THRILL
「タカぁ?」
「何だ?」
「何だじゃねぇよ。この状況はいくらなんでもマズいんでない?」
「まぁな。」
「まぁなって…。お前本当に分かってんのかよ。」
「分かってるよ。お前の方こそいちいちうるさいんだよ。」
「あぁ?なんだって、鷹山さん。何か言った?」
「君がうるさいって言ったの、大下君。」
「WHAT's?」
「WHAT's?」
当の二人の会話に全く緊張感はない。
けれども今二人の置かれた状況は最高潮に緊迫したもの。
生きるか死ぬか、ギリギリの瀬戸際である。
今からわずかに時間はさかのぼる――
「本当なんだろうな。取引の話。」
数時間前から張り込んでいる車内の中で大下は言った。
既に辺りは夜の帳がすっかり落ちて静寂と暗い闇が広がっている。
「今回は確かな筋からの情報なんだ。たまには信じろよ。」
大下の問いに鷹山は助手席のシートに体をうずめたまま言った。
「そう言っていつも面倒なことになるだろ?」
「大丈夫だって。それよりお前、これが成功したら金一封ものだぞ。」
「本当だろうね?いいねぇ、金一封。じゃあもらったら中華街でフルコースで
もどうよ?」
「いいねぇ、フルコース。」
「でしょ?よっしゃ、全員揃ったらそこを一網打尽じゃ。」
「ユージ。噂をすればお客さんだ。」
「OK。丁重にもてなしてやるか。」
「ああ。」
二人は音を立てないように車から降りると夜の帳の中に身を潜めた。
そして、高ぶる興奮を抑えながら、時が来るのを待つ。
二人がいる場所から少し離れた場所―。
それぞれ別の方向から来る二台の車。
車の姿を確認した二人は二言三言言葉を交わす。
そうして互いに闇に紛れるようにそこから移動した。
車はやがて向かい合った状態で近づいて停止した。
双方の車から4人ずつ男たちが降りてくる。
小太りな男と痩せぎすの男が言葉を交わしたのを皮切りに取引が始まった。
痩せぎすの男の方が大量の札束が入ったトランクを開ける。
それを見て満足そうな顔をしながら小太りな男が部下に合図した。
すっと銀のジュラルミンケースを取り出し、中身を見せる。
そのケースには白い粉の袋がびっしりとつまっていた。
それをみた痩せぎすの男の顔が満足そうにニヤリと笑う。
空で青白い光を放つ月がその光景を照らし出していた。
「そこまでだ。覚せい剤取締法違反の現行犯でお前らを逮捕する。」
「わかったら大人しく手に持ってるものを置いてもらおうか。」
取引現場を挟み込むように姿を現した二人。
それをみた男たちは一瞬驚いた後…嗤った。
まるで狂ったかのように。
その光景に、逆に鷹山と大下が驚く。
「何が可笑しい?」
「気でも触れたか?」
「別に狂ったわけでも何でもありませんよ。ただ可笑しくてね。」
「こうも都合よく現れてくれるとは。鷹山さん、大下さん、これで手間が省ける
ってもんです。」
鷹山と大下の言葉に反論した小太りの男と痩せぎすの男。
男たちの口調はひどく冷たく、口元には下卑な笑みが張り付いていた。
「は?何言ってる?てめえらの置かれた状況がわかってるのか?」
「はじめから罠だったわけか。」
「さすが勘が鋭いですな、鷹山さん。」
「我々はこの取引、あなた方に気付かれることは十分計算の内にあったとい
う事ですよ。どうせ遅かれ早かれあなた方は殺す予定でしたしね。」
痩せぎすの男がそういって声をあげて嗤った、その時。
聞き慣れた乾いた音が辺りに響いた。
今まで隠れていたのだろう連中の部下達が発砲した。
鷹山と大下は間一髪でその銃弾の雨を避け、近くの障害物に身を隠した。
「ここで死んでください。鷹山さん、大下さん。」
「あんたら二人は目立ちすぎた。我々にとっては邪魔なものでしかない。オイ
お前ら、絶対にあの二人を逃がすんじゃないぞ。確実に息の根を止めるんだ。」
小太りの男が少々乱暴にそう言った。
部下達はそれに答えるかのように、無言のまま辺りにちった。
暗闇を銃弾が飛び交う。
その音が一瞬で静寂の空間を喧騒の場へと姿を変えた。
予想しなかった展開に、鷹山と合流した大下は口を尖らせる。
「情報手に入れたのはいいけど、まんまと罠にはまったら元も子もねぇよな。
これだから嫌なんだよ。タカの持ってきた情報信じるの。」
「バカ言うな。こりゃたまたまだろうが。お前の持ってくる情報よりはましだ。」
「うっせぇよ。」
「それに、こうなったのは誰かさんの日ごろの行いが悪いからだと思うんです
けど。」
「はぁ?普段の行いが悪いのはタカだろ?俺に責任なすり付けんなよ。」
「WHAT's?まぁいい。どっちにしろあいつらとケリをつけないとゆっくり話もし
てられないしな。」
「そりゃ言えた。終わったらとことん話つけてやるからな。」
そういって二人は男たちを迎撃した。
それから数分―――今に至る。
何発も銃声が響きその数に比例して相手の数は減っているはずだった。
しかし思ったよりも相手は多いようだ。
対大人数という分の悪さもあいまって二人の体力も徐々に奪われていく。
「ったく、何人いるんだよ。まぁ俺たちのこと本気で殺すみたいだし、仕方ねぇ
か。」
「呑気な奴だな、お前は。ここまで用意周到とはやってくれるじゃねぇか。殺さ
れる気はさらさらないがな。」
「まぁね。さて、もうひと踏ん張りしますかね。タヌキより先に死にたくないし。」
「ああ。それにしっかり思い知らせてやらないとな。俺たちを殺そうとする奴が
どうなるかってこと。」
「だな。」
「あ!」
「何だよ、こんな時に。間抜けな声出しやがって。」
「ひでぇ。これのこと、忘れてたんだって。ひと踏ん張りの前に渡しとくわ。」
「は?お前これどうしたんだよ。」
大下が鷹山に渡したのは相手を倒すのに十分すぎる程の銃弾。
これでもかというほどポケットに詰めていたようだ。
「署を出る時さ、なんとなく持って来ちゃった。」
ニカッと笑ってそう言う大下。
少し呆れながら鷹山が言う。
「持って来ちゃった、じゃねぇだろ。お前は子供か?」
「いいだろが。これですぐ片も付けられるだろ?」
「そこまでわかってんならもっと早く出せよ。」
「だってさぁ、すぐ出したら面白くねぇだろ。ここまで念を入れておもてなしして
くれてるわけだし。ありがたく受けなきゃあっちもかわいそうでしょ?」
「お前な、そんなこと言ってるといつか本当に死ぬぞ。」
「死なねぇよ。タカとこうやって刑事やってるうちは死ぬ気がしねぇ。」
「運がいいから、か?」
「まぁね〜。ってことだからタカの方こそ、死ぬなよ?」
「生憎俺だって誰にも殺されるつもりは無いからな。これから何があろうと。」
「じゃあいっちょ暴れますか。」
「ああ。派手にフィナーレといくか。」
「いいねぇ。一気に行くぜ一気に。」
銃弾を補充し影からとび出した二人。
気付けば二人とも、わずかに口角が上がっていた。
そして再び激しい銃声の嵐。
だが先程よりも早く、そして確実に相手から戦意は奪われていく。
高みの見物を決め込んでいた二人の男の思惑は徐々に崩れ去ろうとしていた。
鷹山と大下が一人、また一人と倒す度男たちの顔に焦りが浮かぶ。
逃げようと思っても足がすくんでいるのか逃げることが出来ない。
やがて銃声は止み、残ったのは小太りの男と痩せぎすの男のみとなっていた。
目の前で銃を突きつけられ、思わず小さな悲鳴を上げる。
「残念だったな。俺たちを殺せなくて。」
「念を入れて兵隊用意するのはいいけどさ、もう少し手ごたえがある奴連れて
こないと。俺たちを殺すんならさ。」
「さて、大人しくしてもらおうか。それともまだ殺そうとするか?」
「まぁ、抵抗しても無駄だとは思うけどね。あんたら、俺たちを殺そうなんて百
年早い。」
二人は鷹山と大下の言葉にガックリ首をうなだれた。
そして力なく地面にへたり込んだ。
その腕に冷たい感触の手錠がしっかりとかけられる。
やがて遠くからサイレンの音が近づいてきた。
騒ぎを聞きつけた誰かが通報したのだろう。
駆けつけた警官たちによって全員署へと連行されることになった。
翌朝――
「夕べはご活躍だったそうじゃないか。鷹山ちゃん、大下ちゃん。」
「ええ、まぁ。」
「活躍、というほどでもないんですけど。」
朝から青筋を浮かべて今にも噴火寸前の上司。
これは何を言ってもどうしようもない。
二人にはそう思えて仕方がなかった。
「まぁ、二人とも無事のようだし。押収した薬物も相当だったらしいし。今回は
多めに見ることにしよう。ただし…。」
「「ただし?」」
「減俸だ。二人とも。」
「「ええ〜〜!!」」
「何が“え〜”だ。これだけ暴れておいて減俸で済むだけいいと思え。以上。」
思い切り特大の雷が落ち、署内の視線が集まる。
二人は次の雷が落ちないうちにそろそろと自分の席へ戻った。
雷が落ちようが生き方は変えられない。
その先にどんな危険が待っていようとも。
スリルがなければ人生面白くない。
目の前にスリルという刺激があるなら、味あわなきゃ損でしょ?
でもご用心。
このギリギリの感覚、一度味わったら抜けられない。
一度きりの人生、怖いのは死ぬことではなく退屈なこと。
心のどっかでお互い思ってるのかもしれない。
二人の、心の奥底で。
END