「という訳で、交通課で白バイの訓練を担当してくれる、鳩村英次巡査部長だ」
「鳩村です。よろしくお願いします」

鳩村が敬礼すると、隊員も揃って敬礼で返した。
ふと、視線を感じて、鳩村が辺りを見回すと、相当数の見物人がいるのが見て取れた。

「お前らっ、野次馬する前にやる事あるだろうがっ」

鳩村が一喝すると、瞬く間にその気配は消えた。
隣りにいた交通課の課長が苦笑いしている。

「すまんな、皆どういう人間か、見たかったんだろう。大門軍団の軍団員を」
「いえ、覚悟はしてましたから」
「でも、本当にいいのかね、刑事課ではなくて」
「・・・・・・・いいんです」

毅然として前を向いた視線は、微かに揺らいでいた。




目の前で、一番大切にしていた絆が断ち切られた。
その最期を看取った。
その一言で終わってしまう事柄なのだろうが。
その手に残ったぬくもりは、決して消える事がない。
その手に残った血の感触は、決して拭えない。

そして、銃を手にすることも出来なくなった。





「今度の教官、鬼!!」

立花の所に、同期の菊池孝治が愚痴をこぼしに来た。
この日は、立花の他は当番が違い、君津良司と、佐々木進が一緒だったが、この二人も一緒に菊池の話を聞いていた。

「教官って、鳩村巡査部長?」
「そーそー。まあ、ステアリングから姿勢から細かいのなんのって・・・」
「お前が雑な乗り方してるからだろう?」
「そういうんじゃないって・・・」

相当疲れた感じで、菊池が肩を落とす。
佐々木が手慣れた手つきで、麦茶を入れて渡した。
それを菊池は一気に飲み込むと、ふうっと息を吐いて、側にあったヘルメットを取った。

「西部署が早く出来ないと、俺精神的疲労で倒れちゃうよ」
「またそんなオーバーに」

立花が苦笑いすると、菊池は軽く首を振った。

「俺も内勤に戻りたいっす・・・」

菊池はそう言うと、とぼとぼとバイクへと近づき、またがり、走り去って行った。

「そうとう凹んでるなぁ。あいつ」

立花がその寂しそうな後ろ姿を見送って、そう呟いた。

「まあ、奴のいう事もわかるわなぁ」
「君津さん、どういう事ですか?」
「うん・・・」

君津は、警邏畑でずっとやって来て、再来年定年退職である。
それまで、地域課で町のおまわりさんをして来た。
仕事柄、いろいろな人間模様を見て来ている。人間観は確かだ。

「こう、切羽詰まった所があるっていうか、妙に不安定な感じがするんだなぁ」
「はあ」
「まあ、百聞にしかず。見て来たらどうだ。今日は明けだろう」
「はい」

立花は、自転車を取り出すと、署に持って行く書類を荷台に入れて、走り出した。



暫く走ると、白い乗用車がいきなり角から飛び出して来た。
かなりのスピードである。

「ちょ・・・、一停無視!!」

運転士の男と、立花の視線が一瞬かちあう。
運転士は慌てて視線を外した。
車が走り去る前に、立花はナンバーをチェックする。近くに交通課の人間がいればそのまま現行犯なのだが、間の悪い事に、誰もいない。

「今度見つけたら職質だな」

と、その車が出て来た所が気になった。
先日、ビルが取り壊されたばかりの場所で、行き止まりになっているはずである。
立花は自転車をその入り口へと止めて、ビニールの囲いの外から中を覗き込んだ。
何もない空き地。誰もいない。

「気のせいか・・・」

帰りかけた時。
きらりと光る物が視界に映った。
中へと入り、それを拾い上げると、イヤリングの片方だった。

「何でイヤリング?」

その傍らの土は、回りの色とは明らかに異なっていた。

「・・・・ま、さか・・・、ね・・・・」

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