お母さんは16歳

1 継母は16歳

「今日から、お前達のお母さんになるザンだ。ほら、お母さんに自己紹介をしなさい。」

 父親の大条寺大介は、3人の息子達、長男春臣19歳、次男和臣16歳、三男清彦10歳へ、結婚相手である16歳の女の子ザンを紹介した。春臣と和臣は呆然としたが、清彦は目を輝かせた。

 春臣は銀縁眼鏡のちょっと冷たそうな秀才タイプ。和臣は茶髪を肩まで伸ばした女の子に騒がれるタイプ。清彦は何処となく病弱そうな線の細いタイプ。3人を眺めながら、ザンは、『この家には3タイプの美少年がいるよ。』とふざけ半分に思った。

「初めまして、お母さんっ。僕は、清彦ですっ。」

 ザンは、明るく大きな声で返事をした息子を抱きしめて背中を撫でた。

「あんたは、お兄ちゃん達と違って、ちゃんと挨拶出来るんだ。良い子だねぇ。」

 ザンに言われて我に返った二人は、父親に迫った。

「父さんっ、どういうつもりですかっ?こんな中学生の女の子を、お母さんと呼べだなんてっ。」

 長男が言えば、

「そうだよ、兄貴の言う通りだ。どうかしちまったんじゃないのか?」

 次男は頭痛がしたように頭に手をやる。大条寺が答えようとすると、春臣の言葉を聞き咎めたザンが口を挟む。

「言っとくけどあたしは16だからねっ。女は16、男は18で結婚出来るのを知らないの?」

「両親の承諾を得れば、ね。」

 春臣はザンを見ながら言う。ザンに抱っこされたままの清彦は、話が見えなくて不安そうな表情をしている。

「誰が親に無断で結婚すると言った?ちゃんとわたしの親の了解を得て、昨日婚姻届を出してきたよ。」

「お前の親は狂ってるんじゃないのか?親父は44だぜ。」

 和臣が、呆れたような顔で髪をかきあげながら言った。

「五月蝿いあたしが片付いてせいせいしてるってさ。それに世の中にゃ、もっと年の差夫婦がいるもんさね。…あたしらは愛し合って結婚するんだから、ガキのあんたらには文句は言わせないよ。ともかくあたしはあんたらの母親になったんだ。今日からは、このあたしの言うことも聞いてもらうからそのつもりで。」

「僕、お母さんの言うことをちゃんと聞くよっ。」

「ありがと、清ちゃん。あんたは本当に良い子だね。そうだ、今日の夕飯は清ちゃんの好きな物を作ってあげるよ。」

「本当?お母さん。僕ねえ、ハンバーグ大好きだよっ。」

「よーし、腕によりをかけて作っちゃうからね。清ちゃん、あんたも手伝いな。」

「はーいっ。」

 二人でそのまま台所へ消えようとすると、和臣が言った。

「ちょっと待てよ。何勝手に話を進めてるんだ。俺はまだ納得してねーぞ。」

「僕だってそうです。父さん、ちゃんと説明して下さい。」

 大条寺が口を開きかけると、今度は清彦が邪魔をした。

「僕、お母さんが好きだよ。お兄ちゃん達は嫌いなの?」

「嫌いも好きも、ザンさんはお母さんになるには若すぎるんだよ。清彦は、お母さんが和と同じ年なんて変だと思わないのかい?」

「春兄ちゃんは変だと思うの?」

「思うから言ってるんだ。」

「兄貴、清はまだ小さいから分からないんだ。」

「分かるもん。」

「分かってないさ。分かってたら、母親が息子より年下なのが変だって思うさ。お母さんが高校生だなんて。」

 それまで話そうとする度に邪魔されていた大条寺がやっと言った。

「春臣、和臣、ザンが言った通りだぞ。お前達は俺の決めたことに黙って従っていればいい。」

「大介さん、わたしはそこまで言っていないけど。」

「そうだったな。まあ、いいじゃないか。そんな事より、今日からは毎日、君の手料理を食べられるんだ。いい加減手伝いの者達の手抜き料理にはうんざりしていた。俺も手伝うからさっさと飯にしよう。」

「やだ、大介さんったら。清ちゃんに手伝ってもらうのは、男の子も料理が出来なきゃ困るからだよ。大介さんはお仕事で疲れているんだから、ゆっくり待っててよ。」

 大条寺とザンは、清彦を連れて楽しそうに台所へ行ってしまった。

「まさか親父がトチ狂うなんて。44で16の嫁だなんて、犯罪だろー?」

「あの立派な父さんがそんな間違いを犯す筈がない。あの子が父さんをおかしくしたに決まっているっ。」

 呆れている和臣と違って、心から父を尊敬している春臣は、偉大なる父を汚されたような気がして激しい怒りを露にした。

 

「食えるのかよ、これ。」

 呼ばれて席につくなり、和臣が言った。目の前のハンバーグは、異様な形をしていて、他のお皿のも同じ形の物が一つとしてなかった。

「ごめんなさい。僕、粘土得意じゃないから。」

「なんだ、清が作ったのか。…ま・まあ、形は悪くても、味が肝心だよな。」

 慌てて言う和臣に、ザンが言った。

「春ちゃんも和ちゃんも、清ちゃんが可愛いんだね。年の離れた弟を甘やかしてるんでしょ。」

「お兄ちゃん達、とっても優しいの。大事な物も触らせてくれるし、何しても怒んないの。」

「ふーん、じゃあ、一番良い子に見えた清ちゃんが一番悪い子なのかなー?」

「そんなことないよっ。」

 ザンはにっこり笑った。清彦はからかわれたのに気付いて、ちょっとだけふくれた。「意地悪…。」

「美味しいですね、お母さん。」

 春臣が言った。「僕は、少なくとも料理の腕は認めますよ。」

「そりゃどーも。」

 ザンは答えた。

 

「素直に納得してもらうとは考えていなかったが。これほどまでとは…。」

 食事と後片付けが済み、子供達がそれぞれの部屋へ戻った後。

「継母がそう簡単に受け入れられる筈ないじゃん。むしろ、何の反発もなかったら、実の母親がどうでもいいことになっちゃうと思うから、かえっていい反応さね。」

「割り切っているんだな。」

「あたしが心配だったのは、清彦君だけだったの。上の二人はもう大きいから、懐いてくれる必要はない。でも、ああ簡単にいくとはねぇ。寂しかったのかな。」

 ザンは大介の胸に寄りかかる。彼は彼女の頭を撫でた。

「あれが逝った時、清彦は6歳だった。甘えたい年頃だったのに、母親がいなくなってしまったからな…。それに…。」

「大介さんがあんまり愛してあげられなかったんだ。」

「あいつは、清彦を生んだせいで、体を悪くしたんだ。むろん、憎んではいないが…。」

「ま、大丈夫だよ。…それよりさ、もう子供達も寝たことだし…。」

 ザンが夫に微笑みかける。その途端、彼女は夫にお姫様抱っこをされて、寝室へと連れて行かれた。『誘っといてなんだけど、元気な44歳だよ。』とザンは思う。

 

 大条寺大介は、清水学園の理事長をしている。幼稚園から大学までエスカレーター式に進めるこの学園は、彼の祖父が創立した。高い学力と、厳しい校則による質の高い人材育成をモットーにしている。彼の子供達もここに通っている。そして…。

「だから、教育者の1人として、俺はお前の才能を埋もれさせたくないんだ。それに、今の日本は、高卒なんて常識だぞ?大学進学もほぼ当然だ。」

 愛し合った後で、大介が言い出した。

「専業主婦をやらせてくれるって言ったのは、大介さんじゃない!」

「高校生にならなくていいとは言わなかったぞ。」

「高校生をやりながらじゃ兼業主婦だよ。そ・れ・に!あたしは、関白亭主とやっていくつもりはないからね。」

「お前の為に高校へ通えという優しい言葉が、関白亭主の横暴な命令になるのか?」

「だって、行きたくないもん。それに、高校へ通ったら、清ちゃんより帰りが遅くなっちゃうじゃないの。」

「清彦にはちゃんと説明する。…言う通りにしないとお仕置きだぞ。」

「お仕置きって何すんのよ?」

 大介が手を伸ばしてきた。ザンは不安で一杯になった。でも…。

 

 朝。

「だからあ、わたしだって嫌だって言ったんだからねっ。」

「じゃあなんで、俺達は仲良く並んで登校しなきゃなんねーんだよっ。」

「経験豊富な44歳の技に16の小娘のあたしが耐え切れると思ってんの?」

「…朝っぱらから何の話だっ。」

「何でって聞くからじゃないかっ。」

 清水学園の制服に身を包んだザンと和臣は、怒鳴りながら学校へ向かっていた。春臣と清彦は無言で歩いている。

 何が悲しくて継母と同じ学校に通わなくては行けないのか、和臣は父の頭の中を覗きたくなった。しかも。

「何でクラスまで一緒なんだよ。」

「あんたがちゃらちゃらしてるからじゃない?そんな髪の毛でさ。わたしに監視しろってことなのよ。きっと。」

「何が監視だっ。」

「そうとでも思わなきゃやってられねーんだよっ。せっかく結婚して、くそうるせーセンコーどもの顔見なくて済むって喜んでたのによぉっ。」

「…お・お母さん?」

 清彦が豹変してしまったザンに恐る恐る声をかけた。彼女はその声にはっとする。

「は・は・は…。何でもないよ、清ちゃん。…つい、地が出ただけで。」

 春臣と和臣は黙って、焦って冷や汗を拭うザンを見ていた。この人には逆らわない方がいいかも知れない。春臣はそう思ったが、和臣は呆れただけだった。

 

 朝の会。

「えー、今日は、転校生を紹介する。」

 担任は言った。女子は、かっこいい男の子ならいいなと想像し、男子は可愛い女の子を想像する。ざわめきが収まる。「入って来い。」

 ザンは、女子の落胆のため息と男子のおおっという感嘆のため息を聞きながら歩き、教卓の隣で立ち止まるとクラス全体を見渡した。和臣一人が不貞腐れている。

「皆さん、初めまして。今日から皆さんと一緒のクラスになりました…。」

 わざと一旦止めたザンは、明るい笑みを浮かべ、「大条寺ザンと言います。よろしくお願いします。」

 

 朝の会が終わって一時間目の前の休み時間。

「和臣様っ。あの子何なんですかっ?」「親戚の子?」等々。

 ザンの想像通りファンが一杯いる和臣は、あっという間に女子に取り囲まれ、質問攻めにあった。一方ザンの方も、男子に取り囲まれた。

「大条寺とどういう関係?」「俺と付き合わない?」等々。

「和は、あたしの義理の息子だよ。…そこのボク、悪いけど、おねーさんには理事長というダーリンがいるの。諦めて頂戴。」

「冗談が上手いね。」

 何人かが笑った。

「あら、本当よ。思春期真っ只中のボーヤ達に、エロ雑誌なんかメじゃない、大人のお話をしてあげてもいいくらい。知りたくない?経験豊富な男性の彼女を喜ばせるテクの数々。」

 馬鹿馬鹿しいと去る男子もいれば、半信半疑の表情をする男子もいる。ザンは、どうせなら学園生活を楽しんでやると決めた。そんなザンの側で和臣は…。

「ね、臣君、あの子について教えてくれるわよね?」

 騒いでいた取り巻き達が黙る。一際目立つ美少女。彼女の名は、ゆき。和臣の彼女だ。気取らず誰にでも優しい性格は、男子よりも女子に人気があり、和臣の彼女になった後もその評価は揺るがなかった。だから、嫉妬による苛めを受けていない。

「向こうで本人が言ってるように、俺の義理の母親だ。親父がトチ狂って、あいつと結婚したんだ。俺達 だって昨日知らされたばかりだ。ずっと親父の愛人をやってたらしいけど。」

「…。」

「そんなドラマみたいなことが本当にあるの?」

 何も言えないゆきの変わりに取り巻きが言った。

「夢なら覚めて欲しいって思って、朝起きたら、飯作ってた。」

「…。」

「だから、あいつの存在は気にするな。…あんな下品な女、俺好みじゃないんだ。」

「それは分かるわ。」

 それでも彼女は不満そうだった。

 

「悪い子だったら、お尻ぺんぺんなの?」

「そうよ。」

「痛いの、やだな。」

「それならいい子にすればいいのよ。」

「僕ね、あんまりお勉強が出来ないんだ。ぶつ?」

「お母さんが教えてあげるよ。お母さんは天才なのよ。」

「へーっ、凄いねっ。IQ200なの?」

「漫画の天才ってそうだよねー。でも、200までなくても天才なのよ。180だから、わたし。」

「それでも凄いんでしょ?」

「勿論よ。」

 ザンはにっこり微笑んだ。

 昨日も朝もろくに話をしなかったので、子供達がそろった後、ザンは自分の教育方針について語っていた。

「そんなの清彦とだけ喋ってればいいだろ。俺は部屋に戻るからな。」

 和臣が勢い良く立ち上がる。「ままごとに付き合うほど暇じゃねえ。」

「僕も片付け事があるので…。」

 春臣がため息をつきながら言う。

「あんた等、清ちゃんだけがお仕置きの対象だと思ってるみたいだけど、そんなことはないからね。」

 二人は無視してそれぞれの部屋へ歩いて行く。清彦ははらはらしながら兄達と母を見た。「待ちなさいよ、わたしの話はまだ終わってないよ。」

 二人はそのまま歩いて行ってしまった。

「お母さん…。」

「お兄ちゃん達は、お仕置きされたいみたいだから、行って来るよ。」

 ザンは、清彦に微笑んだ。「真っ赤な桃を並べなきゃね。」

 

「無視してくれてどうも有り難う。お礼をしに来たわ。」

「いい加減にしてくれ。僕は、明日提出するレポートの最終確認をするんだ。和臣の言う通りに、ままごとに付き合っていられない。」

 春臣は眼鏡のずれを直しながら言った。「清彦の相手をしていれば、父も満足するだろう。僕は放っておいてくれ。」

「親父の前でだけあたしに丁寧語を使うんだね。偽善者め。笑顔の下で何を考えているか分からない奴みたいだな、あんたは。」

「僕を愚弄する気かっ!?…その言葉はそっくり君に返すよ。君こそなんのつもりで父と結婚した?財産を狙うにしては幼すぎるが。」

「2年間愛人やってて、夫婦になれそうだと分かったからだよ。もっとも最初の1年は、家出人と保護者だったけど。…最初は、両親の変わりに愛情を注いでくれるからかと思ったけど、そのうち違うって気付いた。それでもなかなか認めなかった。あんなおじんをってね。でも、そのうち大介さんもわたしも自分の心に正直になったよ。年の差カップルなんて吐いて捨てるほどいるから、受け入れるのも結構簡単だったね。」

 春臣の表情を見ながら、ザンは言う。「…吃驚してるようだね?2年も一緒だなんて、これっぽっちも気付いてなかったんでしょ?…わたしの年が年だし、大介さんも立場を考えてた。理事長としては、やっぱり許されることじゃあないもんねぇ。」

「父さんが…そんな…。」

「立場を捨ててまで愛に走るってとっても難しいよ。ドラマじゃないんだ。ガキが3人もいるとなれば尚更…。それでも大介さんはわたしを選んだ。子供の存在を考えれば、あんまり有り難くない選択だけど、だらだら愛人を続けるのも嫌だった。これから大介さんがどうなるのか不安だけど、一般常識に当てはめれば悩むけど…。」

 ザンはにっこり微笑んだ。「あたしはまだ人の為に身を引くほど人間が出来ていないんだ。だからとても嬉しかった。…秀才君、世の中には、理屈じゃ割り切れないこともあるって知ってるだろ?ま、諦めな。」

「…。」

「今、それどころじゃなさそうだけど、悪い子にはお尻ぺんぺんだよ?わたしを無視した罰に百叩きね。ま、ちょっと多いけど最初が肝心だから。」

 春臣は抵抗しなかった。気にする余裕がないのだろう。大人しいうちに、ズボンと下着を素早く下ろす。19才はもう大人のお尻だとザンは思う。『大介さんとは全然違うけど。』笑いそうになるのを堪え、そのふくらみに平手を振り下ろした。パーンッ。音が響く。さすがに春臣もはっとした。

「何をするんだっ!?」

「わたしを無視した罰として百叩きだって言ったでしょ。わたしの言葉を聞いていなかったから、20回追加ね。」

 バシンッ、バチンッ。ザンは叩く力を強くしながら言った。春臣はなんとか逃げようともがいていたが、勿論無理に決まっていた。

 

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