セーラー服ザンちゃん

3 喧嘩

 セーラー服のスカーフを結ぶ。最初は結び方が分からずに適当に結んでいたが、クラスメートのリトゥナの彼女の育子に教えてもらい、今では綺麗に出来る様になった。

「今日もちゃんと出来た。」

 鏡の自分に微笑みかける。今のザンは幸せだ。

 

「行ってきまあすっ。」

 元気良く大きな声でミレーに言いながら、ザンは外に飛び出す。一昨日、鞭で叩かれたお尻はまだとても痛いのだけど、これっぽちも気にならない。

 ザンは、十分に間に合うのに、意味もなく走り出す。昨日は兄に会えて嬉しかった。少し怒られたけれど、ザンは兄が大好きなのだ。

 

「おはようっ。」

 教室の戸を開けるなり、いつもの様に大声で挨拶する。何人かが五月蝿いのが来たという顔をする。しかし、大抵の子は挨拶を返してくれた。

「お嬢様、おはよう御座います。今日のご機嫌はいかがですか?」

「アトちゃん、おはよ。今日も、最高だよっ。」

「それは良かったですわ。…そう言えば、昨日お嬢様は、お屋敷の方に見えられたそうですね。秋雪様から聞きましたのよ。」

「そうなんだー。でも、アトちゃんのお部屋に行く暇はなかったの。ごめんね。」

 アトルは、ザンの話し相手としてザンの父木村の屋敷にいた。母が死んで小さい頃、親戚をたらい回しにされたアトルは実の父とも義理の母とも合わず、借金のかたという嘘みたいな名目で木村の所に送られた。本当は大学の後輩である木村が、アトルの父親に無理矢理押し付けられたのだが、彼はザンが家に遊びに来る口実になるのではと思い、引き受けた。荒れていたアトルは、最初ザンに冷たくしていたが、ザンの幼さに心が解けて、今ではすっかり仲良くなっていた。

「いいえ、謝らないで下さいな。私なんかに勿体無いですわ。私が言いたいのはそんなことではなくて…。」

「やあ、おはよう、ザン、アトル。」

 アトルが秋雪から聞いた、ザンのドルダーに対する怒りについて言おうとすると、本人が現れた。

「おはよう御座います、ドルダーさん。」

 アトルは荒んでいた過去と決別する為に、誰に対してもこういう言葉遣いをしていた。

「ああ。…ザンは挨拶してくれないのかい?」

 ザンはドルダーを睨むと、でっかい“ふんっ”をした。

「ドルダーなんか、だああああい嫌いっ、だよーっだっ!!!」

 自慢の大声で喚くと、ザンは自分の席へと向かった。

 ザンが息を吸い込むのが見えたアトルは耳を塞いでいて無事だったが、ドルダーと周りにいたクラスメートは、しばらく耳がキーンとし、頭が痛くなった。

 

「なあ、ザン。確かに俺はとても悪かったと思うんだ。…たださ、君はお兄ちゃんについて、少しも俺に教えてくれなかったろう?もうちょっと君のお兄ちゃんを知っていたら、俺だってあんな酷い態度をとらなかったと思うんだ。」

「…。」

「帰ってから、とても反省したんだ。どう考えても、俺は君のお兄ちゃんに対して失礼な奴だったなあって。」

「…。」

「君のお兄ちゃんも、俺に対して腹を立てていたかい?出来れば、今日行って謝りたいんだけど…。」

「…。」

 休み時間に入ってから、ドルダーは一人で話していた。何を言ってもザンは返事をしてくれるどころか、こちらを見ようとさえしない。あからさまに耳を押さえて前を睨んでいる。

「お嬢様、朝言いかけましたけれど…。」

「お兄ちゃんが、ドルダーを許してあげなさいって言ったんでしょっ。」

「さすがお嬢様ですわ。私、まだ何も言っていませんのに…。」

 アトルは、冷や汗を流しながら言った。ドルダーを見ると、いささかうんざりしているように見えた。ザンがそれに気付いて、

「ほら、口だけじゃない。その顔っ。心から悪いなんて思っていない証拠だよ。どーせ、ドルダーは、わたしを飾りぐらいにしか思ってないんでしょ。昔の歌にあるよ。あなたの腕にぶら下がっているブレスレットじゃいけない。自分の足で歩き始めるわって。わたしは、自分のことしか考えていない人といるのは飽き飽きしたの。」

 ザンは呆然としているドルダーの前を通ると、廊下に出た。同じく呆然としていたアトルがはっとして後を追いかける。

 

「お・お嬢様…。」

 廊下の突き当たりに立っているザンに、アトルはおそるおそる声をかけた。

「なあに、アトルちゃん。」

「あの…。」

「吃驚したの?」

「え・ええ。とても。」

 ザンはアトルにいつもの笑顔で微笑みかけた。

「昨日ね、ままがテレビドラマを見てたの。いっつもは下らないし、日本語が難しいって言って見ないんだけど、昨日は見てたんだよ。」

「はあ。」

「ああいうのって、ほんとのお話じゃないんでしょ。女優さんが嘘の言葉で喋ったりするんだよね。」

「ええ、…まあ。」

 アトルは返事をしながら、ザンは何を言いたいのか分かってきた。ザンが気付いてにこにこする。

「もう分かっちゃった?つまんない。そうなんだよ。上手かった?」

「上手いなんてどころではありませんわ。吃驚しましたもの。」

「ドルダーが嫌いになったから、脅かしてやったの!」

 いかにも嬉しそうにザンは言った。

 

「ドルダーと喧嘩してるんだって?だったらこの悪魔界のプリンス、リント様と付き合おうぜ。」

 お昼休み。セーラー服ザンちゃんの世界では悪魔のリントが言った。

「リントのうちに行ってもいい?」

「もちろん。お父様も歓迎する。」

「じゃ、いいよ。」

 ザンがリントの腕をぎゅっと抱きしめる。リントがガッツポーズを作った。今までは、ドルダーが五月蝿くて、話すのもままならなかったのだ。

「ちょっと、待った!」

 その時、こちらもこの世界では天使のジャディナーがやってきた。

「ジャディナー。どうしたの?」

「リント!人間界の花嫁探しだかなんだか知らないけれど、こんな純粋で可愛いザンを連れて行くのは、この僕が許さないぞ。」

「人間界に見習いに出された無能の下級天使が何を言うんだ。この前みたいにはいかないぞ。」

「前の喧嘩の時に負けちゃって、リントはお尻を一杯ぶたれたんだよね。」

「そうなんだよ、格下の下級天使に悪魔の王子が負けるなんてってお父様に真っ赤になるまで叩かれて…って、なんでザンが知ってるんだ?」

「だって、前、お尻痛そうだったもん。」

「ザンは、毎日ままにお尻を叩かれているから、詳しいんだ。」

 にやっと笑うリントに、ザンは、

「意地悪言うなら、わたし、ジャディナーと仲良くする。」

 ジャディナーの腕に自分の腕を絡めた。

「そうしようよ、ザン。君みたいにいつまでも子供の心を忘れない穢れなき人は、天使の僕と付き合うべきだよ。」

「そんなことを言っていいのかよ。天使は一生神に尽くすんだろ。異性と交わるのはまずいんじゃないのか?」

「ま・交わる、なんて下品な。まだ子供のくせにそんな…。」

「お前人間界に落とされてだいぶ毒されたな。俺は、そういう深い意味で言ったつもりはないけど?」

「うっ…。…そ・そんなことより、僕の気持ちは、もっと高みにあるんだ。神様の深い愛について、ザンと語り合うんだ。僕が天国で得た知識を…。」

「けっ、くだらねー。それよりも俺と悪魔の偉大さについて見聞きする方が、もっとザンの為になる。」

 リントとジャディナーの間に、火花が散った。「ザンをかけて勝負だ!」

「望むところだ。」

 リントとジャディナーは、本来の姿に戻ると、窓から外に飛び出した。

 ザンは窓まで走っていくと、大声で二人を応援し始めた。ただの遊びだと思ったらしいザンの後姿を見たアトルは、憮然としているドルダーの所へ行くと言った。

「いいんですの?お嬢様がどちらか二人に取られてしまっても。」

「仕方ねーだろ、ザンは俺の話を少しも聞こうとしねえんだから。あんな演技までして、俺を嫌がっているんだぜ?」

「ドルダーさんのお嬢様への思いは、その程度なんですのね。本当にお嬢様が好きですの?」

「俺にどうしろっつうんだよ。しつこいと余計に嫌がられる。」

「んー、確かにそうですわねー。」

 

「ジャディナー、残念だったね。明日はジャディナーとお話してあげるから、元気出して。」

 ザンはジャディナーの額に傷薬を塗りこみながら言った。

「ザン、勝ったのは俺だぜ。なんでジャディナーの野郎なんかに手当てしてやってるんだ。俺だってこことそれと、ほらここだって血が出てる。」

「だって、リントは王子様だけどぉ、ジャディナーは、わたしと同じ普通の人だもん。弱い人には優しくしなきゃ駄目なんだよぉ。」

「ザン、有難う…。」

「いいの。…そう言えば、ジャディナーは、負けてもお尻ぺんぺんされないの?」

「別に。…でも、あんまり天使らしくないと、見張り役の先輩に叩かれるけど。」

「痛い?」

「とっても。」

「ザン、今日は俺と付き合う約束だ。そいつと話すのは、これで終わりにしろよ。」

「わたしはしたいようにするの。わたしを言う通りにしようとする人は大嫌いだよ。」

 ザンはリントを睨みながら言った。

「…悪かった。」

「謝ったから、いいよ。」

 ザンはにっこり微笑んだ。

 

 授業が終わり、家に帰る時間になった。ミレーは寄り道を許さないので、リントに抱っこされて家への道を飛ぶ。空を飛ぶのは気持ちがいい。あっという間にうちへついた。

「お母さん、ただいまー。今日ねー、お友達を連れて来たの。」

「あら、いらっしゃい。ゆっくりしていってね。」

「はい、お邪魔します。」

 リントはザンの家の中を見回す。家は普通の大きさだが、調度品が最高級だ。ミレーは、木村から、毎月の生活費とザンの養育費として、かなりのお金を貰っているので、働かずに優雅に過ごしていられる。その為、ザンにたっぷりと時間を使える。あれこれ言って大好きなザンのお尻叩きを楽しんでいた。

「二人ともちゃんとお手洗いとうがいをしてね。ザン、先にあなたがして、お友達が済ませる間にいつものチェックをしましょうね。」

「はい、お母さん。」

 『いつものチェックって何だ?』と疑問に思いつつ、リントはザンに背中を押されて、洗面所へ向かう。

 

 ザンがミレーに背を向け、パンツを下ろす。そのお尻には、いくつか手の跡がある。

「どうしたの、これは。」

 軽くお尻を叩きながら、ミレーは問いただす。

「お喋りして、先生に叩かれたの。」

「5回かしら。甘い先生ね。もちろん裸のお尻でしょうね。」

「6回だよぉ。とっても痛かった。甘くないもん。ぶたれたのスカートの上からだった。前にパンツの上から叩かれた人の親が、エッチな先生だって言ったから、スカートの上になったの。」

「日本人は、お尻叩きをいやらしいと考えるのかしら。あなたの学年でお尻を叩くのは、担任と理科の先生だけだったわね。」

「理科の先生に叩かれた。担任の先生は、出席簿でぺんぺんだよ。」

「足りない分は、わたしが叩くわ、ザン。お友達には、あなたの部屋へ行ってもらいなさい。今、お仕置きするから。」

「リントが帰った後じゃ、いや?お尻叩く音、リントに聞こえちゃう…。」

「我が侭は10回よ、ザン。授業中にお話するような悪い子は、50回だから全部で60回ね。」

「リントに2階に行ってって、言ってくるっ。」

 ザンは慌ててとっくに戻ってきていたリントに、「2階の“ザンちゃんのお部屋”って書いたプレートが下がってるお部屋で待ってて。」

「えー、どうせだからザンがお仕置きされている所が見たいな。さぞかし可愛いと思うし…。」

「いやあっ。そーいうこと言うリントなんて嫌いっ。」

「分かった、分かった。本気でそんな酷いことを言うわけないだろ。冗談だよ、冗談。」

 本当は本気で言ったのだったが、ザンに嫌われては困るので、慌てて誤魔化す。ザンは疑い深げにリントを見ていたが、

「じゃ、さっさと行ってよ。あたしの部屋の物いじったら、絶交だからね。」

「分かったよ。」

 リントは答えると、羽ばたいた。体が浮き上がると、階段に沿って飛んでいく。その様子を黙って見送っていたミレーは、

「わたし…、死んだ筈の秋雪が人間とは思えない姿で生き返るまでは、ごく普通に生きてきたわ。ああいうことやこういうことは、映画の中の作り話だったのよ。お祈りもしたけど、そういうもんだって思っていたからだし、神様や悪魔なんて本当には信じちゃいなかったわ。」

 ザンは母の顔を見た。

「いいじゃない、まま…、お母さんっ。あたしは悪魔のリントも天使のジャディナーも好きよ。2人が何だってかまわないの。お兄ちゃんも大好きよ。」

「わたしだって秋雪は愛してるわ。あなたよりも可愛いくらいよ。…いいえ、正確に言えば、あの子はああいう姿をしていて、木村が閉じ込めたままにしていて、あの子がどうなるか、たまらなく不安なの。……。…忘れる所だったわ。あなたにお仕置きをしなきゃいけなかったのに。さ、いらっしゃい、ママのお膝で泣かせてあげるわ、可愛いザン。」

「はい…。」

 ザンはいやいやをしながら、ミレーに引かれて、その膝にうつぶせになる。ミレーは、セーラー服の長いスカートを捲り上げ、白いパンツを下ろす。鞭の後がまだしっかり残っている。ミレーはお尻の上で手を滑らせる。ザンがびくっとする。

「60回よ、ザン。膝に寝るのを嫌そうにしてたから、痛くしてもいいのよ。」

 ミレーは、娘の小さなお尻を優しく撫でながら言う。

「ああん、ごめんなさあい。」

 ザンが頭を振る。手を握り締め、何とか増やされないよう厳しくされないよう、体をよじってミレーの顔を見つめる。

「まあ、いいわ。お仕置きは辛い物ですもの。お友達も待っているし、今日はさっさと終わらせるわ。」

 ミレーは撫でるのを止めると、お尻を叩き始めた。ぱんっぱんっぱんっぱんっ。早く終わらせる為に、最初から早い調子で強めに叩いていく。

「あんっ、痛いっ。ごめんなさいっ。」

「いくらなんでも謝るのは早いわよ、ザン。」

 ミレーは微笑みながら言う。今はゆっくりと楽しめないので、ちょっとつまらないなんて考えている。ぱんっぱんっぱんっぱんっ…。

 

 2階で、リントはザンの部屋を眺めている。女の子らしい可愛い部屋だが、リントには、少し苦しい。人間界は、聖魔界などとは違って、聖なる部分と悪の部分が入り混じり、比較的聖なる部分に耐性のある魔の生き物なら昼間でも平気で歩ける。しかし…。

「ここはちょっとな…。」

 ザンは幼いがゆえに純粋だ。それはどんな色にも染められるのを示していたが、今の所は、光の部分が多い。ドルダーと喧嘩していなければ、ここの部屋に入れなかったかもしれない。ザンも悪いことは考えるだろうから、本人に接するのは何ともないのだけど、部屋が…。清浄な気配に包まれている。乱れはあまりない。

「あいつの親は、神をきちんと信仰する国の人間の筈だが、そういった類の物は見られねーな。下の部屋にも目に付く所には何もなかったが…。…無神論者か…?」

 普通の日本家屋なら、神棚や仏壇が混在しているだろうけれど、この家にはそういった物すらない。かといって、ミレーの国の神に関する物もない。

「偶像崇拝を禁止するタイプの宗教だろうか?」

 別にそれがザン獲得に何ら影響は与えないのだけど、リントには少し気になる。なんて難しいことを考えていると、ザンの泣き叫ぶ声が漏れ聞こえてきた。

「おおっ。」

 リントはザンには内緒で、透視し始めた。ザンがお尻を叩かれて、泣き喚き、もがいている姿が見えてくる。

 悪魔界にもお尻を叩いて躾る習慣はある。妖魔界ほど徹底されてはいないので、個人の自由だが、夫が妻のお尻を叩く家庭も存在する。逆もまたありだ。リントは当然のようにザンのお尻を叩いて躾るつもりでいる。ドルダーの邪魔がなくなった今、ドルダーだけが享受していたその権利を自分が行使出来るようになる。ただ、その為にはライバルを何とかしなければ…。ジャディナーだけではない、人間にも沢山いたのだ。ザンは可愛い。必ず手に入れたい。

 

「リントぉ。お願いがあるんだけど。」

 まだ涙に濡れ、赤く上気した頬の可愛いザンが、リントに抱きつく。ちょっと前までは可愛いとは言えない歪み方をしていた顔も今ではだいぶ落ち着いている。

「何だ?俺なら何でも叶えてやれるぞ。」

「ぱぱの所に行ってお兄ちゃんに会いたいの。…ままに言うと、お尻を叩かれるから…。」

「こっそり連れていけばいいんだな?」

「うん。…いい?」

 哀願するザンはリントにはとても可愛く思えた。本当は絶対に見られたくないであろうお仕置きシーンをこっそり覗いたリントは、予定していた悪魔界案内を止めて、ザンの願いを聞いてやろうと考えた。

「いいに決まってるさ、言ったろ、俺なら何でも叶えてやれるって。」

「ありがと、リント。」

 ザンがリントに抱きつき、その頬にチュッとキスをした。

「じゃあ、まずは普通に玄関から出て行こう。俺の家へ出掛けると言って、しばらくは普通に歩いて、お袋さんの見えない所まで行ったら、飛んでそこへ向かおうぜ。」

「分かった。」

 ザンは瞳をきらきらさせている。彼女は、叱られないで兄の所へ行けるのが嬉しかった。

 

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