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「おい、また出たぞ!」

 

「またか……、所詮は奴らもオスだったってことか」

 

それはいつ頃からだったか……。

 

それは彼らが気づいた時には既に広まっていた。それが一つ広まった時点でこの国全体が

大きく揺れ、各地へ、各国へと飛び火し、同時に一つ、また一つとそれは出現し、人々の

心を大きな動揺と困惑で包み込んだ。

 

世界を混沌が飲み込んだとでも過言ではない。

 

今やネットの時代、一つの画像が世界中を揺さぶる場合だってある。

 

そんな時代に突如出現した、一枚の写真。

 

映っていたのは一人のヒーローの姿だった。青を基調とし、胸に大きな白い星が描かれ、

腹には白と赤の縦縞模様があるスーツで身を包んだヒーロー、キャプテンアメリカの姿だ。

彼はスーツと一体化した同じく青いマスクを被っており、彼のマスクとスーツは星条旗を

モチーフにしている。そんな彼が普通に映っているのであれば、ヒーローが映っている程

度でしか関心を寄せることはない。

 

誰かが撮った一枚の写真に過ぎないからだ。

 

しかし、その写真は一般の誰かが単純に撮影した写真ではなかった。

 

そこに映っていたのは、自由の女神像の上で下半身のスーツを破り捨てた彼が自分の武器

でもある円形の星が描かれたシールドの上に精液を放っているという姿だった。星条旗を

モチーフとし、アメリカという国を愛している彼が、その言葉や信頼を踏みにじるかのよ

うに、アメリカのシンボルの上で痴態を晒している。その表情は卑猥にも快感に満ちてい

た。この写真が最初にマスコミ各社に送りつけられ、様々な掲示板に投稿された時には、

誰かが作ったコラージュだ、作成品だ、紛い物だと言われていた。

 

だが、この写真を本当かどうか調べようとする輩が現われ、自由の女神像を管理する職員

が確かめたところ、そこには白い液体の痕がべったりと残されていたことが判明した。

 

だからといっても、彼が行ったとは考えにくい。キャプテンアメリカがこんなことをする

はずがないと誰もが思っていた。愛国心を持ち、星条旗をモチーフにしたコスチュームを

身につけている。それだけアメリカのことを想っている彼のことを、誰もが信じていたか

らこそ、そう思われ続けていた。

 

だがそれも、類似した写真が何枚も現われると徐々に変化を遂げていった。女神像に残さ

れた痕が新聞で公開される前に、シールドから女神像に白い液体を垂れ流す彼の姿や、

松明の上で身をよがらせる彼の姿が映った写真が出回ったのだ。

 

中には、残された痕と同じような形状の水溜りを作るように精液を放つ彼の写真もあった。

裏取るような写真によって事実だと考える者達が生まれると、さらに流れは酷くなる。写

真の鑑定を行うものが現われたからだ。そして写真がコラージュでもCGでもない、正真

正銘の一品だということが鑑定されると、嘘だと想い続けていた者達の考えは180度、

コロッと変わっていった。

 

彼を信頼し、応援する声、崇拝する声が全て怒りと憎しみの込められた罵声へと変化した。

 

これにより彼の活動は、彼が守り続けていた存在達の怒りによって阻まれてしまった。

 

同時刻に事件現場で警察に力を貸していた彼だったが、写真が本物だと分かった直後、民

衆から石を投げつけられ、警察からは完全に拒絶され、必死に自分が助けた相手に手を振

り払われたのだ。キャプテンアメリカにはそんなことを行った覚えがなかったが、憎しみ

を持った民衆がそれを理解できるはずがなく、彼は早々にヒーローから最低な存在へと格

下げされた。彼をあしらったグッズや彼を応援するためとして作られただろう品々がゴミ

捨て場に溢れ返り、彼を嘲笑する声が街を覆い、ヒーローである姿を隠した彼に伝わって

いく。それが数日も続いた時、一人の男が交通事故によって命を落とした。彼を撥ねた車

の持ち主は、彼が自分から飛び出してきたと語り、彼が自殺を遂げたということが明らか

になったが、マスコミはその男ではなく、『彼』を罵倒する話題を大きく取り上げており、

その男、スティーブ・グラント・ロジャースの死はほんの一文で小さく書かれるに過ぎな

かった。

 

その事故で亡くなった男こそがキャプテンアメリカであり、一枚の写真によってキャプテ

ンアメリカがこれまでに築いてきた全てが壊され、死に追いやられてしまったとは知らず、

民衆は次第に彼のことを話題にあげることもなくなった。

 

ただ、それは一人の男、キャプテンアメリカの転落という物語だったわけではない。

 

それこそが始まりに過ぎなかった。

 

彼が世界から存在を消した直後、さらに別のヒーローの自慰や快楽に貪る卑猥な姿の写真

が出回り始めたのだ。

 

仕組まれたような一連の出来事であったが、それを感じ取る物はなく、キャプテンアメリ

カの写真によって民衆は怒りに感化されやすくなっており、それが本物なのかも偽物なの

かも分からないまま、他のヒーロー達も彼と同じように民衆によって居場所を追いやられ

ていった。そのため、街は混沌を極め、悪の色が見え隠れし、平和が脅かされつつあった。

関係ないヒーローでさえも拒絶されることさえ生まれ、正義とは何か、悪とは何かが問わ

れ始めたほどだ。それだけ民衆達についた怒りの炎は消えないということだ。ヒーローと

呼ばれる男達の淫らな行為を映した写真が出回るたびに、また一人、姿を消していく。

 

このようにして、いつ頃からかも分からない間に30人もの男達が命を消していった。

 

 

 

 

この事件を不安げに、そして興味を惹かれるように感じていた人物がいた。

 

メトロポリスで新聞社に勤め、クラーク・ケントという名前を持つ、スーパーマンだ。

 

新聞記者でもあるために、このような写真が何処から出現したのかを、彼は取材し続けて

いた。命を消した者達の中にはフラッシュやグリーンランタンのような、戦場を駆け抜け

た仲間たちも多く存在し、彼らが淫らな行為を行うわけがないことをスーパーマンが一番

よく分かっていた。それだけに、このような不可思議な事件を解決したいという思いも彼

の中には大きく存在したのだ。

 

だが、成果は全くといっていいほど出ていなかった。彼らについてどれだけ深く探っても、

彼らが否定していた通り、アリバイがはっきりと存在し、証拠は何一つ出ない。

 

「フラッシュやグリーンランタン達の日常の行動パターンを調べ上げてみたが、全く不審

な点がない。あいつらが写真を撮られたと思われる時刻も綿密に調査したが、周囲には知

り合いや仲間が大勢いた。他の奴らも同じ状況だった。同一時刻にあのような写真を撮る

こと自体、不可思議としか言いようがない」

 

「だが、現に昨日で31人目だ。つい先ほどのニュースで自殺が発表された男は欧米諸国

で活動している奴だったが、奴の映された写真の現場は数日前に起きた爆発事故現場の付

近だ。それにあそこには私たちもいた。彼があのような行動を取れた時間は一度もない」

 

「だからといって調べなければ、仲間が次々に絶望していくだけだ」

 

ジャスティスリーグの本部である宇宙船内でも、スーパーマンはバットマンを筆頭にした

他のヒーロー達と会議を行い、互いの集めた情報を用いて討論し続け、仲間達を襲った出

来事について話し合い続けていた。しかし、ヒーローの中には写真の現場や時間が明らか

に自分達と一緒にいた時刻だったりもするものもあり、謎が深まるばかりだった。

 

それでも、彼らは一生懸命調査し続けていた。

 

クラークはとりあえず、最初に掲示板に写真を投稿した人物を尋ねようと考えていた。投

稿者は自分の事を探られないようにするためか、いくつものHPを経由した形で、それも

注意深く、綿密に計画されていたかのようにセキュリティをかいくぐるようにして投稿し

ていることが調査によって判明していた。だが、それを投稿した時間帯にその場所で写真

を投稿した人物の当たりは30人程度ではあるが分かっている。後は彼ら一人一人を当た

り、確証を掴むだけだった。

 

それにこの事件はヒーローの写真騒ぎと姿を晦ませた失踪騒ぎが相成って、マスコミでも

取り上げやすくなっている。クラークが取材と称して外に出ることも可能であった。

 

しかし、彼が思うように世界はあまり進んでいなかった。

 

ヒーローの数が減ったことによって、街にはびこる悪事も増えてきている。スーパーマン

やバットマンのように写真がまだ出回っていない者達も、一部の民衆から疑心暗鬼を受け、

迫害され始めてもいるが、それでも写真が存在していないために信頼されていた。だから

こそ、その信頼を失わないようにと、彼はヒーローであり続けていた。

 

テレビで事故のニュースを見た直後に、取材と称して足早に立ち去り、飛び去っていく。

 

「クラークは?」

 

「今、出て行ったけど?」

 

彼が出て行った直後、彼の思い人であるロイスと同僚の間ではこんな言葉が交わされる。

彼女は何処となく残念そうな表情でクラークのデスクを見つめるが、早々に仕事に戻って

いく。他の同僚もロイスも、ドジを踏んですぐに戻ってくるだろう、そういう認識で仕事

に戻っていく。

 

だが、この日を最後に彼らとクラークが出会うことはなかった。

 

クラークは部屋から飛び出した直後から、そのビルから姿を消してしまったのだ。 

 

部屋にいた者達は皆、彼が出て行くのを見ていた。にも関わらず、部屋の外にいた、ちょ

うどすれ違うはずだった者は、彼が部屋から出たことを全く見ていなかったのだ。

 

数日後、バットマンことブルースウェインの元に、スーパーマンからの手紙が届いた。ス

ーパーマンは仕事場から駆け出した直後から消息が分からなくなっていた。同時に、彼が

持っていた犯人の可能性のある人物の書類も紛失してしまっていた。その証拠を集めたヒ

ーローでさえも姿を晦ましたからだ。調査が行き詰ったこともあり、手紙を見つけたバッ

トマンは早々に開封し、中を開いた。

 

するとそこには、『事件の謎を掴んだ。 早く来てくれ』とだけ書かれた手紙が入っていた。

しかもそれは殴り書きされており、紙も広告の裏側が使われているため、緊急性があると

思われた。そのためか、バットマンは人数が多い方がいいと思い、ロビンを連れたって現

場に向かおうとした。

 

だが、バットマンとロビンの記憶は、バットモービルに乗ろうとした直後から、途絶えて

しまっていた。

 

バットケイブには2人しかいなく、侵入者が出たという情報もなかったにも関わらず、突

如バットマンとロビンの背後には人影が現われ、2人を首筋にスタンガンを押し当てたの

だ。しかし、その数秒後、2人の背後に立っていた人影も、倒れかけていたバットマンと

ロビンも、バットモービルまでも、一瞬のうちに姿を消してしまっていた。最初から誰も

いなかったかのように。