ネスクリ、別のお話

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1 幸せになるネスクリ M/Fなど

「くそ…。」
 ネスクリは呟いた。時間はたっぷりある筈だった。女性でありながら、ザンは恐ろしく強い。言動に問題はあるが、間違いなく第一者の器である。仕事が忙しくなるから、ギンライを第一者においておくという下らないことさえ言わなければ、ザンは間違いなく病死でもしない限りは第一者として君臨できる。だから、自分はずっと二者でいられる。そう思えたからこそ、ゆっくり時間をかけて、ザンの心に近づけばいいとネスクリはのんびりしていた。
 それなのに。ザンと同様に自分の強さを少しも疑っていなかったら、ターランという男が現れた。二者だからこそ、ザンと一緒にいられたのだ。ターランが二者になったら、ザンの夫として権力を振るう野望が遠ざかってしまう。


 今考えれば、馬鹿だったと思う。何百年一緒にいてもザンと自分との関係は上司と部下だった。これから何千年一緒にいても無駄だったろう。それでもその頃はそう考えていたのだ。青二才の浅はかな考えを今なら笑える。でも、その頃は必死だった。


「ネッスィーっ。これ飲んで。」
 いらいらしているネスクリの目の前に、飲み物が差し出された。最近ザンの第二の女性部下になったすとーむだ。露出の高い服を着ていて、何故かネスクリにまとわりついてくる。
「いらない。俺は喉が乾いていない。」
「ネッスィーの為に作ったのよ。へびにはとてもいいの。」
 頬に押し付けられて、ネスクリは仕方なく受け取った。こくっと飲むと…、美味しかった。思わずごくごくと飲み干してしまった。
「美味い。」
 駄目押しの一言。しまったと思ったが、もう遅い。
「本当、本当っ!?やったあっ。」
 すとーむが飛び跳ねるのを見たネスクリは、頭を抱えたくなった。ネッスィーをほっとけないのなんて言って、勝手にあだ名までつけて、まとわりついてくるすとーむに、ネスクリは心底うんざりしていた。でも、すとーむは、どんなに冷たくされようが邪魔だとお尻を叩かれようが、諦めずに毎日やってくる。
「これが美味かったから誉めただけで、お前を認めた訳じゃないからな!」
 もう遅かった。すとーむはまるで聞いていないのだった…。


 それでも、尽くされるのは気持ち良かった。ネスクリは城の誰よりもザンの役に立っていたけれど、人を見下す言葉と態度で大抵の部下から嫌われていた。それでいつも皆から冷たい態度をとられていたので、すとーむの行動は心和む。つい優しい言葉をかけてしまったと後悔するよりも、喜ぶすとーむに微笑むのも多くなった。
 そんな頃。あの日がやって来た。ネスクリの人生が変わってしまった、あのターランとの試合が。


「じゃ、ターラン、二者として頑張ってくれよな。」
 ザンがターランの背中をバーンと叩いた。ターランがよろけて倒れた。「おいっ、大丈夫か?」
「なんとか。」
 試合が終わったばかりで疲れているのに…と恨みがましい目でザンを見ながら、ターランは答えた。
「ネスクリっ、ま、残念だったけどよ、お前、天狗になってたから、いい機会だ。年下のターランに従う気持ちも味わっておけ。そうすりゃ、フェル達の気持ちが分かるさ。」
「はい…。ザン様。」
 ターランに負けて、ショックを受けているところへのザンの言葉はこたえた。追い討ちをかけられた気分だった。それでも何とか返事をしたのは、プライドだろう。こんなのはたいしたことないんだという態度をとっておかなければ、残った僅かなプライドすらずたずたになる。


「くそっ、くそーっ!!あの堕天使めっ!」
 ネスクリは荒れていた。「あいつさえいなければ…。」
「ネッスィー、そんなに暴れたら、傷口が開いちゃうわ。」
 すとーむは、包帯を取り替えながら言った。仕事よりもネスクリの看病をしていて、ザンにお尻を叩かれてしまった彼女は、ごめんなさいっ、わたしにはネッスィーが大事なんですっと言って、休暇を貰った。
 ネスクリはじろりと彼女を見た。嫌な目だ。危険な雰囲気…。
「ネッスィー…?」
「いつもそんな服を着て、俺を挑発してるんだろ?」
「何言ってるの。エケレナちゃんなんかもっと凄いわよ。それに、女の子用の動きやすい服って、こういうのしかないの。ネッスィーは好きだけど、挑発なんて、はしたないことはしないわ。」
 すとーむは微笑みながら言った。『逃げた方がいいかも…。』
「ふっ…。いつも俺にくっついてるくせに…。」
「何をするのっ!!止めて、ネッスィーっ!!」
「望んでたんだろ?俺がいいんだろ?」
「嫌っ。」
 すとーむは必死で逃れようとした。「こんなネッスィーは嫌いよっ。」


 暫く後。すとーむは引き裂かれた服で体を隠し、ふらふらと部屋の外へ出て行った。
「もう誰もいない。」
 ネスクリは呟いた。たった一人、慕っていてくれた女も去った。うつろだった。何もかもなくなった。


 と、思っていたのに。
「ネッスィー、調子はどう?」
 数日後、自暴自棄の生活を送っていたネスクリの前にすとーむが現れた。前と変わらない笑顔が眩しい。
「すとーむ…。」
「きゃーっ。」
「な・何だ?」
 すとーむが飛びついてきた。ぎゅっと抱きつかれて、まだターランとの試合の傷が完治していないネスクリは思わず顔をしかめた。
「ネッスィーが初めてわたしの名前を呼んでくれたわっ。」
 ちゅっ。頬にキスされて、ネスクリはやっと開放された。
「…。」
 可愛い笑顔。もう二度と見られないと思っていたのに。傷つけたのに。

 
 気力を取り戻したネスクリは、すとーむを邪険にしなくなった。彼女は前にも増してネスクリにぴったりだった。
「邪魔ばかりしていないで、仕事をしろっ。」
 ぱんっ、ぱんっ。すとーむのお尻が鳴る。
「やーんっ、だって、ネッスィーの側にいたいのっ。あん、いたあいっ。」
「仕事をしたくないなら、ザン様の部下を辞めるんだな。でも、俺は仕事をするから、そうしょっちゅうはお前に構っていられないからな。」
 ぱんっ、ぱんっ。すとーむは思い切り暴れたが、いつもザンのお尻を叩いているネスクリは手馴れている。
「あーんっ、ネッスィーの意地悪ぅ…。」
 すとーむはお尻の痛みに耐えるしかなかった。お仕置きされるまでの仲になったのはいいことなんだけど…。だからと言って、お仕置き自体は嬉しくない。痛いし。


 三者ネスクリと四者トゥーリナとの試合の日がやって来た。
「…あれ、ターラン様だよな…?」「ターラン様はゲイだから…。」「だからって、あれはねえよな…。」
「バイって言わないと怒るよ?」
「ターラン様っ。」
「俺は女も愛せるの。男のトゥーを愛してるけどね。」
 人間の女の子に変身したターランは、チアガール姿だ。女の子なので、胸もあるし、ミニスカートから伸びる足も綺麗だが、顔はターランのままなので、はっきり言って不気味である。
 ネスクリの方の観客席では、すとーむがターランよりも刺激的な服でネスクリを応援していた。そのへそだしルックは妖魔界では裸も同然で、男達は色気を感じる余裕もなく、呆然としていた。
「ネッスィー負けるなっ。サボり魔なんか倒しちゃえーっ。」
「トゥーっ、何やってるんだよっ。」
 日本へ良く行くトゥーリナは、すとーむに色気を感じる余裕があり、鼻血を出していた。ターランはそれを怒ったのだ。
 不気味なターランと刺激の強すぎるすとーむの姿に、皆は気をとられていて、試合はまだ始まっていなかった。
「…おい、試合を始めろよ…。」
 一段高い観客席から、ザンの声がした。フェルとターランの試合の時は、そこに残りの番号つき部下と、フェルの家族もいた場所だ。はっとした司会役が、気を取り直して、宣言した。
「それでは…始めっ。」


 トゥーリナに負け、ネスクリは四者になった。でも、ターランに負けた時程は落ち込まなかった。彼の心は変わっていたのだ。
「ネッスィー、痛い?」
「そのうちお前も痛くなる。」
「え?」
 何を言っているのか聞こうとしたすとーむを押しのけて、ザンがベッドに座った。
「大丈夫か?また負けちまったからってよ、ターランの時みたいに荒れるなよ?お前、こいつに酷いことをしたって聞いたぞ。」
「ザン様の方が酷いですぅ。そこはわたしの指定席なのに。」
「後で構ってやるから、ちょっとあっちに行ってろ。ザン様と二人で話がしたい。」
 これを聞いたすとーむは頬を膨らませたが、ネスクリに睨まれて、仕方なく病室を出て行った。トゥーリナはカプセルに入れたので、ザンとネスクリの二人きりになった。
「話って、何だ?」
「…ザン様は俺の気持ちに気付いていましたよね。俺が貴女様の夫となり、妖魔界を思い通りに動かす野望を…。」
「…ああ。」
「俺がそんな下心を叶える為に貴女様のお尻を打った時、貴女様は嫌だともいいとも言わなかった。」
「男女で尻叩きがあったら、もう恋人の証だよな。」
 ザンは無表情で答えた。ネスクリはザンが何を考えているのか、分からなかった。
「貴女様は思わせぶりな態度をとりつづけた。」
 ネスクリは下を向いた。「俺を利用する為に。でも、馬鹿な俺は、ずっと貴女様も俺を愛しているんだと思っていた。…いや、そこまでいかなくても、好意を持っているからこそ、ただの部下の俺に尻を叩かれるんだと。他の奴等はただ不思議がっていたけど、俺の心は優越感で満たされていました。」
「確かに俺は仕事のやる気を出す為に、大人しくお前に叩かれていた。でも、お前だって楽しんでいただろ?俺だけが悪いと責められるのは変だ。」
「俺が楽しんでいたのは、貴女様の恋人気分だったからですよ。夫婦で尻叩きを楽しむ場合もある。」
「ま、あるな。…で、お前は何が言いたいんだ?」
「俺には、すとーむという女が出来ました。あいつはあいつを強姦した俺を愛してくれています。」
「…それは分かってる。」
「分かりませんか?」
「何が。」
 ザンはぽかんとしている。
「もう俺には、貴女様は必要ないんです。すとーむがいます。」
「…つまり…。」
 ごく。ザンの顔が青ざめた。その表情の変化をゆっくりと楽しんだ後、ネスクリは微笑みながら、妖魔界式に深く礼をした。
「ご理解頂けて、とても光栄です。」
 ネスクリは嘘や冗談を言っているのではないと分かり、ザンが叫ぶ。
「ま・待てよっ。何も辞めなくてもいいだろ?」
「俺はトゥーリナにもターランにも負けました。権力争いの場にいても、俺は名もなき男のまま終わります。もうここにいる必要はないのですよ。」
「お前がいなきゃ、この城は…。」
「俺は俺を平気で利用し続けた貴女様をもう尊敬していません。」
「悪かった。確かにお前の心を考えない行動だった。もうこれからはちゃんとするからよ。」
 ネスクリが無言で首を振ったので、ザンは焦る。「なー、ネスクリっ。」
「今まで有難う御座いました。ザン様。肉体だけでなく、貴女様の心が誘惑に負けない強さを持てるように祈ります。」
 呆然としているザンを置いて、ネスクリは部屋から出た。
 

「ネッスィー…。いいの?」
 ザンの部下をやめると聞いたすとーむは、恐る恐るネスクリへ聞いた。
「お前は俺と結婚したくないのか?」
「したいけどぉ…。」
 ネスクリはすとーむにキスをした。
「これで俺達は今から、夫婦だ。」
「うん…。」
「さて、夫として妻を躾なきゃな。」
「…え?…きゃあっ。」
 ネスクリに抱かれたと思ったら、すとーむは彼の膝の上へ横たえられてしまった。
「これからは女らしい服を着るんだ。ザン様の部下も辞めること。それに、子供がいる女が腹を外気にさらすなっ。」
「気付いてたの?」
「分かるに決まってるだろ?愛する女の変化なんだから。」
「嬉しいけど、とろけそうだけど、なんで妻になって一番始めにされることがお仕置きなのーっ。辛すぎるー。」
「しっかり反省するんだぞ。」
 ぱあんっ、ぱあんっ。ネスクリは可愛い妻のお尻を叩き始めた。ぱあんっ、ぱあんっ。


 ザンの部屋。ネスクリとすとーむはザンの前に立っていた。
「商人なんてもったいないぞっ。お前の知力と力があれば…。今のままでも別にいいだろ?」
「俺は、父を愛してました。尊敬する父と同じ商人が俺に合ってます。」
「そんなこと言うなよ…。」
「さようなら、ザン様。」
「ザン様、わたし達、幸せになります。」
「すとーむ、お前妻なら、夫の才能を埋もれされるような行為は変だと気付けよ。」
 ネスクリの説得は無理と知って、ザンはすとーむを説得しようとした。しかし、すとーむはもう彼についていくと決めていた。
「妻は夫に従うんですよ、ザン様。結婚すれば分かりますぅ。」
「分かりたくねえよっ。」
 叫ぶザンを無視して、二人は軽やかにお城から去って行った…。
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