魔法界 落ちこぼれ

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1 はみ出し者の村

 わたしは魔法界の魔女王様のお城の窓からぼんやりと外を見ながら呟いた。
「誰がわたしを引き取ってくれるって言うのさ。いるわけないじゃん。さっさと人間界に帰してくれれば、それでいいのに。」
 魔女王様は、わたしの体に多量にある傷の手当てをするように使用人達に命じた筈だが、誰も来なかった。わたしは何の力もない無力な子供なのに、他の人達からは恐ろしい魔物とでも思われているようだ。魔女王様の命令に背く程に。


 端から見れば太っている以外は特に特筆すべき点もない一般人として生きていたわたしは、ある日、魔法の才能を持つ者として、この魔法界なる場所に召還された。魔法使いとして生きていくかと質問されたわたしは、魔法使いに憧れていたので、なりますと返事をした。この世界の決まりに則り、子供に戻ったわたしはある夫婦の娘になった。
 わたしを引き取った両親は、最初は優しく根気強く、わたしに魔法とこの世界について教えてくれていた。だが、二人は、いつまでたっても一番最初の簡単な魔法を覚えることが出来ないわたしに苛立ち始めた。わたしが悪くてもちょっとしたお説教で済ますような優しい両親が、いつの間にか手をあげるようになっていた。暴力がエスカレートし、もはや魔法と関係ないところでも殴られるようになった。そんな彼等を見て、周りの人達は両親を非難するよりも、あんな穏やかな人達が豹変してしまう程にわたしが悪なのだと責めた。そして、わたしはとうとう両親に捨てられてしまった。
 お腹が空いて道端に倒れていたわたしは、巡回の兵士達によってお城に運び込まれた。わたしは悪い意味で有名だったので、すぐに両親が見つけられ両親は呼び出された。しかし、魔女王様は両親の説得が無駄だと知ると、わたしに新たな両親を見つけると言っていなくなってしまった。そして冒頭に戻る。


 傷は治して貰えなかったが、食べ物は貰えたので、久しぶりにお腹が一杯になったわたしは、だんだん眠くなってきた。起きている気力も無かったので、横になって眠りはじめた。引き取り手が現われなかったらどうなるのだろうという不安はあったが、どうせ、人間界に帰されるだけだろうと気楽に考えていた。
 軽く揺さぶられて目を覚ました。
「あなたの両親が見つかりました。ただ、本当に申し訳ないのだけれど、あなたは、はみ出し者の村で生活することになりました。国から追放する形になってしまいますね。何も悪くないあなたを追放するのは心苦しいけれど、あなたの両親になってくれる人が、そこでしか見つからなかったのです。」
 魔女王様は本当に辛そうな顔をしていた。
「はあ……。」
 わたしはポカンとしていた。はみ出し者の村の存在自体は知っている。悪い子を脅す手段として、人間界では、怖い人にさらわれるなどと言ったりするが、この魔法界では、悪い子は、はみ出し者の村に捨てられて、辛い目にあうと脅されるのだ。子供を怖がらせる為、そこは恐ろしい村と言われていた。
 両親がまともだった頃、信憑性を増す為、実際に遠くから見せられた。ぽつぽつと荒れ果てた家がある寂しい場所で、ぼろぼろの服を着た子供がいたので、脅し効果としては充分過ぎる程の場所だった。あの時、わたしは怖くてしばらくの間、大人しくしていた。
 だから、存在は知っているのだ。だが、だからといって、そこに行けと言われるとは思ってもみなかった。
「追放されるくらいなら、人間界に帰りたいんですけど……。」
「それは無理なの。あなたはもう人間ではないので、帰すことは出来ないのです。」
「えっ、そうだったんだ……。」
「親子の儀式をして、子供になったでしょう? その時に体が作りかえられて、人間ではなくなっているのよ。」
「し・知らなかったです……。」
 わたしは呆然としていたが……。ふと、魔法使いは、人間よりずっと長寿であることを思い出した。人ではないので寿命も違うわけだ。落ち着いたわたしは、質問をする。「あの、魔女王様、はみ出し者の村って、犯罪者の村なんですか? 人間界で言う刑務所みたいっていうか……。」
「違います。名前の通り、この国のやり方に馴染めない人達の場所です。この国では禁忌の魔法をあちらでは使えたりと、こことは違う決まりに従って暮らしているから、そういう風に見えるけど……。」
「禁忌……。人を生き返らせたりとかでしょうか。」
「実際にどんな魔法が存在しているのか、私は知っていますけど、まだ子供のあなたに直接教えることは出来ません。これから行くのだから、聞いてみるのも手ですけど、推奨しません。」
 王としてはそうだろう。


 暫く後、わたしは荒れ果てた村の入口に立っていた。わたしを引き取ってくれるのは、この村の村長夫婦らしい。どうしてそんな偉い人に拾われることなったのか気になるが……。もしかしたら厄介者のわたしを押し付けられたのかも知れない。そんな事を考えながら、わたしは村の中に入った。
「……えっ!?」
 ぼろぼろでいつ崩れてもおかしく無さそうな家、薄汚れた子供、荒んだ目をした大人達が消えてなくなり、普通の村が姿を現した。正確に言うと、それ等が普通の存在に入れ替わったのだ。「これって……フェイクって事? 偽装魔法?」
「おお、すげーな。落ちこぼれって聞いてたのに、飲み込みが早いんだな。」
 いきなり近くで話しかけられて、わたしは悲鳴を上げてしまった。
「キャーッ。」
「わーっ。」
「……ああ、吃驚したぁ。」
「こっちが吃驚したっつーの。そんなに大きな声を出さなくてもいいだろ。」
 ぼさぼさした黒髪のやんちゃそうな男の子がちょっと怒った顔でこちらを見ていた。わたしより少し年上だろうか。
「いや、ご免。いきなり声をかけられたから。……で、あんたは誰?」
「俺の名前はザルト。村長にお前を連れてくるように頼まれたんだ。付いてきてくれ。」
「うん。」
 彼がゆっくり歩き出した。わたしが傷だらけなので、気遣ってくれているようだ。わたしは彼について行きながら、質問する。「何で、こんな変な魔法をかけてるの?」
「この村に子供が入りたがらないようにさ。だって、めんどくさい決まりがない村だなんて、子供にとっては夢の世界だろ。だから怖く見えるようにしてあるんだ。」
「成る程ー。言われてみればそうだね。」
 脅されていたから夢にも思っていなかったが、確かに、親に従わなくてもいい夢の世界とも言える。
「でもさ、ほんとに自由なのは大人だけ。煩い親がいたり、色んな決まりがあって子供が大変なのは、こっちでも一緒さ。」
 ザルトが肩をすくめる。
「そんなもんなのね。まー、集団で暮らす以上、ある程度の決まりは出来るよね。」
「俺はそこまで考えてなかったけど、確かにそうだよな……。皆が好き勝手にやってたら、喧嘩になるし、ご飯食べられなくなったりするしな。」
 ザルトが納得している。
 村の中心らしい場所まで来たわたしは、そこの異様な光景に、つい立ち止まってしまった。
「何、これ……。」
「ここに初めて来た奴は皆、吃驚するんだよなぁ。俺はここで生まれたから、そういうもんって思ってるけど。」
 ザルトは何でも無さそうに言うが……。
 噴水があり、ベンチが置かれている……と表現すれば、ただの公園の一角にしか思えないそこは、わたしには不思議な場所に思えた。ベンチの量が異常に多いのだ。しかも、そのベンチに5組の2人連れがいて、全員が連れのお尻を叩いているとなれば……。
「で、何なの? 教えてよ、ザルト。」
「公開仕置き場だよ。」
「こ・公開……。」
「ん。すっげー悪いこととかすると、ここに連れて来られて皆の前で叩かれるんだ。」
「大人も居る……。」
 居るというか、5組のうち、3組が大人同士だった。その中で更に2人の女性が男性に叩かれていて、残り一組は叩く方が女性で、叩かれる方が男性だ。
「この村って仕置きが尻叩きって決まってるんだ。や、そりゃ、家の中なら、ビンタしようが、正座させようが、飯抜きにしようが分からないけどさ。ま、ともかく、ここでのお仕置きは尻叩きなんだ。だから、ここに連れて来られたら大人でも叩かれる。」
「夫婦とかでもあるのかな……。」
「今叩かれてる人達が夫婦とか恋人だな。」
「へー……。」
 それはちょっと期待しても良いのかも知れないとわたしは思う。ただ、ここに連れて来られて、人に見られながら叩かれるのは嫌かなとも思った。



15年10月25日
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