緊縛(1)

 

キィイィーーーーーィイイーーーィィンッ

 

デイリープラネット社のオフィス。

メトロポリスで最も古い歴史を持ち、市民からの信頼も厚い新聞社デイリープラネット、

そのビルの高層階に位置する編集部にクラーク・ケントのデスクがあった。

そして今、神経を逆撫でする高音がクラークの耳を襲っていた。

彫りの深い端正な顔を歪ませて、眉をひそめ、思わず両手で耳を押さえそうになる。

向かいのデスク、ロイス・レインの座席を見やるが、

連続爆破事件の取材に出かけているらしく彼女の姿はなかった。

クラークは片手でこめかみを押さえ、耳鳴りにも似た刺激音に堪えながら、

頭痛を振り払うように何度か頭を振りながら周りを見回すが、

オフィスの誰も、いつもと変わった様子はない。

それどころか、彼らはこの音が鳴っていることに気付いてさえいないようだった。

 

雑音に過ぎなかった音は、ラジオのチューニングが合わされていく様に、

やがて明瞭な音声へと収束した。

「スーパーマン、聞こえるか?

 この音波は君だけに聞こえる周波数を選んで発信している。

 メトロポリスの主要ビルの幾つかに高性能爆弾を仕掛けてある。

 爆発したら、それらのビルで働く数千人が死亡する大惨事になるだろう。

 数千人の命が、私の手の中のリモートコントロール装置にかかっているのだ」

 

その言葉を聞き、早足でオフィスを抜け出したクラークはそのまま玄関へと向かった。

ここ数週間メトロポリスで頻発していた爆破事件の犯人からの挑戦を受けたのだ。

これ以上犠牲者を出すわけにはいかない、そう考えたクラークケントは、

走りながらネクタイを緩めるとシャツのボタンを外していく。

目の詰んだ生地のコットンのワイシャツの下から、

青いコスチュームと五角形の黄色地に赤の「S」のマークが浮かんだ胸部が現れた。

開かれたシャツの間で、鍛えられた二つの大胸筋の膨らみが、

コスチュームの下ではち切れんばかりに隆起している。

駆け足で回転ドアに飛び込んだクラークは、猛烈なスピードでドアを回しながら、

次々と背広のジャケット、シャツ、スラックスを脱いでいく。

地味な背広を着た新聞記者のクラーク・ケントは、

瞬く間に、鮮やかな青いコスチュームに赤いマントをたなびかせた正義の男、

スーパーマンへと変身した。

 

全身の筋肉は極限まで鍛えられ鎧のように隆起し、

大きく張りのある大胸筋の下、均等に6個に割れた腹直筋、

その脇で引き締まる内・外腹斜筋が逞しい上半身を、

盛り上がる僧坊筋と広背筋が逆三角形の背中を形成している。

筋肉隆々とした肉体全体が青く薄いコスチュームに包まれ、

赤いブリーフに黄色いベルト、赤いブーツを履き、

胸には黄色い5角形に赤い「S」字のマークが描かれている。

 

回転ドアを猛スピードで飛び出した影は、

デイリープラネット社の上空へと飛び上がった。

都会の喧噪の遙か上方で、音の出所を探るため四方を見回すスーパーマン。

発信源を特定し、右手の拳を突き出した姿勢で、

音を発している場所へと向かって一直線に青と赤の軌跡を描いて飛行した。

超音波は、メトロポリスのビジネス街の中心部の地下から発信されていた。

幅の広い道路にすっくと降り立ったスーパーマンは、

赤いマントを翻しながら自らの身体を高速で回転させた。

青と赤とが解け合って見えるような猛烈なスピードで回転しながら地下へと進んで行く。

 

暗い地中を進むヒーローは、突然広く明るい空間に飛び込んだ。

そこは、幾つものシャンデリアや照明器具が照らす広々とした部屋だった。

着地したスーパーマンの目の前には、音波の発信源である機械があった。

辺りを見回すと、豪華な調度品で飾られたその部屋は、

レッドオーク材の床に高級なペルシャ絨毯が敷かれ、

あちこちにアンティークの美術品のような家具が置かれている。

壁にはそれぞれ異なるデザインの額縁に入れられた絵画がいくつも飾られている。

その部屋の中央に置かれたソファーに高級ブランドの背広を着た男が腰掛け、

二人の美女を両脇に侍らせ、キューバ産の葉巻を燻らせている。

レックス・ルーサーだった。

表向きは世界有数の大富豪でありながら、裏では数々の悪事を影で操っていると、

スーパーマンはかねてより目を付けていたのだ。

 

「やはりお前だったのか、レックス!

 無駄な抵抗は止めて、大人しく爆破装置を渡すんだ」

腕組みをしながら、目の前に座ったレックス・ルーサーを睨みつけるスーパーマン。

胸の前で組まれた上腕二頭筋が盛り上がる両腕の下では、

大きく張り出した大胸筋がコスチュームの上に浮かんだ赤い「S」の字を

歪ませる様に隆起している。

「私が来たからにはもうお前の様な犯罪者の好き勝手にはさせん!」

正義感に燃えるスーパーマン。

自らの持つスーパーパワーを使い、今まで全ての悪事を打ち砕いてきた自信を、

その逞しい肉体に漲らせていた。

 

無敵のヒーローを目の前にしても、レックスは全く慌てることなく口を開いた。

「爆破を止めたいのなら、自分で捜すんだな」

「隠しても無駄だ、私にはXレイビジョンがある」

そう言うと、僅かに眉を寄せ、スーパーマンは部屋中を見回した。

壁の向こうの配管や電気ケーブルなどが透けて見える。

重厚なデスクの後方、大きな絵が掲げられた裏に隠された壁の金庫の中に、

中身を透視できない鉛で出来た箱を発見した。

「私の目は欺けないぞ!」

落ち着き払ったレックスを尻目に、

絵を外し、壁に埋め込まれた金庫の扉をスーパーパワーでこじ開け、

スーパーマンは壁の金庫から鈍い灰色をした鉛の箱を取り出した。

 

その様子を眺めながら、レックスはソファーに腰を下ろしたまま、

葉巻の煙を優雅に吐き出した。

部屋の空気が吐き出された煙によって僅かに薄く紫色に染る。

相変わらず余裕の態度を崩さないレックスが口を開いた。

「警告するぞ、スーパーマン。その箱を開けると恐ろしいことになる!」

スーパーマンは、薄笑いすら浮かべるレックスの言葉を無視して箱に手を掛けた。

「私にそんな脅しは通じないぞ。お前の計画もここまでだ!」

レックスの言葉など全く気にも懸けずに箱を開けるスーパーマン。

 

しかし、鈍い銀色の鉛の蓋を開けたとたん、

常に冷静なスーパーマンの表情からいつもの落ち着きは失われ、

その顔には緊張感が浮かび、澄んだ青い瞳は恐怖に凍り付いている。

怖れと驚きに目を見開くスーパーマン。

「こ、これは・・・ ク・・クリプトナイ・ト・・・」

くすんだ銀色の箱の中、緑色の鉱石が妖しく揺らめく光を放っていた。