アラスカ日記8

 第4日目 低温エンドルフィナー


 12月28日

 昨晩、いや、今朝。
 家に「生きてる」コールをして、風呂で温まって、布団に入ったのが午前4時
 さすがに朝食をぶっちぎって、Don't disturb の札を出し、死んだよーに寝る。
 起きたら11時半を回っていた。

 ……しまった。今日はアラスカ大学の日なのに。

 フェアバンクスに来て以来のすばやさで身支度して、バスの起点トランジットデポへ。市の南側は歩いたので、北側を走るレッドラインに乗る。
 バスは全線1ドル半らしい。
 どういう集金の方法をとるのかと、他の乗客を観察するが、どうもみな、お金を払っている様子がない。ただで乗って、ただで降りているようにしか見えないのである。

 ん? と眉をひそめつつ。このままでは、私もただ乗りするよ? いいの? いいの?
 疑問符いっぱいのまま、バスはUAFウッドセンターに着いてしまう。
 どきどきしながらタダで降りた私に、運転手さんが追いかけてきて、


 「レンズキャップお忘れですよ」

 「おお、さんきゅー」
 ただ乗りのワタシに、親切すぎるよーう。

 アラスカ大学フェアバンクス校、通称UAF。
 広大な敷地に大小50の建造物。博物館、図書館、TV局、植物園、大型動物研究センター、そして国際北極圏研究所。オーロラ研究を行っている地球物理学研究所は、大学としては世界で唯一ロケットの打ち上げ施設を所有する。

 アラスカの土を踏んでから、初めての晴天で、アクアブルーの空に、樹氷が輝く。
 道案内してくれた中国からの留学生は、今日はかなりビューティフルである、と言っていた。
 シンメトリックなデザインの低層建築が点在し、雪景色と不思議にマッチしている。

 足の向くままに自然科学研究所や厚生施設のあたりをぶらついてみる。

大学くまさん  自然科学研究所

 のはいいが。

 気温はおそらくマイナス25度を下回っているはずで、ひとときじっとしていると、芯から凍えてくる。
 放射冷却をナメた服装で出てきたので、10分ごとに手近な建物に飛び込んで、暖をとらねばならない。

手近な建物

 それにしても、冷え切った空気、蒼天。昼日中にもかかわらず低く這う太陽は、曙光のようにまぶしく柔らかで、地平線には夢のような虹がたっている。

広いんですよこれが

虹

 幸せである。

 ああもう、トリップしそうなほど、幸せである。

 わたしってば、低温でエンドルフィンを分泌するやばい体質だったのかも。

人が歩いてます

 なるほど、「寒いところでぼーっとしたい」というのは、脳味噌にこびりついたよしなしごとが、きれいに掃除されて、強制的にクリアになるからなのね、としみじみ。
 いささか寒すぎるきらいはあるが。



 1時間ほど歩き回って、さすがに限界を感じ、おとなしくバスでポンプハウスへ。
 人気のアラスカ料理店らしいのだが、店内はがらがらである。もっとも通常の営業は夜からで、昼間から開くのは週末だけなのだ。

ポンプハウス ちょっと遅めの昼食ということで、赤ワインとハリバット(おひょう)をオーダー。

 うまい。
 白身魚のフライが、涙が出るほどうまい。今までの食事は、いったい何だったのだろうか。
 山盛りのフライドポテトが一緒なのは、ご愛敬だが。

 さて。

 土曜日である。
 ここからダウンタウンにバスが出ているが、平日はともかく、今日は極端に少ないのである。
 次のバスは最終で、17:55。
 現在時刻、15:00。
 タクシーで帰ってもいいが、今日はどうやらただ乗りできる日だったようで、これをのがすのはもったいない。で、ウェイトレスさんと交渉。

 「我、明日帰らねばならないが、トナカイのシチューにトライしてみたい。しかしお腹一杯であるので、サパータイムまでここにいさせてもらってよいか?」
 (すでに自分がしゃべった英語を再現するのは不可能である)

 オフコース、というご返事をいただいたので、お言葉に甘えることに。
 旅のメモなどとりながら、ねばること2時間。あまりお腹はすかないけれど、まあ、いけるだろう。

 おーし! トナカイだ!

 ところが、シチューには前菜が付き、シーフードスープかクラムチャウダーかサラダを選べと言う。

 「シーフード」
 ですよね、やっぱり。

 しかしこれが、とんでもなく塩辛く、正直食べるのがつらい。水足したいくらいなんである。
 で。どーしてこちらの人は、いちいち「Good?」とにこやかに聞いてくるんですよー!?
 「Good(涙)」としか答えられませんワタシ。
 答えてしまった以上、つらい顔もできないので、水をお供に食べきりました。えーい、私も日本人だ、挑戦は受けてたつ!

 てなわけで、第1ラウンド、TKO勝ち。

 しかし、第2ラウンドで出てきたメインのシチューは、日本のビストロなら3人前はあろうかという量で、あっさりKOされてマットに沈んでしまった。
 なんとか手をつけはじめたが、胸やけがしてすすまない。そしてバスの時間は迫る。

 ぎぶあっぷ。

 ウェイトレスさんに、「おいしいけどお腹一杯になってしまいました。すみません」と訴えたら、なんと、持ち帰り用の箱をくれた。
 再び吐きそうになりながら、シチューを詰め、必死にチップの計算。えー、あー、38ドルだから、その15パーセントとゆうことでえ、ワガママきいてもらったからちと多めにし てえ、と、45ドル置いて、逃げるように店を出た。

 バスはほとんど滑り込みセーフ。うめきながら車中で寝たら、少しは気分が良くなった。
 本当にここは治安がよい。

 街角温度表示は、マイナス27度を指していた。わははは。ほんとかー?

 ホテルで少し休憩したあと、態勢を立て直して外へ。昨日よりはましであるが、やはり曇りがちである。
 市街地の上空は雲ができやすいそうで、本当にオーロラを見たいなら、郊外へ行く方がよい。
しかし明日は少々早起きをしなければならないので、どちらにしても長く外にはいられない。
 ひたすらぼーっと空を見上げていたが、結局全天雲に覆われ、10時半頃早々に引き上げた。

 トナカイのシチューを温め直し、地ビールで夜食をとる。落ち着いて食べてみると、牛肉とささみの中間のような味で、結構おいしい。
 でも、やはり量は多すぎる…。

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