6.

俺は・・・誰だ・・・。

『立花、功だ』

頭を振り、記憶を呼び覚ます。

 

『西部署の刑事の、立花だ・・・』

 

両手をぎゅっと握りしめる。
腰に手を当てた理由も分かった。銃を確認していたのだ。

『てか、明日・・・じゃねぇ・・・、今日非番だから、署に返したじゃん・・・』

苦笑いする。

『なぜ、記憶が混乱したんだ・・・』

冷静に考える。

『携帯・・・』

ジャケットのポケットを探る。・・・ない。

『はめられた、としたら、犯人に持っていかれてるな・・・』

あの殺されていた男をじっくり観察する時間はなかった。顔もあまり覚えていない。
でも、見覚えはない。

『あの状況じゃ、俺が犯人だろうなぁ・・・』

深くため息をつく。記憶が混乱していたとはいえ、現場から逃走した行為は、まずかった。けれど、どっちにしても、今の自分の服を見たら、誰でも犯人は自分と思うだろう。

べっとりと血糊がついたTシャツ。ジャケットが濃紺だったおかげで、血痕は誤魔化せているが、早くなんとかしなくては・・・。

ここは、城西署の管轄内。

頼れる人間はいない。

西部署か、七曲署の管内へと逃げられれば、何とかなるのだが・・・。

 

赤色灯、警官の制服が立花を追いつめる。

 

「コーちゃん?」

 

体がびくっと跳ねた。慌てて振り向くと、見なれた顔があった。

「・・・・カオルさん・・・」

西部署少年課の刑事、真山薫。元々横浜港署の少年課にいたが、TOPの鷹山と大下を追いかける様に、東京に来ていた。

「どうしたの?」

どうも、今朝の騒動を知らないようだ。

「カオルさんこそ、どうして」

「私のマンション、すぐそこ。今コンビニの帰りなんだけど」

「カーオルさーんっ、ちょっとかくまってぇ・・・」

鉄臭い匂いに、ようやく薫も気付いた。

「コウちゃん?」
「とりあえず、何とかしたいんですぅ・・・」
「わかったわ。じゃあ、うちでシャワーでも浴びて」
「ありがとう、助かります・・・。理由は、部屋で・・・。あと、帰りは裏道通れます?」

二人は、裏道から真山のマンションへと入った。

 

部屋で、ある程度のことを聞くと、真山は電話をかけた。
もちろん、大下のところである。

「大下さん?」
「カオル? どうした?」
「コウちゃん、ここに来てるんだけど」
「コウ? ちょっと、出して」

薫は立花に電話を手渡した。

「もしもし」
「コウか?」

途端に、立花の顔に安堵の色が広がる。

「ハトさん・・・」
「無事か。どうしてこんな事になったんだ? 昨日署を出てからどこへ行ったんだ?」

立花はゆっくりと記憶を辿る。

「昨日は、定時に署を出て、・・・本屋に寄ったんだよ・・・。で、その後・・・喫茶店に入ったんだ・・・。・・・そっから記憶がない・・・」
「なんて名前の喫茶店だ?」
「田園」
「田園・・・ね。恵比寿のか?」
「うん。確か」
「誰かに声を掛けられた、とかないか」
「ないなあ・・・。コーヒー飲んだのは覚えてるんだけど、お金を払って出たって記憶がないんだよ」
「・・・・ふ・・・ん」

鳩村が電話口の向こうで考え込む。

「とにかく、そこにいちゃまずい。カオルとお前が親しいのは近々分かる事だ。移動しろ」
「ハトさんは、大丈夫なんですか?」
「俺は今、鷹山だからな」
「危ないなあ・・・」

くすくす笑う。

「だけどな、コウ」
「はい」
「城西署へ出頭した方がいいと思うぞ」
「ハトさん。俺は自分の手で・・・」
「それは俺がやる。マスコミも、課長が抑える。逃げ回っていちゃ、逆効果だ」
「・・・・」
「わかったな?」
「・・・・・・・・・・」
「わかったな!」

鳩村の強い口調に、立花はただ弱く、

「・・・はい」

と答えた。

「・・・よし」

 

薫に付き合ってもらい、署に出頭したのはそれから30分後のことだった。

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