学校のお話

9 変わった人達

 次の日。
 体調が悪かったお陰で、叱られずに済んだ和也。得した気分でうきうきしている彼は、家の前に立っていた。今日は土曜日で休みだから、朝から妖魔界へ行ける。もう少ししたら、トゥーリナが迎えに来てくれる筈だ。
 と、そこへ…。
「本当にここに、あの物の怪が来るのか?」
「トゥーちゃん、るる(訳=来るよ)。」
 背の高い壮年の男性ともっと背の高い青年が現れた。
 おじさんは普通に喋っているけど、お兄さんは赤ちゃん言葉だ。和也は『何なの?この人…。頭がおかしいのかな…。』と思った。
「あの者は、暫くお前の前に、現れておらぬのだぞ。もうお前の事など、忘れたに違いない。」
「りゅ…。トゥーちゃん、にそがち(訳=忙しいんだよ)。だー、いっちゃ、らもん(訳=第一者だもん)。」
「前は、よく来ておったではないか。」
「う…。」
 それ以上、お兄さんは何も言えなくなったのか、黙ってしまった。
 『このおじさん、お兄さんの事が嫌いなのかな…。お兄さんが何を言ってるのか、全然分からないけど…。』和也は、変な人達だと思いつつ、二人を見ていた。
「さあ、帰るぞ。武夫。ここに居ても、空しいだけではないか。」
「れも…、トゥーちゃん、るる…(訳=でも、来る…。)」
「子供の頃は、不可思議な力があったかも知れぬが、お前は大人になった。大人になれば、そんなものは無くしてしまう。トゥーリナとかいう物の怪もそれが分かって、お前を忘れたのだ。…さあ、帰るぞ。」
「お父ちゃん…。」
 青年は酷く悲しげな顔をした。
「えっ、今、おじさん、トゥーリナって言った?」
 和也は思わず言った。
「りゅ!のの子、トゥーちゃん、ちってう(訳=この子、知ってる)!」
 青年が叫んだ。
「む…。おい、そこの子供!トゥーリナを知っておるのか?」
「知ってるけど…。」
 『このおじさん、偉そう…。』と和也は思いつつ、答えた。
「あれは、ここに現れるのか?」
「…?」
 おじさんの言葉が難しくて、和也には分からなかった。
「トゥーちゃん、ここ、う…く・来るの?」
「…んーと、トゥーリナさんが、ここへ来るのかって、聞いてるの?」
「ちょう…ちょ・そ…そう。」
「来るよ。僕と、学校の話をするから。」
 和也は、へんなお兄さんへ教えてあげた。「…あのさ、お兄さんは、普通の言葉で話せないの?」
「武夫は、知的障がい者なのだ。」
「…それ、何?」
「ちなうもん!えお、ふちゅうらよ(訳=違うもん、普通だよ)!」
「お前は、“えお”ではなく、武夫だ。それと、大の大人が自分を名で呼ぶでない。それが通用するのは、少女だけだ。」
「むじゅかちい…(訳=難しい)。」
「武夫は体ではなく、頭に問題があるのだ。正式にはなんと言うか、わたしは知らぬ。」
「ふ・ふーん。だから、赤ちゃん言葉を使うのかあ。」
「り、りっ、うーっ、うー!!」
「えっ?何なんなの?」
 武夫が、急に叫び出して、和也は怖くなった。
「頭が悪いと言われて、怒っておるのだ。」
 おじさんがそう答えた後、急に和也は眩暈がした。「ん、これは何だ…?」
「なんか、ぐらぐら、する…。」
「トゥーちゃん、るる(訳=来る)!」
 武夫が嬉しそうに言った。「トゥーちゃん、トゥーちゃん。」
 和也は、そう言われれば、妖魔界へ連れて行かれた時の感覚に、似ていると思った。そして、自分がくらくらしているような、地面や空気が揺れているような、変な感覚が収まった。
 何もない空間に、黒く長い爪が現れた。指が現れ、手が出て来た。
「トゥーちゃん!」
 武夫が叫び、その手に触れた。
「お?」
 もう片方の腕が出てきて、武夫の頬に触れた。「お前、武夫か?」
 足が出、そして、やっと全身が現れた。武夫が飛びついた。
「武夫…随分でかくなったな…。おお、タルートリーもいるのか。…ん?ザンがいないじゃないか。」
「ザンは成仏した。」
 おじさんの名前は、タルートリーというらしい。でも、どこをどう見ても、完全に日本人にしか見えない。
「天国に行ったって事か?でも、あいつ、武夫が心配だから、守護霊になるって、言ってなかったか?」
「そう簡単には、なれぬものだそうだ。武夫が幸せになったある日、突然いなくなった。」
「お母ちゃん、天使 連れてった。」
「あ、そうだよな。あいつ、本当は天国に行かなきゃいけないのに、無理矢理お前の側に居たんだよな。心配事がなくなったから、今度は天使に逆らう力が出なかったのか。」
 トゥーリナと不思議な人達は、和也にはまるで分からない話をしていた。『僕が居るのを知ってるのかな…?』和也は、拗ねた。学校の話をするから、来るって言ったのに。変な人達と変な話ばかりしているトゥーリナ…。『遊びに行っちゃおうかな…。』
 和也が3人に背を向けて、歩き出すと、
「おい、和也、もう少しで話が終わるから、待ってろ。」
「僕が居るのを知ってたの?」
「懐かしい奴等に会ったから、話し込んでるだけだ。下らん皮肉を言うな。」
「だって…。」
「ちょっと待ってろよ、なあ?」
「…分かったよ。」
 和也は機嫌を直した。
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