野球戦士・真樹（１０）

「さっくらい、さっくらい」

櫻井コールがこだまする中、真樹がバッターボックスに入る。

櫻井コールは、そんな真樹を圧倒するかのように声を高め、

真樹を包み込んだ。

櫻井の１球目。

地面すれすれのボールが、ホームベース寸前でホップする。

「ストライク！！」

ストライクをコールする審判の声も、どこか勝ち誇ったように感じられた。

２球目はコーナーギリギリをついてくる。

「ストライーーーク！！！」

球場の櫻井コールは、ここで「あと１球」コールに代わった。

誰もが、真樹の２打席連続三球三振を期待しているのだ。

だが、球場中を敵に回しながらも、真樹には勝算があった。

いや、あえて２球は見送ったのだ。

ツーナッシングになれば、球場の声は俺の三球三振を訴えるだろう。

その声に、櫻井君が応えようとしないはずがない。

３球目も絶対にストライク。

この勝負、もらった。

櫻井の３球目だ。

高い。

だが、ホームベースの手前で落ちるはずだ。

真樹のバットに力が入る。

渾身のスイングが・・・、空を切った。

ボールはただの高めのストレート。

ボール球だったのだ。

「ストライクーーー！！。バッターー、アウトォ〜〜！！」

審判のコールと共に、球場全体から拍手が起きた。

『いやー、さすがは櫻井君の頭脳的ピッチング。

　柔よく剛を制すと申しますか、松浦君を翻弄しました』

アナウンサーも満足げだ。

だが、依然として明峰高校のリードのまま、ついに９回裏を迎えた。

「さぁ、あと３アウトだ。

　しまっていこう！」

監督は相変わらずの笑顔で、ナインを送り出す。

そう、あと３人だ。

あと３アウトで、俺は心の中の別の自分に勝てるんだ。

マウンドで、自分に言い聞かせる真樹。

城南学院の打順も悪い。

８番打者からだ。

真樹の剛速球がうなりを上げた。

ボールをかすらせる事もなく、簡単に先頭打者を三球三振に切って取った。

続くバッターも、真樹の剛速球の前になすすべがない。

手も足も出ないまま、２ストライクと追い込まれた。

このバッターも楽勝だ。

３球目。

カツン。

闇雲に振り回したバットにボールが当たっただけのファールチップだ。

だが、４球目もファールされる。

うっ、こんな・・はずでは・・。

いや、ただのまぐれ当たりだ。

そうに違いない。

５球目。

えっ。

ボールが真樹の手を離れた瞬間、ボールはまるで真樹の意志を離れたかのように、

バッターの軸足を直撃する。

そんな・・。

マウンドで呆然とする真樹。

『なんという事でしょう。

　まさか、まさかとは思いますが、ファールで粘られて万策尽きたあげく・・、

　いや、そんな事は考えたくありません。

　しかし、まさか、まさか・・・』

アナウンサーは、暗に真樹を非難する。

試合は、一死一塁で１番バッターになった。

打てるものなら打ってみろ！

カチン。

当てただけの打球が、フラフラとセカンドを守る二宮の後方に飛ぶ。

バックする二宮。

だが、ボールはわずかに二宮のグローブをかすめた。

『ヒット、ヒットです。

　さすがは城南のトップバッター。

　技ありのヒットです』

マウンドに立ちつくす真樹に、二宮が歩み寄ってくる。

「すみません、真樹先輩。

　何か不思議な力に縛られたみたいで、足が動かなくて・・」

不思議な力・・？

まさか、心の中の俺が二宮の足を止めていたというのか・・。

「すみません。僕のミスで先輩がお仕置きを受けるような事になったら・・。

　もしもの時は、僕がお仕置きを受けますから」

「心配するな。大丈夫だ」

お仕置きなら俺が受ける。

えっ？

いや、俺は勝つ。勝ってお仕置きなんか・・。

二宮にそう言ったものの、「お仕置き」の言葉が真樹の心の中で

染み込むように広がっていく。

打たれたらお仕置きだ。

全部員の前でお仕置きを受けるんだ。

カキーン。

２番打者は真樹の速球をジャストミートする。

『矢のような打球が三遊間を抜けていきました。

　打球が速すぎて二塁ランナーは三塁ストップ。

　１アウト満塁です。

　ここで迎えるバッターは、城南のエースにしてスラッガーの櫻井君。

　松浦君、最大のピンチです』

「さっくらい、さっくらい」

球場に再び櫻井コールがこだました。