ふわふわ君

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  10 町への道中2  

 いい場所に着いたので、野宿の準備をするラーク。ケルラはまた木に繋がれていた。ラークはケルラに微笑みかけながら、作業を続ける。
 待ちわびたケルラが騒ぎ出す前に何とか作業を終え、、二人で夕飯を食べた。

 ケルラを寝かせた後、ラークは不寝番をすることにした。旅人だった頃は、何かあったらすぐ動けるようにと浅く寝るなんてことが出来たが、今は、鈍ってしまって無理だ。お城に野菜を届に行く役はしていたが、村からお城までは1日で往復可能で、こうして、危険な場所で一夜明かすのは久しぶりだった。
 子連れで歩くのは結構疲れる。自分のペースで動けないし、危ないことをしないよう、見失わないよう、常に気を張り詰めなければいけない。ケルラはまだ幼いから、それほど行動力が無いし、少しは楽なんだろうけど。ラークはうつらうつらし始めた。

「ねえ、ラーク。」
 クリュケの涼やかな声。野菜を抱えられるだけ抱えて、自分だって役に立つのよと強がるクリュケ。
 抱きついて甘えるクリュケ。クリュケの笑顔、憂い顔、泣き顔。甘える時の薔薇色の頬。ぴんと立った尻尾。ふわふわの髪。しなやかな体。
 クリュケと楽しく過ごしていたラークは、ふと気づいた。そこにケルラがいないと。どうしていないんだろうと不思議に思った途端、全てを思い出した。冷たくなったクリュケの体。何も分からなくてぽかんとしているケルラ。激しい後悔と、それを増大させる冷たい人々の心無い言葉。
「クリュケは死んだ。」
 強い喪失感。死んでから2週間後、自分の前に降りて来てくれると信じていたラークは、朝から夜まで何もしないで待っていた。でも。クリュケは来なかった。
 死んでから2週間経てば、霊体は実体のようなものを持つので、生きているものと会話も出来るし、抱き合ったりも可能になるのだ。だから、待っていたのに。
「クリュケが来ない。」
 そのことが、ラークにさらに強いダメージを与えた。クリュケは、自分を助けられなかったラークを恨んでいるのだと思った。

 ラークは飛び起きた。また、悪夢を見た。悪夢は色んな形を持ってラークの下にやってきた。ある時はクリュケに責められ、ある時は結婚しなければ良かったと泣かれ、ある時は幸せに過ごしていると、父親がやってきて連れ去ってしまった…等々。最近は、トゥーリナのお陰で大分良くなった。それでも、見る回数が減っただけで、見なくなることは無い。
 夢の余韻が去った後、ラークは自分がぐっすり寝てしまったことに気がついて、青くなった。
「…ケル?」
 ケルラの姿が見えない。ラークは体中が冷たくなった。「ケルラ?」
 毛むくじゃらの子猫なんて、高く売れない。奴隷にするにしても、ケルラは幼すぎる。必死にそう考えても、ケルラを永遠に失ってしまったという感覚は消えない。悪夢が甦ってきた。クリュケの次は、ケルラまで自分の不注意で失ってしまったのか…?
「ケルラッ!!」
 ラークは叫んだ。
「にゃ。」
 空耳だ、と思った。ケルラの生存を願うあまり、幻聴が聞こえたのだと。「…お父にゃん…?…ごめにゃ。」
 こんなにはっきりした幻聴があろうか…?戸惑っているラークの鼻に、かすかなケルラの体臭が香った。歩いて、沢山の汗をかいたけれど、旅ではそう簡単に体を洗えないのだ。お風呂に入りたがるケルラを我慢させて寝かしつけた。
 ラークは、慌てて声がした方へ行った。ケルラがずぶ濡れになって立っていた。
「ケル…。」
「落ちたにゃ!僕、出来たんだよ。」
 ラークが呆然とケルラを眺めていると、彼は続けた。「喉、渇いたの。水が欲しかった。」
 野宿をした場所には川が無かったけれど、水気をたっふり含んだ大きな木の実が合った。ラークはその木の実を使って、飲み水や料理用の水を確保した。でも、いくらなんでも木の実なので、体を洗うには足りなかったのだ。ラークは、飲み水は大切だからなるべく我慢しようと、ケルラへ言っていた。ラークが木の実を取るのを、縛られていてすることの無かったケルラはちゃんと見ていて、真似をして取ったらしい。
 ケルラは怯えていた。ラークが凄い声で怒鳴ったので、自分がよっぽど悪いことをしてしまったと思い込んでいた。
「お父にゃん、ごめにゃさい。」
 安堵したラークは何も言わずに、ケルラを抱きしめた。強く抱きしめられて、苦しいし、痛いしでケルラは叫んだ。「痛いにゃ!」

 ケルラの体を綺麗に拭いてやって、満足するまで水を与えてから、ラークはケルラを寝かせた。勿論、眠りこけていた自分が悪かったので、お仕置きはしなかった。
 今回のことでラークは、自分が思っていたより、ケルラの存在は大きいのだと知った。
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