魔法界

1 魔女になる

 ふと気がつくと、わたしはファンタジーな感じの部屋にいた。とんがり帽子にマントといったいかにもな魔女が立っていて、言う。
「突然、お呼びたてして申し訳ありません。」
 彼女が頭を下げる。「あなたには魔法の才能があります。これからは魔法界で魔女として生きていきませんか?」
「え・えーと……?」
 ポカンとしていると、魔女が説明を始める。
「わたし達は、人間の中から魔法の才能を持つ者を探し出し、魔法使いにしています。あなたにも魔法の才能があるので、こうして声をかけさせて頂いています。」
 彼女はにっこりと笑っているが……。
「本当にわたしにそんな力があるのかな……。遅刻しそうで急いでいたら、いつの間にか学校の前にいたとか、不思議な力を使える人の話を聞いたことがあるし、使えたら凄いし楽しいだろうけど、わたし自身はそんなことが出来たことないよ……。」
 わたしは顔をしかめる。とりあえず、目の前の人が本物だということは、本屋へ行こうと歩いていた筈のわたしが、謎の部屋にいることで証明されているんだけども。
「この部屋には、魔法の才能を持つ者を召還する魔法がかかっているんです。ですから、あなたには魔法の才能があるのは間違いありません。今まで才能を感じたことがなくても大丈夫です。無意識のうちに使えるかは、人によりますから。」
「そうなんだ……。ねえ、何の為にそんな手間をかけているの? 絶滅しそうだとか?」
「いえいえ。仲間は沢山居ますよ。そうではなくて、魔法の才能の持ち主が人間の中にいても、生き辛いだけなんです。わたし達の世界で、魔法使いとして生きる方が才能も生かせて幸せです。」
「そうかな……。幸せな人もいるんじゃないの? 恋人や大切な家族がいたり、やりがいのある仕事をしていたり、楽しい趣味を持っていたり……。」
「勿論、そんな人も居るでしょう。なので、わたしの仕事はここに召喚された人に、魔法使いになるか、元の世界に戻るか質問することなのです。」
「そういえば、魔女として生きていくかって訊かれたね……。」
 わたしは恥ずかしくなって、頭をかいた。
「いきなりこんなところへ連れて来られたのだから、混乱してもおかしくはありません。照れなくても大丈夫ですよ。」
 魔女は優しかった。「それで……。あなたはどうしますか? ああ、大事なことを言い忘れていました。魔女になれば人間界に別れを告げなければいけません。人間界に帰ることは出来ません。」
「人間の世界とはおさらばなんだ……。そっか……。」
 人間の中でこっそり魔女として生きるってことば出来ないようだ。
「正確に言うと、魔女として一人前になったら、魔法に使う材料を求めるという理由で、人間界に行くことは認められています。なので、二度と人間界に行けないわけではありません。ですが、それはあくまで一時的な物。長期間滞在することも、住むことも出来ません。」
「……うーん。未練はそんなにないといえばないんだけど……。あなたが、魔法の才能の持ち主が人間の中にいても生き辛いだけって言ってたけど、実際わたしはそんな感じだし……。でも、本とか漫画好きだし、知らない世界でどう生きるのか分からないのも、それはそれで怖いかな。……ねえ、魔法はどんな風に習うの?」
「この世界の住人になると決められた場合、人間界の記憶をほぼ失い、10歳児ほどまで若返ります。そして、一組の夫婦の子供となり、両親から、この世界の仕組みと簡単な魔法を教わります。ある程度の教育期間を経た後は、学校に通い、更に魔法を学びます。卒業した後は、成人した魔女として、この世界の一員になります。」
「人間としての記憶が無くなるんだ……。それなら、寂しいとかないかもね。なら、大丈夫かも。」
 魔女になりたいという気持ちが強くなり、わたしはワクワクしてきた。「大人になった後は、恋愛するなり、魔法の研究するなりしていく感じ?」
「そうですね。学校で優秀な成績を収めた者は、お城のお抱え魔術師として、高度な魔法研究をしていくこともありえます。とても誇らしいことですよ。」
 目の前の魔女は憧れの表情を浮かべていた。「わたしはそこまで優秀ではありませんでしたが、それでも普通の人よりは頑張ったので、今こうして仕事をしています。」
「もしかして、仕事をするってのは、一部の特権階級のみ許された名誉なことだったりする?」
 彼女の憧れの表情や、誇らしげな物言いが気になったので、わたしは訊いてみた。
「いえ。大人になれば皆、何かしらの仕事はします。結婚して、夫の稼ぎで生きる人も居ますが……。」
「そっか。人間界と同じだ。」
 彼女は名誉ある仕事をしているから誇らしいってことかなとわたしは思った。
「はい。魔法界では、一人で生活していけるだけの力を身につけて、初めて成人となります。逆に言うと、自活することが出来ないうちは成人ではありません。年齢が大人になっても、自活する能力がなければ子供として扱われます。」
「そ・そうなんだ……。厳しいね。」
 逆に言えば、生活弱者は存在しないことになるので、それはそれでいいのかもしれない。魔法のお陰なんだろうか。「それで気になったけど、一組の夫婦の子供になるって言ってたけど、適当に選ばれる感じ?」
「もし、こういう家庭に行きたいなどの希望があれば、ある程度はきくことが出来ますよ。例えば、厳しい家庭できちんと学びたい、あるいは優しい両親に愛されて、楽しく生活したい……などです。魔法界は教育熱心な人達が多いので、子供を欲しがっている夫婦は沢山います。なので、完全には無理でも、それなりには期待に沿えますよ。」
「へー。」
 この世界では親を選べるのか。
「ただし、親を選べると言っても、いつでも好きな時に変えることまでは出来ません。一度選んだ家庭で頑張って下さい。」
「それはまあ、当然だよね……。」
 厳しい顔で言われたものの、当たり前としか思えなかった。
「それで、どうしますか?」
「人間界との縁が切れるのはちょっと寂しいけど、魔女になる魅力の方が上だし、魔女になります!」
 わたしは魔女になることに決めた。説明役の魔女がにっこり微笑んだ。
「あなたはこれから、わたし達魔女の仲間ね。では、説明したように、ある夫婦の子供になるわけだけど……。どんな家庭か希望はある?」
 仲間になったからなのか、魔女の口調と表情が親しげなものに変わった。
「厳しいうちがいいなあ。出来れば体罰とかあるような。」
 勇気を出して言ってみる。
「体罰まで……。随分と厳しい所を望むのね。失礼だけど、そんな自分に厳しいような性格には見えないわ。」
「その見立てで合ってるよ。厳しいどころか、超・甘い。でも、だからこそ、厳しいおうちで躾られた方がやる気が出るかなーって。」
 お尻を叩かれるかも知れないからとは言えないのもあるが、実際、そうなりそうな理由を言う。「魔女になりたい気持ちは勿論ある。でも、最初は物珍しさも手伝って頑張るだろうけど、魔法なんてそう簡単に使えるようになるわけもないだろうし、段々めんどくさくなりそう。そういう時、厳しいうちだったら、叱られてやる気が出るかなって。」
「そう。では今から検索してみるわ。」
 彼女が目を閉じた。「……2つ見つかったわ。でも、これは……。」
「えっと、どうしたの?」
「1つは名家。もう1つは、子供を虐待すること有名な夫婦だわ……。うーん。」
 彼女は顔をしかめている。
「名家って何?」
「魔法界は、魔女王様が治める王政なんだけど、王家の他に、名家と呼ばれる人間界でいう貴族みたいな家系が四つあるの。王家を支える大事な家系だから、強力な魔力がある一般人は名家の人間と結婚したり、養子になったりして取り込まれるのよ。あなたのように召還された人間でも、条件が合えば名家の子供になることは可能なんだけど……。」
 彼女は難しい顔のままだ。
「凄い才能の持ち主じゃないと駄目だから、わたしでは無理……と。」
「違うの。あなたには才能があるわ。なかったら、名家が候補に出たりしない。そうではなくて、皆の憧れでなければいけないから、躾は物凄く厳しいの。自由な恋愛も出来ないし、好きなように遊ぶことも出来ないわ。責任が重いの。」
「良いおうちの子供になれる代わりに、代償も大きいと……。」
「そうなの。大人としては名誉なことだから、憧れる人も多いんだけど……。」
 彼女は困った笑顔を浮かべている。
「厳しい家庭には行きたいけど、わたしが求めてる厳しさとは違うし、そんな責任の重そうな役割はわたしには無理そう。偉い人になるのも嫌だし……。」
 わたしはそう言ったが……。「あれ、ってことは虐待家庭しかない。」
「体罰はなくても厳しい家庭なら4件程あるわよ。」
「体罰ある方がいいけど……。虐待で有名なくらいだと、体罰じゃなくて暴力を振るわれそう……。」
 殴り飛ばされたりしそうだ。わたしがして欲しいのはお尻叩きなので、それは嫌だ。
「どっちもしてるわ。その家の子供達が、厳しすぎる躾について文句を言ったり、悪くもないのに殴られて泣きながら登校してきて有名になったんだから。」
「そ・それはきつそう……。あちこち痣だらけなんだろうなぁ。」
 お尻は叩かれたいが、無意味に殴られるのはご免だ。体罰家庭は諦めた方が良さそうだとわたしが思っていると……。
「いえ。ぶたれるのはお尻だけなのよ。そう言うと楽に思うかも知れないから言っておくけど、頻繁に叩かれるのに、叩かれる場所がお尻だけってことは、それだけ負担が大きいって事でもあるのよ。回復魔法で治して、更に殴るっていうんだから、恐ろしさが分かるでしょ。」
 彼女はそれでわたしが諦めるだろうと思って言ったんだろうけど……。わたしの心は決まってしまった。
「お尻だけならいいや。そこの家庭の子供になる。」
「ちょっと、わたしの話しをちゃんと聞いていたの!? お尻だけだからってちっとも楽じゃないのよ。むしろ大変なんだってば。分かっているの?」
 魔女に怖い顔で睨まれたが、お尻を叩く家庭がそこしか無いのなら、わたしはそこに行くしかないのだよ。
「分かってるよ。本当に危険な家庭なら、選択肢に出ないんだろうし……。」
「……それはそうなんだけど……。いいわ。変態に付き合ってられない。好きにしなさい。」
 魔女に見捨てられてしまったようだ。まあ、当然か。
 いくらお尻を叩かれたいからって、虐待家庭に行くなんて正気の沙汰ではないのでは……と少し不安になりつつも、わたしは期待の方が大きいことを感じていた。
 『だって、魔法使いになれる上に、お尻叩かれまくるなんて、まさに理想なんだもん……。夢なら冷めないで欲しい。』
 後に、夢の方が良かったと泣くことになる未来が待っている気がするけど……。ともかく、わたしはこうして魔法界の住人になったのだ。



15年10月8日
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