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 地球征服を企むバイラムと日夜戦いを続ける、鳥人戦隊ジェットマン。今日もバイラム

と激しい戦闘を繰り広げていたが、ジェットマンの一人、レッドホークが気づいた時には

周囲には仲間はおろか、バイラムのグリナム兵さえも姿を消していることに気がついた。

目の前にいた戦闘兵さえも姿を消している。彼一人だけが森の中に取り残されていた。

 

「一体何が起きたんだ? 長官、応答願います!」

 

 通信機能を使って基地にいる長官に呼びかけるも、雑音しか聞えず、通信電波が繋がら

ない。何度も呼びかけてみたが、応答することは一度もなかった。ジェットマンスーツの

ヘルメットにあるレーダーで周囲を見回し、敵や仲間の姿を捜索してみたが、こちらも結

果は芳しくない。通信が繋がらないため、一度変身を解くと変身ができなくなることも考

えられ、レッドホークはそのまま周囲を散策してみることにした。

 

 森の中はそれほど険しくもなく、子供でも歩けるような遊歩道が見られる。唯一つおか

しいのは、人以外の生き物の姿も見当たらないことだ。森を歩けば鳥の声を聞いたり、小

さな虫を見かけることもしばしあるはずだが、それらを見かけることさえもない。森の中

は彼が歩く音以外は静寂に包まれていた。

 

「通信が繋がる場所があればいいが……」

 

 トレーニング中にバイラムが出現したため、休息もままならない状態で激しい戦闘を行

った。元々スカイフォースの隊員として日夜平和を守るための活動を続けていたレッドホ

ークだったが、それでもこの森に入って2時間は経過している。微かに小腹が空腹を訴え

始め、喉も水を欲してきている。できれば変身を解除して休息が望める場所に辿り着けた

らいいとも思っていたが、いくら歩いても森を抜けることがない。都会の中にある一区画

の自然保護区に過ぎないはずの森にいるはずなのに、誰だけ歩いても森を抜けることはな

く、同じような風景が広がっている。

 

「やはり戦闘中に俺だけが別の場所に飛ばされたか……」

 

 ヘルメットに内蔵されたレーダーが怪しい箇所を見出さないということは、敢えて自分

をこの森に飛ばして遠くから監視している可能性が高いだろう。あるいは適当な場所に自

分だけを飛ばし、戦闘をバイラムが優勢な状況に変えようとしているかだが、今それを考

えても仕方がない。まずは森から出ることが最優先だ。そう思ったとき、遠くの景色に変

化が見られた。まだ1キロはあるだろうが、森の向こうに建造物のような物が見えてきた

からだ。敵の秘密基地の可能性もあるため、レッドホークは焦る気持ちを抑えてゆっくり

と近づいていく。先ほどよりも足音を立てず、そっと忍び寄るようにして歩き、その建造

物が何かが大体分かる所までやってきた。

 

「廃工場か何かだろうが、人の気配はなく、レーダー反応もないか……」

 

 鉄製の手動扉があり、奥には様々な機械が錆びて放置されているのが見える。こんな山

奥で何を造っていたのかは知らないが、ここが工場だった事は確かだろう。既に使われな

くなってかなりの月日が立っているのか、錆びた箇所が離れていてもはっきりと分かる。

電柱があっただろう場所は蔓植物で覆われ、水道場と思われる場所も汚れ、現状を留めて

いない。誰かが住んでいる様子も感じられなかったが、内蔵マイクが微かな音声を拾い上

げた。

 

「んっ……、こっちか!!」

 

 この廃工場は結構広いのか、奥に進んでみるとかなりの規模であることが分かる。少々

入り組んでいるものの、それほど迷うほどの広さでもない。工場で使われていただろう廃

車もあるが、撤去できない機械類以外はこの場所の操業が停止する時に持ち去られたのか、

入り口から奥が見渡せる程度までスッキリとしているのが分かる。微かな声をマイクで拾

いながら工場の敷地内を歩き続けると、レッドホークはようやく一人目の人間を見つける

ことが出来た。

 

「おーい!! 大丈夫か!! 今助ける!!」

 

 自分自身、ここが何処なのかはっきりとはわかっていないし、目の前の人間を助けられ

るのかと聞かれても何ともいえない。だが、今ようやく見つけることが出来たのは幼い少

女だった。10歳くらいと思われる背丈をしており、ピクニックかハイキングに来たと思

われる姿をしていたが、髪はボサボサで服も汚れていた。表情からかなり疲れているのが

分かり、レッドホークの姿を見た彼女は安心したのか泣き出していた。

 

「大丈夫か? しっかりしろ!!」

 

 レッドホークは少女に駆け寄り、ひどい外傷がないかを確認したが、こちらは特に問題

はないようだ。近くで見ると、遠くから見たときよりも汚れているのがよく分かり、自分

がここに飛ばされるよりも前から森の中を歩き回っていたのだろうと考えられた。家族か

友達とはぐれ、ずっと一人で歩いてきたのだろう。レッドホークは泣いている少女を抱き

上げると、抱き上げられたことでさらに安心したのか、少女はレッドホークにひしと抱き

ついた。両手両足でがっちりと少女はレッドホークを抱きしめるくらいに抱きついている。

動きにくい状態だが、自分は弱者を守る正義の味方であり、幼い少女を安心させる方が優

先であるため、戸惑いながらも好きなようにさせている。

 

「ちょっと待っていてくれよ。君をすぐに親元に返してあげるからね」

 

 レッドホークは自分にひしとコアラのように抱きついて泣きじゃくっている少女にそっ

と声をかける。すると、少女は泣きじゃくりながらも小さな頭を縦に振る。レッドホーク

は少女を優しく抱きしめながら、視線を少女から少女の背中に回してある手首のブレスレ

ットに向け、少女を落とさないように通信機のボタンを押そうとし、何かが首に触れたの

を感じた。

 

「ん……っ、なっ……!?」

 

 反射的に視線を首もとの少女へと戻そうとしてレッドホークは驚愕した。自分が抱きし

めていた少女が一瞬目をそらした隙にグリナム兵に変わっており、しかも驚いた瞬間、何

か金属のようなものがガチャリと嵌まる音が聞こえた。思わず片手を首に回すと、首には

首輪のような物がつけられている。

 

「くそっ、離せ!!」

 

 罠ととっさに判断したレッドホークは自分に抱きついているグリナム兵を引き剥がそう

としたが、両足をレッドホークの背部に回してガッチリと組み、両手を首元に回して首輪

についた鎖を掴んでいるのか、全く離れようとしない。必死になって引き剥がそうとする

が、グリナム兵はガッチリと抱きつき、レッドホークがどれだけ頑張ってもその態勢を維

持している。そのうえ、首輪につけられている鎖をおもむろに引っ張るため、首を締めら

れ、呼吸を阻害されてしまう。引き剥がそうとすればするほどその行為を行う時間は長く

なり、自分の手綱はグリナム兵に握られていると思わされてしまう。首にかかるダメージ

と苦痛は次第にレッドホークから抵抗するということを奪っていく。

 

 戦士とはいえ人間であり、森の中を長時間歩き続け、飲食も欲している状態だ。疲労は

自分が思っている以上に蓄積されている。ここで呼吸さえもままならない状態にされられ

ては無防備のままここで倒れてしまうだろう。そうすればバイラムの思う壺である。今は

抵抗することを奪われても、些細なチャンスからこの状況を脱することもできる。だから

今はと、レッドホークは抵抗する力を緩め、グリナム兵にされるがままになることにした

ようだ。グリナム兵はレッドホークが力を緩めたからか、首を絞める行為をやめたらしい。

鎖から手を離した様子はないが、その代わり、自身の頭を動かしてどこかを指し示してい

た。どうやらそこに向かって歩けということだろう。レッドホークはそれに従って歩いて

いく。正義の味方のジェットマンが戦闘兵の自分の指図を聞いていることが彼にとっては

喜ばしいのか、嬉しそうな様子が何となく感じられた。敵にされるがままになっているこ

とは屈辱以上の何者でもないが、レッドホークは悔しさを口から漏らさず、無言のまま、

グリナム兵の示す方へと歩いていった。

 

 しばらくすると、工場の別のドアが開き、別のグリナム兵が出てくるのが見えた。やは

り監視していたのか、レッドホークがグリナム兵を抱きしめている様子を見ても何のリア

クションも見せない。彼らはレッドホークに近づくと、彼の身体を押しやり、近くの壁に

背中を近づけさせる。ここで彼らはレッドホークの両足にも首輪型の足輪をつけ、そこに

鎖を取り付けていた。首と両足に枷がつき、鎖がついている状態になり、ふとレッドホー

クが背後を見ると、壁には輪のようなものがはめ込まれていた。グリナム兵たちはその輪

に首と足から伸びている鎖を嵌め、しっかりと留めてしまう。これでレッドホークは首と

足を固定され、動くことができなくなってしまった。両手には何もしないようだと一瞬思

いかけたが、彼らは腕の真ん中付近に鉄輪をはめると、後は何もしようとせず、抱きつい

ていたグリナム兵も離れ、彼らは何処かへといってしまった。

 

「こんな状態で何をするだろうか……?」

 

 ブリンガーソードやガントレット、バードブラスターは装備されたままであり、両手は

固定も拘束もされていない。相変わらず通信は遮断されていたが、鎖を切ろうと思えば切

ることは出来る。レッドホークはブリンガーソードを取り出し、鎖に向かって叩きつけた。

だが、鎖は全くビクともしない。逆に叩きつけたブリンガーソードが歪んでしまっている。

バードブラスターを至近距離で打ち込んでも、ガントレットを叩きつけても結果は変わら

なかった。鉄輪も外してみようと思ったが、腕にぴったりと貼り付いており、引き剥がす

方が困難だと分かる。

 

「こちらの装備対策は万全ということか……」

 

 首にかかるダメージや苦痛を無視して抵抗しておけばよかったと今になって後悔するし

かない。ヘタに動いては体力も無駄に使ってしまうし、敵が自分をこの状態にして次に何

をする気なのかも分からない。仲間がどうなったのかも、自分がどういう状況にあるかも、

レッドホークは全く想像がつかなかった。今できるのは、この状態で耐え続けることだけ

だった。