暗闇の中、一つの足音が走り抜けて行く。
後少し、もう少しで水原と竜崎に合流出来る。
「待てよ」
五島の足が止まった。
誰もいない筈の路地に、一人の男がたたずんでいた。
「随分、お急ぎのようで」
「はい、急いでます。なので、このへんでしつれい・・・」
「さっきからサイレンがうるさいんだけど、ひょっとして、あんた?」
五島はため息をついた。
「だから、何」
背を向けたまま、会話を続ける。
こんなことをしている場合ではない・・・はず。でも。
「泥棒さんなら、盗ったもの返しな」
「違いますよ。いやだなあ、何も盗ってないですよ」
両手を上げて、降参のポーズを取る。無言の圧力が背後からかかる。
どうせ、マイクロフィルムが狙いだ。フィルムを抜いた後の宝石など
興味がない。このフィルムがあれば、あの人を救う事が出来る。
「宝石を、返せ」
「・・・!」
わざわざ宝石にアクセントを置いて、鷹山が言った。
「知ってるのか・・・?」
「何の事だか。俺は管轄外の事件には手を出さない主義でね」
五島はふっと微笑んだ。もちろん、鷹山には見えていない。
「ほらよ」
五島はフィルムを抜いた後の宝石を、鷹山に投げた。
「あんた、名前と所属は?」
「神奈川県警、保安課、鷹山」
「タカヤマさんね。覚えときましょ」
五島の視線の先に、赤のオープンカーが見えた。
「お仲間だろ? いけよ」
そんな鷹山の足下に、音を立ててコインが落ちた。
鷹山がそれを拾う。銀の、大きめなフランスの古銭。
「何かあったら、それ持って馬車道歩けよ。相談に乗るぜ」
「泥棒に相談に乗ってもらう事なんてないな」
「じゃあな」
ひらりと軽い足取りで、五島はオープンカーに乗り込んで行った。
「ミヤ入り事件のホシだったか。ちょっと惜しい事したかな」
鷹山は、コインをポケットに入れ、再び自分の仕事へと戻って行った。