少女ザン番外4 シィーとネスクリ
1 非スパ
いつもの平和なシーネラルとクーイが暮らしている町。ネスクリはここで八百屋をしている。すとーむとザンの城を出た後、身重の彼女と共にこの町へ来た。
生きていた頃、彼の父は武器屋を営んでいたが、彼はもう戦いからは離れていたかったので、八百屋にした。ザンの下で働いていたという顔を生かし、人間界と聖魔界から野菜を仕入れた。未知なる野菜の販売なので、最初は気味悪がられていたが、人の心を読み、その人が最も傷つく言葉を吐いていた彼にとっては、その逆をやるのは容易かった。かくして、煌めく笑顔に奥様達はうっとり、売上はがっぽり。ネスクリの店は繁盛していた。
すとーむも次々と子供を生み、彼は平和な暮らしを営んでいた。時々神父代わりに盗賊退治をして、肉屋に貢献していたが、かつて戦いの中にいた血を静めるのに効果があり、何の不満も不足もない生活だった。
そんな時にふと現われた猫。彼には心かき乱されたが、あれから、猫はクーイと共に現われても彼の側には来ず、ネスクリは安心していた。すとーむも嫌がっているし、声などかけてもらわない方がいいに決まっていた。
ある日。いつものように奥様達を魅了しながら、商売をしていた彼の耳に、久しぶりの声が聞こえてきた。
「盗賊だーっ。盗賊が現われたぞーっ。」
殺す事に何の心も動かされなくなって久しいが、長い間ザンの下で戦ってきた所為なのか、他の皆には一大事なこの言葉に、彼の血は踊ってしまう。
奥様達は、こんな時には、はしたないなどと言ってられないし、言われないので、スカートからげて我が家へと走っていく。
「すとーむ、後は頼む。」
それだけ言うと、ネスクリはカウンターを飛び越え、エプロンを投げ捨てると、
「気をつけてね。」
妻の声を背に、緊急時に鳴らす鐘の方へと走り出した。振り返らずとも、彼女はきちんとやると分かっていた。ネスクリは妻を信頼している。
すとーむも、子供達を急き立てて、一緒に野菜を箱に仕舞ったり、エプロンを拾いに行かせたりと、てきぱきと後片付けをしていく。伊達にザンの部下をやっていたわけではないので、無意味な悲鳴をあげたり、オロオロして子供達を不安がらせたりすることもない。
ネスクリは知らない人達に危険を叫びながら、鐘がある梯子の前に辿り着いた。梯子を一所懸命に登っている若者へ、自分がやるからお前は逃げろと声をかけた。若者の耳に届いたらしく、彼は梯子を降り始めた。それを確認してから、深くしゃがみ込み、一気に飛び上がった。真ん中くらいまでは届いたので、梯子に手をかけてぶら下がった。足が梯子に届いたので、また飛び上がって、今度は天辺に辿り着いた。鐘を壊さない程度に激しく鳴らしながら、町全体を見下ろして、気付いていない人がいないかどうか確認した。
皆が逃げているらしいので、彼はそこから、地面まで一気に飛び降りた。そうしながら、盗賊達の姿も確認していた。高い所から飛び降りたので、埋まりそうになったが、何とか抜け出し、彼は周りに人がいないかどうか確認した後、盗賊達を引き付ける為に、殺気を放つ。あっという間に数人が姿を見せたので、挑発しながら町の外へ向かった。
町の外へ出る。目に見える範囲には、10人ほどの姿が見えたが、30人は居るらしいと気配で分かった。とりあえず、その10人と戦おうかと思っていると、町の方から殺気を感じた。気の力が凄いので、思わずそっちを見たが、盗賊達も吃驚したか、警戒しているのか、襲われなかった。
「神父様ではないし…、一体誰だ?」
猫の顔が浮かぶ前に、本人が姿を現わした。篭手に爪をつけたような武器を両腕に装着した彼は、既に数人の血にまみれていた。2人を引き摺っていて、1人を肩に乗せていた。血はその者達のものらしい。
「餌が一杯。」
猫はそれだけ言うと、盗賊達を弄び始めた。猫の習性だから仕方ないとはいえ、ネスクリは吐き気がした。彼は構わずに、盗賊達を一撃必殺で倒し始めた。
「うわあ…。」
クーイはぼんやりと、2人の戦いを見ていた。猫と蛇のしなやかな動きは、美しくさえあるとクーイには思えた。盗賊達は、2人を演出する為の小道具に過ぎないと。
いつものように、にゃーにゃーと五月蝿いシーネラルをいなしながら、お昼ご飯の支度をしていたクーイ。と言っても、シーネラルが本当に鳴く訳ではない。うろついたり、クーイにちょっかいを出して、腹が減ったと喚いたりするのだ。普段は彼の声を聞けないので、少し嬉しいけれど、鬱陶しいのも事実だったりする。
いい加減にしてよっと言いたくなった矢先に、シーネラルが黙り込んだ。まだご飯が出来ていないのにと思っていると、彼は、いつも腰からぶら下げている猫の爪を手に嵌め出した。
「えっ、どうしたの?」
言い終わる前にシーネラルが戸を開けて出て行き、鐘の音が聞こえた。それで、盗賊が来たのだと分かった。クーイはシーネラルがどんな風に戦うのか知りたくて、彼の後を追った。本来なら姿を見つける事すら出来なかったろうけど、ネスクリのように、殺気を放って盗賊を挑発しながら歩いていたシーネラルは、3人に襲われていたので、クーイは発見できた。彼は、あっという間に片付け、そのまま3人を抱えて歩いていった。
一般人のクーイには殺気を感じられなかったけれど、3人を攻撃した時のシーネラルの顔に、ぞっとするものを感じた。一瞬、後を追うのを止めようかと思ったけれど、殺す場面を見てみたい気持ちが強くて、彼はそのまま覗いているのだった。
30人の盗賊の中には、シーネラル好みの男も居た。蛇は、逃げ腰のそいつには手を出さないだろう。まずは数を減らしてから、楽しもう。クーイとはまた違う優しげなその鼠の血を全身に浴びる快感を思い浮かべ、シーネラルは笑みさえ浮かべながら、盗賊達を蹂躙していく。傷つけられた盗賊が、逃げようと足掻くのが面白かった。押さえつけて、猫の爪と自前の牙で体を切り裂くと、相手は絶望のうめきを漏らした。薄紫色の綺麗な血が噴き出してきて、シーネラルの顔と体を汚した。いい物を食べていないらしく、血は不味かった。喰う楽しみがないので、絶命させた。次に期待しよう。
ネスクリは急いだ。なるべく早く全滅させよう。そうでないと、猫に苦しめられる盗賊が増えてしまう。ネスクリは血まみれの指をしゃぶると、次の相手に襲い掛かった。
盗賊達を生かして帰す必要はない。最近、肉屋はいい食材がないと言っていたし、下手に逃がして、逆恨みで復讐に来られたり、名のある自分と猫の噂を知った悪でない盗賊が来ても困る。猫はいいかもしれないが、ネスクリとしては、意味のない戦いは避けたい。その為にザンの城を出たのだから。それに、折角魅了した奥様達に、あの人は本当は怖い人なのだと思われて売上が減ったら、生活に困る。すとーむちゃんと3人の子供達の為にも、盗賊は全滅させよう。
だからと言って、ネスクリは逃げていく者まで殺すつもりはなかった。逃げた時点でやる気は失せているから、心配の対象にはならないだろう。
それなのに。
猫が逃げようとした相手まで追っかけて行って、引き摺ってくるのが見えた。
「ちゃんと戦え。」
ネスクリはぽかんとした。普段は喋らないくせに、どうして余計な事に口を開くんだ?
戦意を喪失している相手は命乞いをした。
「命を捨てる覚悟もないのに、町を襲いに来たって言うのか?」
第一者達などの名のある奴の住処に来たわけじゃあるまいし、仕方ないだろう。それに、説教する意味はあるのか?とネスクリは突っ込みを入れたくなった。そんな彼は知らないうちに隙を見せていたらしく、数人が彼に襲い掛かってきた。
「戦場で隙を見せるほど、甘くない。」
シーネラルが来た時に、隙だらけだったのはなかった事にして、ネスクリはそいつ等を片付けた。
2005年02月13日
猫って、大人でも獲物で遊ぶっけ?遊ばないとしたら、シィーは子猫っぽい所が抜けていない事にしよう。
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