ネスクリ、別のお話

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2 幸せになったネスクリ

 野菜が売り切れたので、今日は午前で店じまい。マダムキラー、ネスクリ経営の八百屋は、すぐ品切れになってしまう。
「すとーむ。」
「なあに、ネッスィー。」
 お店の掃除をしていたすとーむにネスクリは声をかけた。すとーむは、続きを言わないネスクリを見た。手招きしている。「どうしたの?」
「大は苦手なんだ。」
「じゃ、続きしててね。」
 すとーむはネスクリに箒を渡すと、自宅へ歩いて行く。基本的に子供の世話は何でもやってくれるけど、うんちオムツは駄目という夫は多いそうで、彼もそうだった。


「レインちゃん、きれいきれいしましょうねぇ。」
 新しいオムツに変えて、お尻を綺麗にしてやると、レイニィは笑顔になった。この子が出来た原因は辛かったけど、今すとーむは幸福だ。
 最初、町では話題騒然だった。なんせ第二者ザン様の一の部下を数百年つとめていた男が八百屋を経営するのだから。隣町から家族連れで来た人までいた。隣と言ったって妖魔界なので数十キロではきかない遠さだ。盗賊に襲われる危険を犯してまで見に来たい人なのだとすとーむは夫の凄さを再認識した。
 でも。
「ネッスィーに人気があるのって嬉しいような嬉しくないような…。」
 爽やかな笑顔が奥様達を魅了して、野菜は売れるけど…。「ネッスィーはわたし達のものよ。ね、レイン!」


 すとーむはレイニィを抱いて、店へ歩いて行く。ネスクリが棚を磨いていた。
「レイン。」
 気づいた彼はすとーむの腕からレイニィを抱き上げた。「すっきりしたかぁ?」
「パパ。」
「そんなに好きなのに、うんちオムツ駄目?」
「うっ…。」
 ネスクリはぐっとつまると、レイニィを見た。「駄目パパでごめんな、レイン。」
 レイニィはパパに話し掛けられてキャッキャッと笑い声を立てている。すとーむはそんな二人を微笑みながら見ていた。

 
「ありゃあ、駄目だな。」
「だから無駄って言ったんですよぉ。運命は変えられませんって。」
「ちっ。」
 物陰からザンとフェルが幸せ家族を見ていた。諦めきれなかったザンはネスクリの八百屋へ訪れてみたのだが…。
「どのみち貴女は彼を失う運命なんですネ♪」
「喜んでんじゃねえよっ。」
 ザンはフェルを睨みつけた。フェルは肩を竦めた。


「今、ザン様の声が聞こえなかったか?」
「うーん、でも、こんな町に来るわけないでしょ。きっと、似た声の人がいるのよ。」
「それもそうだな。…!」
 ふと目の端に彼女とフェルが見えた。が、ネスクリは気にしなかった。「さあ、掃除も終わったし、そろそろ昼飯にしようか。」


「あいつ、気づいたのに、無視しやがった!(`へ´)」
「さあ、諦めて帰りましょ。」
 フェルはたんこぶを撫でながら、もう片方の手でザンを体を抱えた。ザンはフェルにもう一つたんこぶを作りそうな顔をしたが、やがて嘆息すると、馬車へ向かって歩いて行った。


「ザン様、諦めてくれたのね。」
「気づいてたのか?」
「ネッスィーには遠く及ばないけど、わたしもザン様の部下だったのよ。」
 すとーむは微笑んだ。ザンとフェルを乗せた馬車が走り去るのを窓から見ていたネスクリは、すとーむを軽く抱いた。戦う為に伸ばしていた髪も爪も切った。ネスクリもすとーむももう一般人だった。


 夜。空は青く澄み渡り、太陽は煌く光を投げかけている。鳥達の鳴き声が聞こえている。殆どの妖怪達はもう寝静まっているのだろう。静かな夜だ。
「なあ、すとーむ。」
「なあに、ネッスィー。」
 寝る準備をしていたすとーむは夫の膝に飛び乗った。強く抱き締め、頬にキスする。愛しげに頬を撫でくれる夫の優しい掌をすとーむは心地よく感じた。
「ずっと疑問に思ってた事がある。」
「わたしに答えられる質問なの?」
「たぶん。」
「ネッスィー大天才なのに、わたしに?」
 ネスクリは苦笑しながら、すとーむを抱き締めた。
「辛いことだけど…。」
「?」
「どうして、俺の元へ戻ってきた?」
 笑顔が消え、当惑の表情へ変わった後、すとーむは夫の質問を理解した。
「あのことね。」
 ターランに負けた後、ネスクリは荒れた。そして、傷の手当てをしてくれていたすとーむを襲った。
「決して、あの笑顔は戻ってこないと思っていた。」
「悩んだわ。」
 すとーむはあの後の事を思い出した。


 引き裂かれた服を押さえつけて走る自分へ向けられた、ザンの部下や召し使い達の驚愕の表情。当然初めてだったし、体が痛かった。信じて愛していた男の裏切り、めちゃくちゃに踏みつけられた自分。死のうかと考えた。
 でも。すとーむはネスクリをとても愛していた。故に彼の心の動きが良く分かった。今どう感じているのかも分かった。だから、戻ろうと思えた。
 それでも。会おうと勇気が沸いてくるのには日にちが必要だった。
 実際会った時、初めて名前を呼んでもらい、死ななくて良かったと思った。妊娠が分かった時、嬉しかった。ネスクリがそれに気づいてくれた事も。


「そうか…。」
 強く抱き締められ、すとーむはぎゅっと抱きついた。「馬鹿だった。会いに行けば良かった。」
「ネッスィー…。」
「失う所だったなんて!」
 押し倒された。「もう、もう決して傷つけないからな!」
「ええ。…ネッスィー、愛してるわ…。」
 二度目は優しかった。こういうものではと想像していたように。


 数日後。普通に仕事が終わった。
「次はどっちがいい?」
「え?」
「ネッスィーの為には男の子、3人くらいは良いなと思うんだけど。」
 優しく抱き寄せられた。お腹を撫でられた。
「くりーむってどうだ?」
「女の子だと思う?」
「たぶん。」
 二人は微笑んだ。
 と。わたしも構ってよとばかりに、お腹が空いたレイニィが泣き出して、二人は慌てて、ベビーベッドへ飛んで行った。正確には翼を持たないネスクリは走って…だけど。
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