ふわふわ君

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  番外8 鞭屋さんへ M−S用  

 町へ着いた。ラークにとって、町はとっても久しぶりだったので、人の多さと騒音に呆然となった。
 ケルラにとっては初めての町。何の為にここへ来たのかも忘れ、彼ははしゃいでいる。走りたかったけれど、腰を紐で結ばれているので、ちょっと行った所でぐんっと引っ張られた。鎖に繋がれている犬常態になったケルラは、
「みゃあっ!!」
 抗議の声を上げた。ラークはその声で我に返り、ケルラの頭を優しく撫でた。彼は、ケルラが構ってもらえなくて怒っていると思ったのだ。撫でられたケルラは大人しくなり、歩き出した父について行った。

 からん、からん。鞭屋の戸を開けると、小さな鐘が鳴った。
「いらっしゃいませ。」
 ラークは軽く挨拶すると中に入り、店内を物色し始めた。
 様々な鞭が、棚からぶら下がっている。その上に対象年齢と性別が書かれている。女性用は男性用より年齢が低く設定されていて、ラークは少しの間だけ、クリュケのお尻の感触を思い出した。確かに、自分より遥かに柔らかくて、傷つきやすかった。
 ケルラは、聞こえてくる試し打ちの音や、泣き声などに怯えていた。逃げたかったけど、腰の紐が容赦なく自分を引っ張っていくので、どうしようもない。とぼとぼと父の後をついて行く。
 ケルラくらいの年齢用鞭を捜し歩いている内に、大人の男性用鞭売り場に辿り着いた。ここに来る前に八百屋で会った、猫と鼠のカップルが居た。猫が上らしく、鞭を試していた。

「もう嫌だー。」
 台に手をついている鼠が喚き、尻尾でお尻を覆い隠した。猫は尻尾を手で払うと、新たな鞭を振り下ろした。ビシーィッ。「ひーっ。」
「暴れると試せない。」
 猫がポツリと呟き、鼠は崩れた姿勢を直した。猫は彼の頭を撫でた。「後、二つだから。」
「二つもあるの…。」
「我慢。」
 別の鞭を振り上げかけた所で、猫はラークに気がついた。
「あ。」
 ラークは見ていた言い訳をしようとしたが、その前に、猫はケルラに視線を向けた後、手を真っ直ぐに伸ばして、何処かを指し示した。その先を追ったラークは、彼が探していた場所を教えてくれたと知った。「有難う御座いました。見ていて済みませんでした。」
 ラークはケルラを抱えると逃げ出した。失礼とは思いつつも、この猫はなんだか怖かったのだ。

「普通、同種族って、それだけでいいものなんだけどなあ…。」
 ラークはそんな事を呟きながら、ケルラの鞭を選ぶ。そこは鞭の玩具に見えるものが並んでいた。手をつかせた大きい相手を打つのと違って、小さい子は平手打ちの後、そのまま膝の上で叩く。振りやすいサイズなので、そう見えるのだ。
 注意書きがあるのに気付いたラークは、興味が湧いて読んでみた。
 “お尻を暖めてから鞭を試しましょう”
 文字の下には、色付きの絵が描かれていた。絵は、鞭を持った人と子供の絵が二つあり、1つは、お尻が染まっていた。染まっていないお尻の絵にはバッテンに当たる印が、染まっているお尻の絵には丸に当たる印が書かれていた。
 『そうか。絵は字が読めない人用なんだな。叩かれる事から遠く離れると、いきなりの鞭が厳しいって、忘れるもんなあ…。』
 ラークは、平たい系と細い系のそれぞれ一番厳しく見える物を、ケルラのお尻で試す前に、自分の手の甲に使ってみた。想像通りに細い系の方が痛い。痛みの質が違うだけだけど、細い系は止める事にして、平たい系を全部手にした。
「ケル、お尻を出して。」
 紐が許すぎりぎりの位置で泣きながら立っていたケルラは、いやいやをした。「ケルはお仕置きが必要なんだぞ。危ない事をして、皆に心配かけたのを忘れたのか?」
「みゃー…。」
 諦めたらしいケルラが側に寄って来た。パンツを苦労して下ろすのを待って、ラークは彼を抱き上げ、平手で5回を叩いた。ぱん、ぱん。「みゃっ、痛いっ。やっ。」
 ぱん、ぱん、ぱん。毛をかき分けて皮膚に触れると、少し暖かくなっている。
「よし、鞭を試すか。」
「にゃーっ。やー。」
「俺だって嫌だけど、ケルがいい子になる為なんだから、我慢、我慢。」
 ラークは鞭を一つ一つ、ケルラのお尻に当てた。様々な音がし、その度にケルラが喚いた。やり過ぎのような気がしてきて、お尻に触れた。腫れてはいるが、痣1つ出来ていない。幼子用鞭はそれでいいのだ。安心したラークは、ケルラを慰めながら続けた。
 候補が二つに絞られた。値段も殆ど変わらず、ラークは判断しかねた。こういうものの場合、安ければいいもんでもない。ケルラのお尻からすると、お仕置きはもう充分に思えた。
「んー。」
 また手に試してみたが、ラークの頑丈な手では、痛みすら感じない。ケルラを下ろして、振ってみたり、握りやすさを考慮したりして、やっと決まった。
 カウンターに向かいかけて、ラークは鞭を嵌めるベルトの存在を思い出した。さっき彷徨っていた時に見かけた場所を何とか思い出して、そこへ向かう。
「お仕置きはもう終わりだから。な。」
 また叩かれるのかと勘違いしたケルラが、大きな声を出したので、ラークは慌てて慰めた。「今度はこれを腰に下げる物を選ぶだけだから。痛いの、終わり。」
 静かにはなった。まだ泣いてはいるが、甘えているか、お尻が痛いだけだろうと思ったラークは、頬にキスをして頭を撫でると、また下ろして、ベルトを選び始めた。これは体形に合うのを選ぶだけなので、すぐに決まった。
 鞭とベルトには規格があるので、鞭とベルトをそれぞれ別の店で選んでも、必ず嵌まるよう作られている。これには鞭を嵌めるための出っ張りがついていて、いつでも必要な時に鞭を使えるようにする物だ。この世界の父親は必ずこれを身につける。これは子持ちの証明になる。その事自体に意味は無いが、新米パパはこれで自分の責任の重さをいつでも感じ、立派な父であろうとするのだ。

 カウンターに商品を持っていく。会計係の店員は優しい笑みを浮かた。
「おめでとう御座います。お父さん。」
 ラークは嬉しくなった。
「有難う。」
 頷いた店員は、二つを手にして、奥へ入って行く。店に置いてある物はサンプルなので、売り物を取りに行ったのだ。戻って来た店員は、
「これでいいですか?」
 吟味した上で買う物だから、いちいち確認しなくても分かるが、万が一という事もある。それが分かっているので、こっちも軽く目を通す。
「ああ。」
 言われた額を出した。店員は丁寧にお金を手に取り、にっこり笑った。
「丁度頂きます。有難う御座いました。」
 ラークは店員に微笑み返すと、ケルラを撫でながら店を出た。

 早速、ベルトをつけ、鞭を嵌めた。かちっと音が鳴り、それを聞いたラークは、お尻がうずくと同時に、背中に寒気が走った。
「こ・この音…。」
 背後でこの音を聞かされた子供は、縮み上がる。なんせとっても痛い鞭が飛んでくる事になる訳で…。「は・は・は・ははは、…はあぁぁ。」
 顔がひきつる。今、この音を聞かされても、叩かれるのは自分ではない。それでも、体に染み付いたものは簡単には消えてくれなくて。いずれケルラもこうなるのだろうか。もっと大きくなった後、平手が終わってほっとしたと思ったら、この音を聞かされてぞっとするようになるのか。父である自分が冷酷に思えて…。
「俺は親父とは違う。」
 たぶん他の父親は、そこまでじゃない。「ケルにとって、俺はいい親になるんだ。」
 ラークはケルラを優しく抱くと頬にキスをした。ケルラはキスを返してくる。
「にゃ。」
「ん。ケル、帰るか。」
 沢山の野菜とケルラを抱え、立派な父になるという決意を胸にして、ラークは町の外に向かって歩き出した。
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