたと思うラルス。「うーん、あと100年くらい遊ばなくてもいいかも…。」
 そのまま眠って、お風呂で溺れ死んでもいいかもと思えるくらいに、満ち足りたラルスだった。


 数日後。ラルスは王冠を被り、胴回りは大きいのに丈が短い王の服を身に着けた。端から見ると異様ないでたちで城の中を歩きだした。
「宝物庫は何処かなあ。」
 酷使したせいか、父シースヴァスが買ってくれた剣が壊れた。武器屋に行き、見てもらったが、もう直らないと言われてしまった。仕方ないので、武器庫か宝物庫でいい剣を手に入れようと思った。だが、武器庫には好みの剣がなかった。それで、宝物庫を見て、駄目なら武器屋で探そうと考えたのだ。「ここかも。」
 一見ぼろっちい扉。この中にあるのは、掃除用具がいいとこではないか。そう思わせる扉ではあるのだが…。
「場所がねえ…。」
 そう。王や王妃の部屋がある、身分の高い者しか入れない場所。城の中でも一番いい場所にその扉があるのだ。「まあ、違ったらまた探せばいいや。」
 今やこの国はラルスのものだった。彼は死者しかいないこの国の王のつもりだ。それで、王冠を被り、サイズが合わない王の服を着ているのであった。
 宝物庫の中には、様々な物があった。中には、どうしてこれが宝なのかいまいち不明な代物もあったが、殆どは素人目にもお宝だといえる物ばかりだ。
「うわあ、すごーい。小さいお城でこれだけあるんだったら、大きいとこなんて、どれだけの宝物があるんだろう…。」
 財宝目当てに城を襲う賊の気持ちが少し分かったラルス。「…あ、剣を探さなきゃ。」
 剣も沢山あったが、王が使っていたような見た目重視のなまくらばかり。ラルスは諦めた。
「ちぇっ。ま、いいや。」
 剣を諦めてお宝を物色し始めた。
「マーカコインだ…。初めて見たけど、こんなに綺麗なんだ…。」
 換金用アイテムの最高品であるマーカコインがずらっと並べられているのを発見したラルスは、それに魅入った。


 妖魔界には銀行に当たるシステムがない。だから、人々は貯金の代わりに、換金用アイテム屋で物を買う。お金がある時はアイテムを家に置いておき、なくなったらアイテム屋でお金に戻せばいいわけだ。換金用アイテムは、裏に金額と盗難防止用の印が刻まれているので、買う時も売る時も同じ値段で取引できる。質屋とは違うわけだ。印はコンピュータに打ち込まれるため、正式に取引された物でなければ換金できないようになっている。
 換金用アイテムには、勲章や盾、ネックレスやガラクタなど様々な物があり、同じ金額でも好きな物を選べるようになっている。マーカコインはその中でも最高級品で、貴族でも下級では買えない金額だ。掌サイズなので、普通のお金よりもかなり大きい。マーカコインは専門の職人がその時の第一者をモデルにして作るため、一つとして同じ物がない芸術品でもある。


 ラルスの知らない第一者も沢山あったが、ギンライのマーカコインも幾つか見つけた。その中の2枚にラルスの目は釘付けになった。一つは、心ここにあらずといった無表情。かっこいい姿が多いマーカコインの中で、それはとても目立っている。もう一つは、深々と降る雪に両の手を伸ばしている姿。ぱっと見ると、雪と戯れる無邪気な子供のように見える姿だが、その表情は切なげで、見る者の胸を締めつける。その二つは、同じ作者のように見えた。本物の芸術品ではないため、作者の名前は分からない。でも、ラルスはその二つは同じ作者だと思った。
「…。」
 二つのテーマは同じだと思った。一つ目はキシーユを失い呆然としているギンライで、二つ目は雪の中に、在りし日のキシーユの姿を見ているギンライだ。雪女の彼女はギンライが第一者になる前に殺されているし、彼女とギンライが暮らしていた村は盗賊に滅ぼされているので、彼女の顔は殆ど知られていない。もし、この職人が知っていたら、彼女とギンライをテーマにしてマーカコインを作っていた気がする。史上最悪の第一者と称される父をこの職人は冷静な目で見ていたようだ。ラルスは、ほんの少しだけ嬉しくなった。



08年9月8日
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