Autumn
鳩村は、その日、制服の袖を通す事は無かった。
「ハト、ちょっといいか」
小鳥遊に携帯で呼び出された。
辛うじて手に入れた休日に。
「何ですかー・・・はんちょー・・・・」
寝ぼけた声は、次の小鳥遊の一言で吹っ飛ぶ事になる。
「あの派出所はしばらく閉鎖する」
「・・・え?」
鳩村は、ベッドから体を起こし、時計を見た。
午前4時。
あまりにも早い時間だ。
事件でも起きない限り、連絡はない。
そう。事件でも…。
「班長、どうしたんですか」
「西條と静川、小松が訴えられた」
「は?」
晴天の霹靂、とばかりに鳩村は電話口に聞き直した。
「山川とお前は、昨日の夜から非番だったな」
「え、あ、はい」
「その後に、彼ら三人にレイプされたと被害届が出た」
「ちょ、ちょっと待って下さい!! そんなバカな!!」
鳩村は慌てて身支度を整える。洋服をタンスから無造作に引っ張り出し、袖を通す。
「担当は、宇田川署だ」
「隣の署じゃないですか。あの署は、うちの管轄でしょ!!」
「訴えたのが、隣の宇田川署なんだ。まだマスコミには公開せずにいてもらえているが、三人の身柄は拘束した。ぼろぼろの姿で派出所から出て来た女子高生の姿も目撃されている。しかも複数の人間にだ」
「ドックたちの姿も見られたんですか?」
「いや。それはない」
「だったら!!」
力一杯力説する鳩村の声は、きっと近所迷惑だろうというレベルに近くなっていた。
鳩村はふと自分のあごに手をやると、少しのびた髭がちくりと手のひらを刺した。
「分かりました。とりあえず、俺宇田川署に向かいます」
「被疑者には会えないんだぞ?」
「わかってますよ!! でも、俺は調べますから」
その声に、小鳥遊はやっぱり、というような声のトーンで呟いた。
「分かっている。全責任は、俺が取る」
「・・・班長、いつもすみません」
「気にするな。これも、俺たちの仕事だからな」
「課長も込み、ですか」
「当たり前。行ってこい」
「はいっ」
鳩村は苦笑すると、電話を切った。
急いで身支度を整え、外に出てカギを閉め、マンションから出ると、目の前に一台のバイクが走り込んだ。
ダウンジャケットにジーンズという出で立ちの、立花が自分のバイクで乗り付けたのだ。
「班長だな・・・」
鳩村はふっと笑みを漏らす。
「乗って」
立花はメットを鳩村に投げつけ、鳩村は素早くそれを装着すると、立花に後部に動けと指で指示した。
「ちょっと、これは俺のバイクだっつの」
「久々に乗りたいんだよ、譲れよ。400ccの座席」
「身勝手!!」
「昔からだ」
鳩村がハンドルを取ると、立花は後ろにスライドして場所をあけた。
鳩村は空いたその座席に座ると、立花が後ろから腰をホールドするのを確認するやいやな、スロットルをぶち開けた。
「こけたら弁償してもらうからなっ」
「兄貴に買ってもらえ!!」
久々のスピード感と、メットが風を切る音に、自然に笑みが漏れていた。
宇田川署に着いた頃には、夜が白々と明けて来ていた。
ヘルメットをバイクの上に置くと、二人は早歩きで建物へと入って行く。
刑事課は4階にあった。
どうやら、木暮が先手を打っていたようで、刑事達は苦々しく二人を見ていた。
面会は短い時間だけ、という約束で、西條とだけ許された。
立花は、鳩村が西條と会っている間、やる事がある、と言って、部屋を出て、部屋には見張りの警官一人と、鳩村と西條だけになった。
「・・・ドック」
「やあ、ハト。何だか、留置場の経験ってそうそう出来るもんじゃないな」
明るく、冗談にならない冗談を言う西條に、鳩村はため息をついた。
「ひでぇ顔だぞ、そのわりに」
「そりゃそうだ。今日は髭剃ってねぇ。・・・お前も、随分慌てたんだな」
「・・・え?」
「左のあごの下、剃り切れてないぞ」
西條にそう言われ、鳩村はその場所に手をやると、ざりっとした剃り残しが手を刺激した。
「俺にも、何が何だか分からない。それが答えだ」
鳩村が、何があったか問おうとした先に、西條が先回りして答えを言った。
「俺は仮眠させて貰っていたんだ。いつもの時間だ。だけど、叩き起こされたら、手錠だろう。分からない分からない」
西條は苦笑して、そう呟いた。
「俺が、真相を追求する。任せろ」
「・・・ああ。任せる。俺は、疲れたから、・・・いいチャンスだ。ゆっくり休ませてもらうよ」
「・・・ああ、寝てろ」
鳩村は、そう言うと、ふっと笑みを返した。自信に満ちた顔で。
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