野球戦士・真樹(8

 

決戦の朝が来た。

昨日とはうって変わって、雲一つない快晴だ。

 

今日が俺の運命を決める日になる。

真樹はそう思いながら、純白のユニに袖を通した。

全身に力がみなぎってくるのを感じつつ、このユニを着て辱められたいという欲望も湧いてくる。

真樹にとって、勝負の一日だ。

俺は負けない。

俺は野球戦士・真樹だ。

背中のエースナンバーが、真樹を勇気づけてくれるのを感じた。

 

ユニフォーム姿のままベンチ入りし、控え室に入る。

試合開始が近づくに連れ、真樹は心地よい高揚を感じていた。

もはや、昨日の事が嘘のように思える。

いや、真樹の心の中からは、昨日の出来事が完全に消えていた。

頭に浮かぶのは、今日の対戦の事だけであった。

 

「あのぅ、すみません」

真樹に一人の一年生が声をかけた。

「んっ?」

振り向いた真樹の顔がわずかに歪んだ。

二宮和也だ。

昨日、マウンドで生き埋めにされている時に、助けを求めた1年生である。

恥ずかしい姿を見られている。

「すいません。監督が話があるって言ってます。

 監督控え室に来るようにって」

「そ、そうか」

真樹は笑顔を作ると、足早に部屋を出て監督控え室に向かった。

 

「失礼します」

真樹が監督控え室に入ると、監督は笑顔で真樹を迎えた。

「どうだい、今日の調子は?」

監督は笑顔を絶やさない。

「はい。ばっちりっス。

 今日も勝ちますよ」

「ははは、そうこなくっちゃねぇ。

 ウチは勝つも負けるも君次第なんだ。

 そのことを忘れんようにな」

「はい。頑張ります。

 で、監督。お話というのは・・?」

「うん。さっきも言ったが、勝つも負けるも君次第だ。

 勝てば君の功績だし、負ければ君の責任だ。

 そこでだ。万一、いや万々一にも負けた時の話なんだが、

 負けた責任は君にあるわけだから、全部員の前でお仕置きを受けてもらおうと思うんだ」

「えっ、お仕置きですか?」

監督の口から出た意外な言葉に、真樹も緊張する。

「ははは。嫌なら良いんだ。

 ただ、適度な緊張感があった方が、君もファイトが湧くと思ったからね」

「は、はぁ」

真樹は即答しかねた。

考えがまとまらなかったのではない。

頭の中で、監督の「お仕置き」という言葉がこだまして、

何も考えられなかったのだ。

「いやいや、今すぐに返事をくれと言うんじゃないんだ。

 それに、ここで返事をもらってもな。

 負けた後で、私が罰を言い渡したようになるのは困る。

 もう少ししたら、みんなのところに行くから、返事はその時にみんなの前でしてくれないか」

 

真樹は監督控え室を出た。

選手の控え室までは数メートルしかない。

この通路を歩く間に考えをまとめなければ・・。

お仕置き。

監督の言葉が真樹にのしかかる。

試合に負け、部員全員の前で罰を受けるエースの姿が目に浮かんだ。

そんな事は・・。

いや、断る理由はない。

試合に勝てば良いんだ!!

真樹が選手控え室のドアを開けた時、すでに心は決まっていた。

 

ほどなくして、監督も選手控え室に現れる。

真樹は監督を見て、小さく頷いて見せた。

監督の満面の笑みが返ってくる。

「さぁ、大事な試合だ。

 みんなの力で甲子園に行こう」

監督は、まず選手達を鼓舞する。

「ところで、松浦から話があるそうなんだ。

 ちょっと聞いてやってくれ」

真樹が立ち上がった。

「さっき、監督とも話をしたんだが、もしも今日の試合で負ける事になれば、

 俺はみんなの前で、お仕置きを受けようと思っている」

「えぇ?」

「お仕置き?」

選手達が顔を見合わせる。

「まぁまぁ、聞いてくれ」

選手の動揺を抑えようとして、監督が話を引き継いだ。

「ウチがこうして甲子園を狙えるようになったのも、

 今日の試合に勝って、実際に甲子園に行けるかどうかも、

 すべては松浦次第という事だ。

 勝てば松浦の功績だし、負ければ松浦の責任だ。

 だから、その責任を重く受けとめて試合に臨みたいと、

 そういう事だな、松浦」

「はい」

真樹は力強く答えた。

 

勝てば良いんだ。

監督が出て行った後、真樹は改めてそう思った。

だが、監督がすべてを真樹が言い出したかのように

言い換えていた事に気づいてはいない。

「チェッ。勝てば自分の功績だと」

「それじゃ、俺たち8人はただの飾りかよ」

真樹と離れたところでは、選手達の間でそんな会話が交わされていた。 

 

一方、監督は監督控え室の電話を手にしていた。

「ゾル大佐。万事、うまくいきました」

その姿は野球仮面であった。