案内されたのは、とあるマンションの部屋だった。

「いらっしゃい。夫から話は聞いたわ。くつろいで行ってね」
「すみません、いきなり・・・」
「いいのよ、ハトさんの頼みならね」
「ハト・・・さん?」

立花が小首を傾げると、女性はにっこりと笑った。

「自己紹介するわね。私は五代明子。旧姓大門明子。大門圭介の妹よ」
「大門・・・って、先日殉職された・・・?」
「そっ。大門軍団の団長。あ、皆から、団長って呼ばれてたのよ?」

明子は、ちらりと視線を写真立てへと走らせた。
立花がその写真立ての前へ立ち、明子へと目を向けると、明子は軽く頷いた。
写真立ては二つ折りのもので、片方には鳩村を含めた男達の集合写真。もう片方には、明子と一人の男性が映っていた。

「私と一緒に映ってるのが、兄貴。頑固で、気難しく見えるタイプだけど、優しかったのよ。私が人質になった時なんて、自分の命を捨てる覚悟で助けに来てくれて。・・・たった一人の肉親だった」

明子の声が、部屋の空気へと消える。

「で、その隣の集合写真が、兄貴がどこの署の捜査課にも負けないって自負してた、大門軍団。そこに、ハトさんいるでしょ」
「・・・はい」
「皆、名前縮めてニックネームで呼び合ってたの。だから、私もついつい、ね。鳩村、だからハトさん。兄貴はポッポなんて言ってたこともあったっけ。懐かしいなぁ、ほんと」

立花は改めて、写真を見た。
集合写真は、どこかの温泉か何かのホテルの中で、のようだった。
あまりかしこまった感じではなく、皆ラフな感じで、でも・・・生き生きとした顔をしていた。

そう。今の鳩村にはない表情で。

「ハトさんも、うちに寄って行けばいいのに、勝手に置いてくなんてねぇ」

その言葉に、立花は両手を振った。

「いえ、鳩村さんはきっと俺・・・自分を襲った犯人を追っているんだと思います。俺も、落ち着いたらおいとまさせて頂きます」

と、言うや否や、明子はその両手をきゅっと握りしめた。

「駄目よ、ハトさんがいいって言うまでは」
「え、・・・でも・・・」

立花が困惑していると、また明子は笑い返した。

「刑事の妻ですから。ハトさんが何を考えているかって、何となく分かるの。それに・・・」

明子の視線が、写真立てへ向いた。

「兄貴の、仲間だった人の頼みだもん」

立花も、無意識に大門の写真を眺めていた。


絆が、強い人達だったんだな、と思った。
明子さんが、今でも信頼し切っている仲間たちは・・・。


「俺にも、兄貴がいます。俺も、兄貴がたった一人の肉親です。だから、わかります。・・・うん。わかると思います・・・」

何についてなのか、自分でも分からなかったけど。

明子はそんな立花を、ただ微笑んでみていた。





立花を明子の所へ預けた鳩村は、緊急配備の検問へとバイクをつけていた。
その検問所には菊池がいて、鳩村の姿を見つけて、駆け寄って来た。

「鳩村教官っ、立花は?」
「大丈夫、無事だ。それより、状況は」
「はい、今の所、怪しい男は引っかかっていません。教官の命で、すぐ検問はしいたはずなので、逃げ道は限られると思います」
「よし、ここを頼むぞ」
「はい。教官は?」
「俺は、ちょっと用事がある」

そういうと、鳩村はバイクにまたがり、菊池の元を去った。


自分が情けなかった。
銃が握れない自分が。
もし、あの時、何も出来なかったら。
立花が殺されていたら。

それを考えると身震いした。


鳩村の姿は、今正に解体されつつある、昔の西部署の前にあった。
今の自分は、ここで大門に作られたと思っても過言ではなかった。
建物が消え去るのは老朽化が激しいから。

姿が有るものは、必ず消え行く運命。
命があるものは、必ず死に行く運命。

鳩村は眉を顰めた。
ここに来ても、何も変わらない。変われないのに。


ふと、視線を建物から外すと、一人の男が立っている事に気付いた。
鳩村と同じ様に、消え行く西部署を眺めている。
年齢的には大門と同じ位だろうか。サングラスの奥の瞳は伺い知る事が出来ない。
その男も、ふーっとため息を吐いて、その後で鳩村に気付いた。
鳩村が会釈をすると、男は近寄ってきて、自身のサングラスをひょいっと下げ、鳩村を見た。
ちょっと細めな目で、だが鋭い視線が鳩村を刺す。

「君、鳩村・・・英次君?」

名前を呼ばれて、鳩村が唖然とする。

「あ、すまない。私は小鳥遊茂。たかなしって、小鳥が遊ぶって書く。以後、よろしく」
「え、え? 以後、よろしくって・・・?」
「いや、君とは一度話をしてみたかったんだよ。先輩の事、聞いてみたいしね」
「せ、先輩?」

目をまんまるにして、それこそ鳩が豆鉄砲食らった様に、話の合点がいかない。

「あれ、木暮課長からなんにも聞いてないの?」
「課長から?」
「そう。課長。うちの、ね」
「・・・うち?」
「東京西部警察機動捜査隊。今度の君たちの職場の名前だよ」
「君たち・・・?」

鳩村も大分落ち着いて来て、木暮の名前が出た辺りから、小鳥遊とは心の距離を取り始めている。

「大門軍団は、解散、自由」

小鳥遊がそう言うと、鳩村の体が傍目から見ても分かる位に、硬直する。
小鳥遊はそんな鳩村をちらりと見て、お構いなしに話を進めた。

「その大門軍団が、今度戻って来る場所は、西部警察機動捜査隊だ。ただし、君たちには、特別機動捜査隊という名前がつく。今まで通りの範囲と、捜査方法で構わない。もちろん、銃の携帯も昔通りだ」

淡々と小鳥遊は続けた。

「班長は、この私が務める。俺にとっても、先輩は特別なんでね。先輩のやってきた方法を変える気はさらさらない」
「先輩って・・・」
「大門圭介。私の2期先輩だ」


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