学校のお話

7 トゥーリナの父

 その時。バタンと扉が開いて、車椅子に座った赤い肌に白い髪の人が入ってきた。左頬に黒い2本の線が入っていた。和也には模様に見えた。角らしき物が、両耳の少し上に横に生えている。『あれ角かな…。横に生えてるけど…。』
「おー、親父!どうしたんだ?」
 と、トゥーリナ。
「召し使い達が、お前が人間の子供を連れて来て、学校の話しをしてると喋っていた。どんな者かと思って来たんだ。」
 トゥーリナはとても嬉しそうに微笑むと、車椅子を押して、和也の所までギンライを連れて来た。
「こいつは、手代木和也。あそこに居る蛇に邪魔されて、まだ何も話していないけど、色々と学校について教えてもらうつもりなんだ。」
 トゥーリナの言葉を聞いて、ネスクリが彼を睨みつけた。
「今日は、トゥーリナさんのお父さん。」
 和也はぺこっと頭を下げた。彼はギンライに、じろじろと無遠慮に見られた。恥ずかしくなった和也は、下を向いた。
「ただの子供だな。」
「普通の子供の方が、正直な感想を言えると思ったし、何より妖怪を怖がるのは困るから。」
「そうか。」
 やり取りを聞いていた和也は、『うーんと、別に心が壊れた人には見えないけど…。』と思った。和也の様子に気が付いたのか、トゥーリナが言う。
「親父は、良い時と悪い時があるんだ。」
「お前はいつも悪い子だけどな。」
「今言ったのは、そんな話じゃない。それと、俺を子供扱いするのは、いい加減に止めてくれ。」
「子供は子供だ。」
 ネスクリがくくっと笑った。トゥーリナは彼をキッと睨んだが、何も言わなかった。
「今は、調子が良いんだ。」
 和也が慌てて言った。さっきみたいに、喧嘩になったら困る。と言っても、動きが早すぎて、彼にはあまり分からなかったけど…。
「そうそう。な、親父も和也の話を聞いていけよ。次の発作まで、30分くらいあるだろ?」
「それが目的で来たんだが…。でも…な。日本はもうそろそろ暗くなる。子供は家に帰らないと…。」
「えっ!?」
 和也とトゥーリナが吃驚した。
「そういえば、君が彼を連れて来てから、少なく見ても、人間時間で2時間は過ぎたね。」
 ターランが言った。「今日は色々とあったし、百合恵とソーシャルも戻ってこないし、今日はお開きにしたら?」
「何にも聞いてないんだけどなー。でも、和也の親に心配させるわけにもいかねえよな…。」
 ザンはつまらなそうに言う。
「そうですね。まあ、今日は顔合わせでいいのでは?」
「そうだな、ジャディナーはいい事を言う。」
「それ程でも…。」
 ネスクリがそんな二人を複雑な顔で見ている。それに気付いたターランが声をかける。
「辛いでしょう?」
「ま、元々ザン様は高嶺の花だったし…。…あの頃は馬鹿にしていた、お前の気持ちが、今は少し分かる。」
「望みが無くなった点では、一緒ですからね…。」
 ターランは微笑んだ。ネスクリも少しだけ笑った。
「何だよ、二人で分かり合って…。」
「トゥーには、この気持ちが分からないからね。」
「ふん。俺が居ない間にもっと分かり合ってろよ。」
「そんなんだから、ギンライ様に子供って言われるんだよ。拗ねないで。」
 ターランが苦笑しながら言った。
「さ、和也、行くぞ。」
 なんだか怒っているトゥーリナに、ちょっと乱暴に手を掴まれた和也。でも、彼は八つ当たりされても怒ることなく、俯いていた…。トゥーリナが言う。「何だ、どうしたんだ、和也。」
「家に帰りたくないなあと思って。」
「これで永遠にさよならって、思ってるのか?まだ何も話を聞いてないんだぞ?明日、お前のいい時間に、迎えに行くからよ。心配するな。」
「違うよ。テストで悪い点を取っちゃって、お父さんに怒られるから嫌だなあって思ったんだ。それと、お母さんにテストを見つけられる前に、家を出ちゃって、それも怒られるかもと思って。」
「テストの事は良く分からないが、隠し事は駄目だぞ。しっかり親父に尻を叩いてもらえ。」
「…え?」
「何だ?お前の親もびんたか?」
「え?え?」
「それともげんこつか?頭が悪くなりそうだよなあ。」
「…何の話?」
「お前が、親からされるお仕置き、に決まってるだろ?」
「叩くのは駄目なんだよ。僕の親はぶったりしない。体罰は悪い事だよー。」
「あー?何だ、それ。百合恵だって叩かれてたって言ってたぞ?妖魔界は尻叩きだけしかないけど、人間は色々やるって聞いたし…。」
「…僕の友達でも、親に叩かれる人なんていない。百合恵さんって、昔の人なんでしょ?今は、そういうのは、駄目だってなってるんだ。」
「うーん。」
 トゥーリナは黙ってしまった。
「なあ、それって学校も?」
 ザンが、大事な事だという感じで聞いた。
「先生は叩いちゃ駄目って、法律で決まってるって、聞いた事があるよ。」
「そうよ、学校教育法に、教師は生徒に懲戒を与えても良いけど、体罰を加えてはいけないって定められているのよ。細かい所は違うかもしれないけど、大筋はそうよ。今現在は変わっているかもしれないから、はっきりは言えないけど、わたしの時はそうだったの。」
 ソーシャルとともに戻って来た百合恵が言った。「でも、ザル法よ。わたしの通っていた中学では、体罰をしない先生の方が少なかったわ。でも、慣れている分、怪我をさせる先生が居なかったのも、事実ね。余所の学校は、やり過ぎで障害を負わせた教師もいるくらい。手加減を知らない体罰は怖いわ。」
「戻って来るなり、大演説、お疲れさん。」
 ザンが言った。
「それは嫌味ですか?」
「ひねくれてるぞ。素直な感想だ。」
「それは、失礼しました。」
 百合恵はザンに頭を下げると、部屋へ入って来た。後から、ソーシャルがお尻を撫でながら入って来た。和也は、トゥーリナの言葉を思い出し、ソーシャルがお尻を叩かれているシーンを思い浮かべて赤くなった。なんとなく、お尻なんてエッチな気がしたのだ。
「…まあ、その話しは、明日にしようぜ。とりあえず、和也を家に帰さないと。」
「…うん。」
「男だろ?自分のした事の責任は取れ。遅くなった事は、俺がお前の親にちゃんと謝るから。」
「はい。」
 男だろ、なんて、くすぐったかった。和也は、覚悟を決めた。
Copyright© 2010 All rights reserved.

-Powered by 小説HTMLの小人さん-