洗脳(1)

 

日本全国で市民による凶悪犯罪が頻発していた。

『治安の急激な悪化が深刻化』『隣人は犯罪者』『市民による犯罪急増』

不安を煽る様な見出しが新聞各紙の一面で踊っていた。

 

鉄十字団の秘密基地、幾つものコンピューターが置かれた司令室、

居並んだアマゾネスとニンダー達が跪くその正面にモンスター教授が立っていた。

「計画は順調のようだな、アマゾネス」

モンスター教授の左目の赤い義眼が妖しく光っている。

「はっ、人間達を洗脳し、犯罪へと走らせ、社会不安を引き起こします。

 疑心暗鬼に駆られた人間達は、互いを信頼することが出来なくなり、

 すぐに人間社会は崩壊するでしょう!」

頷きながら答えるアマゾネス。

「身近な恐怖で煽り、人間達の手によって社会を破壊させるのだ!」

司令室にモンスター教授の声が響いた。

 

* * *

 

インターポールの情報により、

あるセミナーが怪しいと睨んだスパイダーマンは、

主催する団体のセミナー会場へと向かった。

その団体とは、最近急速に広まっている自己啓発セミナーだった。

都心にある雑居ビルの灰色のコンクリートの壁に取り付くと、身軽に登っていく。

正義の象徴である赤と青のコスチュームに身を包んだスパイダーマンは、

灰色のビルの最上階、その団体の所有する部屋を目指していた。

 

最上階に辿り着いたスパイダーマンが窓から建物の中を覗くと、

内部には大きなフードの付いたリクライニングシートが並べられ、

何人もの人達がそこに横になっていた。

横たわる人々の頭部に被さったフードに付いた数個のランプが点滅しており、

フードに繋がったケーブルは床を這いながら壁際に置かれたマシンに繋がっている。

その黒鉄色をした無骨なマシンは、金具や基盤、配線が剥き出しになっており、

光で稼働状況を示すインジケーターやモニター画面を備えていた。

 

その部屋では、作業をしている灰色の背広を着た男達に向かって、

地味なダークスーツに身を固めた女性が指示を出していた。

部屋の中を覗くスパイダーマンが左手に嵌めたスパイダーブレスレットを開くと、

モニターの中にはスーツの男女の姿はなく、

グレーの戦闘服のニンダー達と黒い衣装のアマゾネスがいた。

(思った通りだ。やはり鉄十字団か!)

ニンダーの一人が、ケーブルが繋がるマシンを操作すると、

ライトの点滅が早まり、モニター画面には幾つもの映像が浮かび上がっては消えていく。

 

(こうやって人々を洗脳しているという訳か。

 鉄十字団め、許さんっ!)

スパイダーマンは窓を破って勢いよく室内へと突入した。

突然の出来事に驚き振り向くニンダーとアマゾネス。

 

ヒーローは、鉄十字団が呆然と見つめる中、正義の名乗りを上げた。

「鉄十字キラー、スパイダーマン!!」

大腿四頭筋が切れ上がりながら隆起する太い二本の脚を大きく広げて立ち、

上腕二頭筋と三頭筋が見事な曲線を描いて隆起する両腕を真下と正面に伸ばして、

戦闘に備えた体勢をとるスパイダーマン。

鮮やかな赤と青の薄いコスチュームの下で、

大きく張り出した大胸筋、6個に割れた腹直筋、

逞しい逆三角形を形成する鍛え上げられた僧坊筋と広背筋などが、

正義の戦士の強靱な肉体を強調している。

 

「スパイダーマンに邪魔をさせるな、やれっ!」

我に返ったアマゾネスの合図と共にニンダー達がスパイダーマンに向かった。

側転をしながらヒーローを取り囲む灰色の手下達。

武器を手に挑みかかる戦闘員だったが、

ある者は剣を握る右手を捕まれて投げ飛ばされ、

またある者は足を払われ、次々に倒されていく。

「スパイダーネット!」

叫び声と共に、銀色に輝くブレスレットから放射状に広がる白いネットが、

アマゾネスとニンダー達を部屋の隅の壁に捕獲した。

 

敵の動きを封じたスパイダーマンが、

洗脳装置に繋がるリクライニングシートから伸びるケーブルを引き抜くと、

横たわっていた人たちが意識を取り戻して起き上がり始めた。

人々は、部屋の一方に捕らえられたアマゾネスとニンダー達を目にし恐怖に怯えた。

「もう大丈夫です!

 あなた方は鉄十字団に洗脳されるところでした。

 ここから逃げてください、さあ早く!」

シートから起き上がった人々は、スパイダーマンが指し示した出口から逃げていく。

 

最後の一人を送り出したスパイダーマンが一瞬気を緩めた瞬間だった。

床を這うケーブルが小刻みに振動し、

シュルシュルと正義のヒーローの両脚に絡みついた。

「うわあぁっ し、しまった!」

ケーブルはあたかも意識を持った生物のように波打ちながら蠢き、

太い大腿四頭筋が形成する力強いヒーローの両脚に巻き付いた。

そのケーブルは、部屋の奥に置かれた配線が剥き出しのマシンから伸びていた。

 

「マシンベム洗脳獣、スパイダーマンを倒しなさい!」

スパイダーネットを破ったアマゾネスがそう叫ぶと、

壁際のマシンは、ギシギシと音を立てながら揺れだした。

直方体だった筐体が人の形へと徐々に変形し、

単なる洗脳用の機械からマシンベムへと形を変えた。

マシンベム洗脳獣は、

頭部から肩、背中にかけて角のような銀色の電極が何本も突き出し、

顔にあたる部分にはCRTモニターがあり、

全身を覆う黒鉄色の装甲の隙間から電線や基盤が覗き、

体中がネジと鋲で武装されている。

 

「俺はマシンベム洗脳獣だ。お前を倒してやる!

 キショアァァァアアアアアッッ!!」

マシンベムは、金切り声を上げながら電撃を放った。

ジジジッ ジリジリ・ジ・・ジジッ

頭部に付き出した電極の間に青白い稲妻がスパークし、

生じた電流が、胴体から伸びるケーブルをジリジリと雷光を放ちながら伝わり、

ケーブルを伝ってスパイダーマンに絡みついた。

赤と青のコスチュームに身を包んだヒーローの肉体を、白く光る稲妻が襲った。

「くぁあぁぁああぁああああああああぁぁあぁっ!」

赤いマスクを張り裂かんばかりに口を開き、スパイダーマンは絶叫した。