魔法界

2 お父様とお母様

 投げやりになった魔女はファンタジーな部屋からわたしをとっとと追い出した。
「まあ、気持ちは分かるけどさー。わたしはこれからどうやって、その虐待で有名な夫婦に会いに行ったり、娘になればいいのさ。」
 変人の相手なんてしたくないんだろうが、乱暴すぎると思う。わたしは途方に暮れながら辺りを見回した。召還魔方陣が描かれていた所は一部屋しか無い小屋だったらしく、わたしは外に居た。周りには変わった形の木や、可愛い形や、怖い雰囲気などの様々な家があり、Halloweenになると、店に並ぶ品々やHalloween仕様の商品のパッケージなどを想像させた。物語の世界に迷い込んだ気分になる。自分がそこの住人になったなんて、夢のようだと思う。
 それはともかく……。今は、わたしはこれからどうすればいいのか悩む方が大事だ。ファンタジーな世界に浸るのは、後で良い。
「えーと、どうしよう。」
 そんなわたしの前に、一人の魔法使いが現れた。とんがり帽子にマントは変わらないが、男性だ。さっきの魔女は、魔女とばかり言っていて男性の話は殆ど出てこなかったが、ちゃんと男の魔法使いもいるらしい。
「今日は。僕は、召喚された人間を両親の元へ連れて行く案内役だ。」
「ああ、良かった。追い出されちゃったから、これからどうすればいいのか、困っていたところだったんだー。宜しくお願いします。」
 わたしは胸をなで下ろす。魔法使いはそんなわたしを変な顔で見ていた。この人も、わたしを変態だと思っているんだろうか。
「名家に行けるだけの才能を持ちながら、未来を潰す選択をするなんて、僕には理解出来ないよ。」
 ちょっと違ったらしい。「来たばかりの君に言っても仕方ないけど、皆がどれほど憧れていても、殆ど叶わない夢なのに……。」
 漫画などでよく見るシーンだとわたしは思った。溢れる才能があるのに、厳しい道を選んだ主人公やメインのキャラが、周囲から残念がられるシーン。何の能力もない筈だったわたしが言われることになるとは……。
 ますます、自分に都合よく作られた世界で、夢なのではという気持ちが強くなった。とはいえ、わたしは才能溢れる自分なんて夢はあんまり見ない。何故なら、お尻叩きをされている自分を楽しむには、むしろ実物より出来が悪い方がそのシーンを楽に想像出来るからである。あえて想像するとしたら、テストで良い点を取るのに素行は悪い子とか、外では皆に憧れられて人気者なのに、家では叱られてばかりのしょうがない子といった、ギャップが面白い場合に限る。
「人には向き不向きがあるし。」
「まあね。名家は責任重大だし、良いことばかりでもないしね。」
 魔法使いは納得してくれたらしく、わたしはやっと彼に、両親の元へ連れて行って貰えることになった。


 周囲にある家より少し大きな家に着いた。もしかして、良い家だから躾に厳しんだろうかとわたしは思った。過度な躾が虐待になるパターンなのか? そんなことを思いながら家の中に入る。虐待で有名な夫婦ということで、恐ろしい外見を想像していたわたしだったが、出てきたのは可愛らしい服装の優しそうな女性と、優男に見える細身の男性だった。外面はいいけど、中身が怖いタイプのようだ。
「わたし達にまた子供が出来るだなんて、素晴らしいわ! すっかり変なことで有名になってしまったから、もう2度と子供を貰えないと思っていたのに。」
 女性に抱き締められたと思ったら、キスの嵐がふってきた。なんという熱烈歓迎ぶりだろう。自分の理想通りに育つように、子供を型にはめていくタイプだろうか。彼女の言うことをきいている限りは、優しいし怒ることもない。その代わり逆らえば……。つまり、お尻を叩かれたかったら、反抗的な子供になればいい。
「面白いことを考えているね。」
 男性がわたしを見て言う。相手は魔法使い。思考を読むくらい簡単なんだろう。わたしのお尻を叩かれたい欲を知られたとなると恥ずかしいが、都合がいいのかもしれない。ただ、好きなら違う罰にしようと考えられると困るが。
「フルック、この子は何を考えているの?」
 女性がわたしを抱っこしたまま、男性に訊いた。
「僕達が虐待で有名になってしまったから、僕達がどういうタイプなのか、判断しようとしてるよ。」
 お尻叩きの方ではなかったようだ。でも、それを読まれてないとは言えない。
「えっと、どういうこと?」
「あのね、レディア……。」
 男性はわたしが考えた、この人は型にはめるタイプだとか何とかを喋る。
「あら……。それ面白そう……。」
「面白そうって。わたし、要らない知恵を付けちゃった?」
「ふふふ。」
 女性は笑うだけだ。怖いんですけど……。
「あの……。」
 わたしをここに連れてきてくれた案内役の魔法使いが恐る恐る口をはさんで来た。「親子の儀式など、僕が手伝うことはありますか? なければ邪魔になるようですし、帰りますが。」
「ああ、親子の儀式は久しぶりですが、覚えていますし大丈夫です。」
「お兄さん、有り難うね。」
 わたし達は彼に別れを告げた。


 彼が帰った後、親子の儀式なるものをした。それをすると、わたし達は正式な親子になる。それだけではなく、最初に会った魔女が言っていた通り、わたしの記憶は殆どなくなり、体も10歳前後に戻った。記憶は、御飯を食べたりといった生きていくのに必要な基本的なことの他に、元人間であること、お尻叩きが好きだといった、わたしという人格を形成するのに必要なことだけが残る筈だった。
「ん……。人間界のことは殆ど覚えてないけど、この世界に来てからのことは覚えてるなぁ。お父様とお母様が虐待で有名とか。」
 親子の儀式の所為か、わたしは二人を自然にお父様とお母様と呼び、本当にそうだと思っていた。人間の両親の顔は何となく記憶に残っているが、そのうち忘れていくだろうと思われた。
「面白いから残しておいたよ。もう一つの一番大事なことも。」
 お父様が笑っている。
「「何、それ。」」
 わたしとお母様の声が重なった。
「ひろみはね、お尻を叩かれるのに憧れていて、自分が叩かれるところを良く想像している子なんだよ。」
「あら……。だから、虐待すると有名になってしまったわたし達の子供になったの?」
「そうだよ。」
 二人はわたしの顔を見た。
「……。」
 二人にどう思われるのかが不安で、自然と顔が下を向く。わたしは期待と不安で一杯になった。
「心配しなくても、僕達が君にするお仕置きがお尻叩きであることに代わりないよ。今までの子供達と同じ扱いさ。どんな子であろうとも平等に扱うのが、僕達の信条なんだ。優秀な子でも、出来の悪い子でも、君のようにちょっと変わった子でもね。」
「効き目がなければ、泣くまででも反省するまででも、叩けばいいだけだもの。」
 普通そうに見えるお母様が恐ろしいことを言う。
「そうそう。まあ、叩きたい気分になった時に、罪悪感がなくていいくらいかな。」
 この夫婦が虐待で有名になったのは伊達ではないようだ。


 一週間が過ぎた。わたしのお尻はあまり休まる暇がない気がする。良い家だから躾に厳しんだろうかと想像したが、それは合っていた。結構な決まりがあり、わたしはお尻にそれを教えられた。知らなかったは通用しない。お尻で覚えればいいと言われて、すぐ手が飛んでくるのである。
 しかも、お父様もお母様も、叩きたい気分になったからと言って、悪くなくても叩いてくる。回復魔法で治してくれることもあるが、座る時に痛がったりするのが面白いという理由で治して貰えないことも多い。 二人は、“虐待すると有名になってしまった”と、不名誉なことのような言い方をしていたが、当然の結果と言えた。
 そして今、わたしはお尻を出した状態で、同じ状態のお母様と並べられていた。お父様は子供だけではなく、お母様も叩くのが好きなのだ。お父様はわたし達を交互に叩いて楽しんでいる。
「こうして二人並べてお尻を叩くのは久しぶりだよ。娘が出来てくれて、僕は幸せだ。」
 お父様は本当に幸せそうに言う。
「それは良かった。」
「うん。ひろみがうちを選んでくれて良かった。」
「だったら、普段の躾は、もっとゆるくしてくれたらいいのに。」
「それは駄目だよ。こうして楽しむのと、躾は全く別物。我が家に相応しい立派な娘になってくれないと。」
 お父様が渋い顔で首を振っている。
「娘のお尻を叩いて楽しむ両親に相応しい立派な娘って、どんなの? さあ、わたしのお尻を叩いて楽しんで下さいって迫る感じ?」
「……ひろみってきつい性格だよね……。」
「心を抉られることが多いわよね。」
 ちょっとした冗談だったのに、両親に愚痴られてしまった。
 お父様のお楽しみが終わった後、わたしは部屋に戻ってきた。今回は愚痴られた所為なのか、お尻を治して貰えなかった。
「想像していた程には重くはないけれど、軽くもないのが虐待の真相かな。まあ、良かった。」
 わたしは鏡に、赤くなったお尻を映しながら呟いた。こういうこと、してみたかったんだよなぁと少し楽しい。充分堪能してから、お尻をしまうと、わたしはベッドに寝転がる。「うーん。才能あるって言われたから、魔法は簡単に覚えられるって思ったのになぁ。」
「充分早いわよ。普通だったら、魔法を使う感覚を覚えるだけでも結構大変なのに、ひろみは、もう一つ目の魔法を習得しちゃったんだから。」
 お母様が部屋に入ってきながら言う。
「そうなの?」
「そうよ。比べる対象がないから、分からなくても仕方ないけど。」
「ふーん。」
 お母様がベッドに座って、寝転がっているわたしを撫でる。「今日は行儀が悪いって言わないの? いつもならぺんぺん対象だよね。」
「わたしと違って、あなたはお尻を治して貰えなかったから、休んでいていいの。」
「そっか。そういう点では、お母様はちょっと優しいね。」
「どういう点では駄目なの?」
「悪くもないぺんぺんはお母様の方が多い。」
 わたしの言葉に、お母様が肩をすくめた。
「言われてみればそうね。だって、子供の可愛いお尻を叩くのは何よりも楽しいから。」
 どうもお母様は言うことが怖い。お父様の方は比較的常識人なのに……。



15年10月9日
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