闇の地下プロレス(19)

 

俺はどれだけの時間、気を失っていたのだろう。

随分、長い時間のようにも思えたが、

或いはほんの1〜2分だったようだのかも知れない。

「勝者、赤コーナー・シャークブラザーズ」

気が付くと、リングで大の字になっている俺のすぐ横で、

シャークブラザーズがリングアナウンサーから勝ち名乗りを受けている。

“勝手にやってろ”

俺はそんな気分でリングに寝そべっていた。

だが、次にリングアナウンサーは思いがけない事を言い出した。

「それではこれから、敗者・アポロ星矢の処刑を行います」

会場から拍手が起きた。

“何なんだよ、処刑って?”

俺は少し顔を上げた。

「気が付いたようだな、星矢。

 ちょうど良い。これからお前の処刑が始まるんだよ」

和男だった。

「処刑だと!?」

「試合の契約書に書いてあったろう。この試合は、負けた選手が罰を受けるんだ」

契約書・・。細かい文字でゴジャゴジャ書いてあるのを、いちいち読んだ事もない。

それでも今まで何の問題もなかったから、いつも通りサインしただけだ。

「何なんだ、処刑って?」

「うるさい奴だなぁ。それは勝った俺たちが決めるんだよ!」

俺の問いかけに対する答えは、1号の脇腹へのキックだった。

「うぅっ」

俺は仰向けの体勢から、うつ伏せにされる。さらに1号は俺の背中に馬乗りになると、

俺の両手を後ろ手に縛り上げた。

「さぁ。立つんだ、星矢」

俺は1号と2号に両脇を持ち上げられて、リングに立たされた。

「さて、今度は俺の番だな」

今度は和男がロープを持って、俺の前に近づいた。和男は俺の前にかがむと、

俺のチンポと金タマをまとめて縛り上げてしまう。

「ははは。良い格好だぞ、星矢。お前、その格好でメジャーに行くつもりか」

惨めな姿を曝す俺に、和男はロープを引っ張りながら罵声を浴びせる。

「さぁ、処刑の第一弾は市中引き回しの刑だ。行くぞ、星矢。堂々と行進しろ」

俺は3人がかりでリングから降ろされ、股間に結ばれたロープを引かれて

観客席の通路をもれなく歩かされる。まだ少年の面影を残す美形であり、

華麗な技で悪役レスラーを倒してきた俺が、股間まで縛り上げられて、

観客一人一人の目の前を引き回されるのだ。俺の目から流れる涙も観客の興奮を誘う。

「さぁ、お客さん。普段はお子様チンポの星矢が、ここまでデカくして

 みなさんに見てもらいに来ました。よーく見てやってくださいよ」

「いかがです?。別料金でお触りもできますが」

1号と2号の言葉に、興奮した観客のほとんどが別料金を払って、

俺のチンポを、金タマを触りまくった。

そればかりではない。

「おい、お前のギャラもお客様からいただいた金から出てるんだぞ。

 ちゃんとお礼を言わないか!!」

和男に言われ、俺は股間を弄ばれるたびに「ありがとうございました」と

礼を言わねばならなかった。

「おや?。星矢、お前、さっきよりまたデカくなったんじゃないのか?。

 お前、触られて感じてるんだろう」

俺は和男の侮辱に答える気力もなく、ただ下を向いていた。

「こら、俺の質問に答えないか!。逆らっていると、

 いつまでもこんな格好してなきゃならなくなるんだぞ」

もうヤケだった。

俺は「あぁ、感じてるよ」と吐き捨てるように答えた。

すぐに1号のパンチが俺の股間に見舞われる。

「こいつ、礼儀ってものを知らないな。お客様に答えるんだぞ。言い直せ」

2号がマイクを向けてくる。

今まで、リングで散々にいたぶられてきた。逆らえば、またやられてしまう。

もうたくさんだ。

「はい。すみませんでした。アポロ星矢はチンポを触られて感じています」

涙が止まらなかったが、俺は屈辱の言葉を口にした。

それでも、連中のいたぶりは止まらなかった。

「これから、アポロ星矢がチンポを大きくして、みなさまのお席まで伺います。

 どうか触ってやってください」

新幹線の車内販売のような言葉も言わされた。

 

男の大事な部分を観客全員に弄ばれ、ようやくリングに戻った時、

俺はもう、精神的にはズタズタの状態だった。

そんな俺を、連中はさらに痛めつけようとする。

「それでは第二弾に移らせていただきます。次は、この試合で星矢の勝利に賭けて、

 損をした方による百叩きの刑です。星矢に賭けたみなさん。リングにお越しください」

アナウンサーに促され、客達がリングに集まってきた。順当なら俺と和男の

圧勝だっただけに数が多い。10人ずつ、リングに上がる事になった。

俺を縛っていたロープは解かれたが、客達の前に土下座させられる。

「俺が弱いばかりに、みなさまに損をさせて申し訳ありませんでした」

俺はリングに額をこすりつけて、詫びの言葉を言わされた。

客は一人一人、1号から竹刀を受け取ると、土下座している俺の背後に回り、

俺の尻を打ち据える。所詮は素人なだけに、たいしたダメージではないのだが、

チリも積もれば山となる。しかも、3人がかりで痛めつけられた後だ。

観客席を引き回されている間に、少しは体力が回復したが、

それががなければもたなかったかも知れない。

 

ようやく百叩きが終わった時、俺は四つん這いの姿勢で荒い息をしていた。

そんな俺の頭を和男が足蹴にする。

「それでは、第三弾です。次は・・」

和男が言いかけた時、俺の中で何かが弾けた。いや“キレた”のだ。

“連中の仕打ちに耐えていれば、少しはいたぶられずに済むと考えたのは甘かった。

 下手に出れば、連中は調子に乗るだけだ。

 どうせやられるにしても、もう言いなりになんかならないぞ!!”

「いい加減にしろ!」

俺は和男の足を払いのけると、腹にパンチをお見舞いした。

「うっ」

うずくまる和男。突然の逆襲に1号と2号の動きも遅れた。まず、1号をハイキックで

リング下に蹴り落とす。我に返って突進してきた2号を巴投げで投げ飛ばすと、

立ち上がったところにドロップキックを放つ。2号もリング下に転落だ。

「何が処刑だ。今まで好き放題しやがって。俺をどこまでいたぶれば気が済むんだ!」

俺は怒鳴りながら、和男を蹴り続けた。和男もリング下に逃亡する。

 

だが、俺の反撃もここまでだった。連中はリング下で体勢を立て直すと、

三方からリングに上がってきた。俺は最初にリングに戻った和男に狙いを付け、

和男の髪を掴んで、1号に向かって投げ飛ばした。2人が正面衝突する。

しかし、後ろから近づいてきた2号に、羽交い締めにされてしまったのだ。

「ちきしょー。放せ!」

俺は必死に抵抗したが、2号の怪力はそれを許さない。

そのうち、和男と1号も起き上がってしまった。ニヤニヤ笑いながら近づいてくる。

「あれだけ痛めつけてやったのに、まだ足りないようだな、星矢」

「ふふふ、星矢はもっと苛めて欲しいんだよ。望み通りにしてやろうや」

今まで、散々に俺をいたぶり抜いてきただけに、余裕綽々だ。

「うるせー!」

俺は羽交い締めにされたままながら、和男にキックを見舞おうとした。

だが、今までのダメージが溜まっているのだろう、俺のキックは和男にあっさりと

受け止められてしまう。もう一方の足も、1号に持ち上げられてしまった。

「くっ、くそー。放せ」

「よーし、放してやるよ」

俺を羽交い締めにしていた2号が手を放した。俺は背中からリングに落とされる。

その後、2号は俺の両足にロープを巻き付けた。ロープを巻かれた俺の両足は、

和男と1号によって、大股開きにされる。

「さぁ、お客さん。綱引きしませんかぁ。

 みんなで、このロープを引っ張ってくださ〜い」

2号はそう言うと、俺の両足に巻いたロープを左右のリング下まで放り投げた。

早速、ロープに客が群がってくる。

「用意できましたねぇ。それではこれから、星矢の『股裂き綱引き』を始めまーす」

2号の合図で、客達が一斉にロープを引き始めた。

「ぎゃー!!」

俺の悲鳴が地下リングに響き渡る。だが、俺が泣き叫ぶ事が、

連中には楽しくて仕方がないらしい。ロープを引く手にさらに力を込められた。

こうなったら、和男もシャークブラザーズも見ているだけだ。

「おい、俺たちは見てるだけかよ。つまらねぇぞ」

ロープの長さには限りがある。客全員というわけにはいかない。

見物しているだけの客からクレームが出た。

「いやー、申し訳ない。それじゃー、他のお客さんはリングに上がって

 星矢のココを踏みつけてやってくださいや」

1号が俺の股間を足で小突いた。

客がリングに上がってくる。

「や、やめてくれ」

俺は上半身を起こして、客達を睨みつけた。無様に股裂にされているとはいえ、

俺はレスラーだ。手も自由に動かせるだけに、十分な威圧感がある。

だが、和男は別なロープを用意すると、俺の両手を縛り上げてしまった。

両手両足を縛られ、大股開きにされた俺の股間は、完全に無防備だ。

客が俺の前にやってくる。いかにも高慢そうな奴だ。

「ふふふ、アポロ星矢のこんな姿を見れるとは思わなかったよ」

金もあれば地位もある。しかし、自分には俺のような若さもなければ体力もない。

“何で星矢のような若造が、自分にない物を持っているのか”

男には俺に対する理不尽な怒りがあった。それだけに、この男にとって

今日は大満足の一日なのだ。俺は悪役レスラーの手で痛めつけられ、

恥ずかしい姿で引き回しの刑を受けた。

そして今、目の前の俺は上半身を縛られ、両足も縛られて股裂きにされている。

男は憎しみの力を込めて、俺の金タマを踏みつけた。

「あぁっ」

俺の顔が苦痛に歪む。それからも、俺は股間を踏まれ続けた。

意識は遠のき、涙が目に溢れてくる。

やがて俺は、今日何度目かの失神をした。

 

「10万」

「20万」

「25万」

意識が戻ろうとしていた。意味の分からない声が聞こえる。

“何の意味だろう・・?”

分からなかった。

“それより、俺の処刑は終わったんだろうか?。あれだけ俺をいたぶったんだ。

 もう十分のはずだ。そうだ、俺は許されたんだ”

そう思いたかった。

「55万」

「150万」

声が止まった。

また少し意識が戻った。俺は両脇を抱えられて、リングに立たされているのが分かった。

両手両足のロープは解かれているようだ。

“まだ終わっていないのか”

その通りだった。俺の意識が戻った事に、和男が気づいた。

「おっ、グッドタイミングで星矢のお目覚めだ」

「ま、まだ俺をいたぶるつもりなのか」

「もう少しだ。がんばるんだな」

「今度は何をするつもりなんだ」

「ははは、まずはお前のストリップショーだ。

 お前のその濡れたビキニに、150万の値が付いたんだ。

 早速、お客様にお渡ししないとな」

“さっきの声はそのことだったのか”

俺は十分に戻りきっていない頭で、そんな事を考えていると、

和男は俺のビキニを鷲掴みにした。

“ここで脱がそうというのか”

俺は足を閉じ、内股になって抵抗した。

「やめろ、やめてくれ!」

俺は必死になって抵抗した。だが、腹にパンチを食い、仰向けに倒れたところを

1号と2号に両手を押さえられてしまうと、もうどうする事もできなかった。

試合の始まるまで、いや試合の途中まで、無二の親友と思っていた和男の手で、

俺のビキニは俺の身体から奪われていった。

会場から笑い声と拍手が起きる。1号と2号も俺の手を放し、

リングシューズを履いただけの、素っ裸にされた俺の姿に笑い転げている。

俺は両手で股間を隠し、内股になってリングに座り込んだ。

惨めだった。涙がまた流れる。

「みなさん、ご覧ください。地下プロレス最高の美少年・アポロ星矢が

 パンツを脱がされて泣いています」

「それもそのはず。アポロ星矢はノーパンだったんですねぇ」

1号と2号が口々に俺を嘲笑した。それに呼応して、観客席から歓声が起きる。

「おい、ストリップってのはな、見せる為にするんだよ」

「何を隠してるんだ、バカ」

俺は長髪を掴まれて立たされた。両手で股間を隠してはいたが、すぐに払い除けられた。

自分でも不思議なぐらい身体に力が入らない。脱力状態だ。

「ほーら、お客さんによく見てもらうんだぞ。これがアポロ星矢のオチンチンですってな」

俺は両手をだらりと下げたまま、1号に髪を掴まれてリングを一周させられる。

「ははは、アポロ星矢も思ったより小さいんだな」

観客の声に、また笑いが起きた。

「すいませんねぇ、俺たちの鍛え方が足りないもので」

「でも、これでもデカくなってんですよ。普段はお子様サイズなんですから」

何を言われても俺は反発する気力もなく、素っ裸でリングの上を引き回された。

 

「ふ〜ん、星矢も少しは大人しくなったんだな。もう少しで終わるからな。

 あと、もう一つお客様にお渡ししたら終わりだ」

“終わる”

和男の口から出た言葉が、どれだけ嬉しかった事か。

“しかし、あと一つとは何だろう?。俺が身につけているといえば、

 あとはリングシューズだけ。これを脱がされれば、文字通り生まれたままの姿に

 されるが、そんな物で良いのなら・・”

俺の思考は、1号の腹へのパンチで中断された。

「けっ、大人しくなるのも良いけどよぉ。アポロ星矢がリングで素っ裸にされて、

 チンチン丸出しで、ボケ〜っと突っ立ってるってのもなぁ」

うずくまる俺に、今度は2号が尻に蹴りを入れてきた。

「ほんと。情けねぇ奴だぜ」

「まぁ、良いじゃないか。弱い者イジメはこの辺にしようや」

1号と2号に、また痛めつけられようとしていた俺にとって、

和男の言葉は天使の声のように聞こえた。

「さて、みなさん。アポロ星矢の処刑もいよいよ最後です」

今度は和男に背中を蹴られ、俺はうつ伏せに倒れた。リングシューズに手がかかる。

“リングシューズも脱がされて、本当の素っ裸にされたら終わりなのか”

しかし、そんなに甘くはなかった。

 

和男は俺にロメロスペシャルをかけてきた。無防備なチンポを突き出したような

格好にされ、観客から笑いが起きる。

“何をするつもりなんだろう”

股間に何かが塗られた。1号はカミソリを持っている。

「なぁ、星矢。お前のお子様チンポを、もっとお子様チンポらしくしてやるからな」

股間でカミソリが動くのが分かった。

“俺のチン毛を剃っているのか”

それが分かったところで、俺には何もできなかった。もう体力も気力も尽きていたのだ。

ただ、新しい涙が流れた。

「こいつ、チン毛を剃られても無抵抗かよ。情けないねぇ」

2号の言葉も頭の中を素通りした。

 

剃毛が終わると、俺は技を外され、リングに立たされた。

「さぁて、みなさん。アポロ星矢は、今日からリングネームを改め、パイパン星矢でーす」

さっきと同様、髪を掴まれてリングの上を歩かされる。

「ははは、似合ってるぞ」

「毛がない方が、少しはデカく見える」

俺は罵声を浴びながら、リングの上を歩かされた。観客は総立ちだ。

「ヨーシ。これじゃ後ろのお客さんは見えないよな。

 おい、星矢。下に降りて、よく見もらってこい」

俺の髪を掴んで、俺を引き回していた1号は、俺をトップロープから

リング下に投げ落とした。俺が下でうずくまっていると、2号が来て

また尻を蹴られた。

「おい、ぐずぐずするな。さっさと見てもらってこい」

俺は起きあがると、和男も下に降りてきた。

「これがお前のチン毛だ。あのお客さんが落札した物だからな。

 自分でお渡ししてくるんだぞ」

和男に言われ、俺は自分のチン毛の入った透明なケースを渡された。

俺はケースを受け取った時、初めて自分の股間を見た。

チン毛はなくなり、子供のような股間になっていた。

それを恥ずかしいと感じる気力もなく、俺は夢遊病者のように観客席の通路を歩いた。

さっきは縛られた上に、連中に取り囲まれて歩かされた通路を、今は一人で歩く。

Tフロントより恥ずかしい格好でだ。

「アポロ星矢のツルツルチンポだ」

「おっと、今日からパイパン星矢だったな」

観客の嘲笑も耳に入らなかった。至る所でツルツルになったチンポを触られたが、

もう何も感じなかった。

 

落札客のところまで行くと、俺は自分のチン毛を差し出した。

「俺のチン毛です」

落札客は俺のチン毛を受け取った。

「ははは。これがお前のチン毛か。それにしても、客に対して『俺の』はないだろう。

 言い直せ」

「僕の・・、いえ、パイパン星矢のチン毛です」

落札客は、今度は俺のチンポを摘んで、子供のような俺のチンポを丹念に見た。

「んっ。ここに剃り残しがあるな」

1号と2号がすっ飛んできた。

「あっ、申し訳ありません。こら、星矢。お前もお詫びしないか!」

剃った張本人の1号に、頭を小突かれる。

「申し訳ありません」

俺は落札客に頭を下げた。

「今から剃りますので」と言う1号を

「いや、いい」と落札客が制止した。

「アポロ星矢は今日から生まれ変わる。リングの上で、自分で剃らせるんだ。

 いいか、お前は今日からパイパン星矢だ。今度は完全にツルツルするんだぞ」

 

落札客にそう言われ、俺は1号と2号に連れられてリングの上に戻された。

これから、自分の手で剃毛の続きをしなければならない。大勢の客の見つめる中、

自分の手でチン毛を剃るのだ。だが、俺はそういう屈辱や恥ずかしさを感じる感覚も

麻痺していた。俺はカミソリを受け取ると、淡々と剃り残しのチン毛を剃った。

「アポロ星矢がパイパン星矢になる為に、自分でチン毛を剃ってま〜す」

1号の罵倒も観客の笑い声も、どこか遠くの事のようにに聞こえる。

俺は自らの手でツルツルになった股間を見せる為、再びリングを降りた。

またしても観客から触りまくられながら、落札客の前に進む。

「パイパン星矢になってきました」

落札客の前で、股間を前に突き出した。さっきと同じように、チンポを摘まれ、

入念なチェックを受ける。

「ヨシ。これでOKだ」

俺は落札客のOKをもらってからも、すべての客にパイパン星矢として

ツルツルのチンポを見せて回った。

 

俺がリングに戻ると同時に、リングアナウンサーがリングに上がった。

「これでアポロ星矢の処刑を終了します。今後はパイパン星矢の活躍にご期待ください。

 本日は、ご来場ありがとうございました」

客達も今日の試合に満足して、引き上げていく。

ついに、俺の長い長い試合が、いや処刑が終わったのだ。

客がいなくなった後も、俺はリングの上に立ちつくしていた。

和男達3人はリング下に降りたが、控え室に引き上げるでもなく、観客席に座っている。

連中に気兼ねしてか、若手がタオルを持ってくるような事もなく、

俺はツルツルになったチンポを曝したままだった。

何もする気が起きなかった。身体を少しでも動かすのが億劫だったのだ。

 

やがて、若手がイスの片づけを始めた。若手に急かされるように、

和男達も立ち上がったが、連中はまたリングに上がってきた。

「おい、いつまでボーっとしてるつもりだ」

「チン毛がなくなったのが、そんなにショックなのかよ」

「まぁ、これでお前のメジャー行きもパァになった事だし、

 これからはパイパン星矢としてがんばるんだな」

3人は口々に俺を罵倒した。俺は何か言う気力もなく、立ちつくすだけだ。

「おい、一丁しごいてやろうぜ」

「そうだな、パイパン星矢のデビュー戦だ」

俺はまたも3人がかりで痛めつけられた。素っ裸の俺を和男が殴りつけ、

1号が踏みつけ、2号が足蹴にする。俺は無抵抗のまま、散々にやられ、

リングに大の字になって、今日最後の失神をした。

 

ガシャガシャ。俺は若手が折り畳み式のイスを片づける音で目が覚めた。

若手の話し声も聞こえてくる。

「星矢さんも、今日は散々だよなぁ」

「ほんと。最後の最後までやられて、まだ伸びてるぜ」

「でも、これからどうするんだろうね。メジャー行きはパーだろうけど、

 本当にパイパン星矢で試合に出るのかな?」

「さぁな。でもパイパンはパイパンだろ」

俺がまだ気絶していると思って、勝手な事を言っている。

だが、“これからどうするんだろう”という言葉に、俺の思考力は少し回復した。

たしかに、メジャーへの道はなくなった。だからといって、このまま地下プロレスに

残ればどうなるのか。

地下プロレスでは、通常のファイトマネーの他に、いかに客の満足する試合をしたかで、

能力給が加算される仕組みになっている。客の満足とは、ヒールなら、いかに相手を

惨めに痛めつけるかであり、ベビーフェイスなら、痛めつけられて、

苦痛の表情や呻き声をいかに上手に演出するかだ。俺も急所攻撃を受けた時など、

多少のオーバーアクションでサービスしていたが、メジャーの夢があったから

勝負にはこだわってきた。俺が和男と組んで連戦連勝する試合など、

客にとっては面白くなかったろうが、俺がメジャーに移籍すれば、

地下プロレスのオーナーには高額のトレードマネーが入る。

だから、オーナーも何も言わなかった。しかし、俺のメジャー行きが絶たれたとなっては

話が変わる。俺はパイパン星矢として、屈辱的な試合を強いられる事になるだろう。

“引退するしかないか”

俺はそう思った。

 

「おい、星矢。まだいるのか」

俺の思考は、和男の声で中断された。

俺が顔を上げると、和男がリングに上がってくるところだった。

「お前なぁ、いつまでも寝そべってるんじゃねぇよ。若手の邪魔だろうが」

そう言うと、俺の髪を掴んで立たせ、俺をリング下に放り投げた。

「そうそう、星矢。お前の次の試合、つまりパイパン星矢としてのデビュー戦だな、

 その予定が決まったそうだ。お前は若手と一緒にバトルロイヤルに出る」

オーナーの考えそうな事だと思った。地下プロレスでバトルロイヤルと言えば、

一種のリンチだ。たぶん、“前回の屈辱的な敗北で、大きなダメージを負った俺が、

今度は若手レスラーによって、散々に痛めつけられる”というようなシナリオを

描いているのだろう。若手も金が欲しいはずだ。事実、和男の話を聞いて、

会場の片づけをしていた若手の顔が変わった。まるで、まな板の上の鯉を見るような目で

俺を見ている。俺をどう料理しようかと思いを巡らせているのだろう。

“ふん。勝手に考えてろ。俺はもう引退だよ”

俺はよろよろと立ち上がって、控え室に向かって歩き出した。

 

俺が控え室に戻ると、一人の男が待っていた。

「あっ、慎也さん」

メジャー団体『横浜プロレス』のスカウトだ。

俺は今さらながら、自分が素っ裸のままであるのを思い出し、顔から火が出るほど

恥ずかしくなった。

「だいぶ、派手にやられたようだね、星矢君」

「は、はい。あの話はもうダメですよね」

「うん。残念ながら、そういう事になるな」

「分かりました。負けは負けですから・・。諦めます」

「いや、あの試合は3対1になってしまった。あの状況なら負けたのは仕方がないよ。

 だがね、今だから話をするんだが、君の獲得には私自身も迷いがあった。

 君がウチに来れば、確実にもっと強くなれるはずだ。君がウチのメインイベンターに

 なるのも時間の問題だと思っている。しかしね、私は君の精神的なもろさを

 感じていたんだよ。今までの君は、地下プロレスという、プロレス本来の姿としては、

 次元の低い世界に身を置いてきた。だからこそ、今の実力でも勝ち続ける事ができた。

 だが、メジャーに来れば、たしかに将来はメインイベンターの素材でも、

 最初は負け続けになるはずだ。そんな時、今まで順風満帆でやってきた君が

 果たしてその試練に耐えれるかどうか・・」

俺は話を聞いていて、段々腹が立ってきた。

“地下プロレスだから勝てた”

“精神的なもろさ”

勝手な事を言いやがって!。

[お言葉ですが、慎也さん。俺の実力は、メジャーでも通用すると思っていますよ。

 それに、地下プロレスは弱肉強食の世界です。温室育ちのメジャーのレスラーとは、

 精神的に鍛えられ方が違います]

「しかしね、地下プロレスのレスラーが反則なしでメジャーに勝てるかね?。

 いや、反則をしたとしても、メジャーに勝てると言えるのかね?」

「うっ・・」

俺は自分が今までに対戦した相手を思い浮かべた。無理だと思った。

「そして今日、君は試合に負け、惨めな仕打ちを受ける事になった。

 君が初めて味わう逆境だ。その時の君はどうだったね?。

 茫然自失の状態になってしまったんじゃないかね?」

返す言葉もない。黙るしかなかった。

「ほら、そうやって、都合が悪くなると、意気消沈してしまう。君の悪いところだ。

 『これからの俺を見ていてください』とでも言えないのかね。

 私はまだ、君を諦めたワケじゃないんだよ」

「えっ?」

「むろん、すぐ契約というワケにはいかない。君が私の言った弱点を克服した時、

 改めて契約書を持ってくるよ」

「弱点を・・克服・・ですか?」

「そうだ。まず、君は地下プロレスのレスラーは、反則をしてもメジャーには

 勝てないと認めた。そして、君は自分がメジャーの実力があると言った。

 だったら、これからの君は、反則ナシで戦うんだ。たぶん、君の股間は

 今までよりも攻撃の的になるだろう。だが、反則をされても勝てると言うのなら、

 君は金カップは付けてはならない。いいね」

「は、はい」

「そして、地下プロレスの事だ。君がパイパンになった事で、相手は君を裸にしようとも

 するだろう。だが、どんな状況になろうとも、今日のように萎えてしまう事なく、

 堂々と戦って欲しい。分かったね」

「はい」

「繰り返すが、私は君を諦めてはいない。君は将来、横浜プロレスのメインイベントを

 飾るレスラーになる。私はそう信じている。その為に、今の逆境に負けないで欲しい。

 もう一度、契約書を持って、ここに来る日を楽しみにしている」

「分かりました。ありがとうございます」

俺は慎也の手を握りしめた。

 

数日後、俺は若手に混ざって、バトルロイヤルに出場した。

選手一人一人の名前がコールされ、リングに上がっていく。

最後にひときわ大きな声で、俺の名前がコールされた。

「パイパン星矢〜!!」

俺は前回と同じ、蛍光オレンジのブーメランビキニでリングに上がった。

今日のレフェリーはシャークブラザーズだ。

「さすがにパイパン星矢だ。いかにも“脱がしてください”というコスチュームだな」

「また裸にされて、リングの上で泣きベソかくんじゃねぇぞ」

早速、1号と2号が揶揄してくる。だが、今日の俺はそんな事には屈しなかった。

“見ていてください、慎也さん。俺は強くなります”

ゴングが鳴った。若手はまず俺を標的にしてくる。一人一人はたいした事のない奴だが、

質より量、多勢に無勢だ。俺が連中の攻撃をしのいでいたのは、せいぜい2〜3分。

すぐに押さえつけられ、俺のビキニは奪われた。またリングの上で裸にされる。

だが、今の俺は怯まなかった。俺は素っ裸で、若手にドロップキックを見舞い、

トップロープから投げ落とし、次々にフォールを奪っていった。

 

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ここは地下プロレスが行われているホテルの最上階。

このフロア全体がスイートルームになっている。この部屋を住居として使っているのが、

地下プロレスのオーナーだ。いくつかある部屋の一つは執務室として使われており、

巨大なモニタースクリーンが地下で行われている試合を映し出していた。

スクリーンの中では、素っ裸で善戦した星矢も力尽き、コーナーに磔にされて、

若手に散々ないたぶりを受けている。

「ははは。アポロ星矢も落ちるところまで落ちたものだ。

 和男やシャークにいたぶられた後は、そのまま夜逃げでもするんじゃないかと

 本気で心配したのだがな。これも、君の暖かい励ましのお陰だろうな」

オーナーが隣の男に話しかけた。慎也だ。

「恐れ入ります。星矢はイケメンなだけの男で、頭は至って単純ですから、

 私としても扱いやすい男でした」

「まぁ、星矢と和男のペアが勝ってばかりでは、客を満足させる事はできんかったからな。

 これからは、星矢にも稼いでもらわねば」

「はい。ですから、譲渡金も奮発させてもらいました」

「うむ。しかし、奴の実力でメジャーが務まるものなのか」

「大丈夫です。私は長い間、本物のヒール役が務まるレスラーを捜していました。

 金の為には親友も裏切るようなね」

慎也はそう言って、和男のメジャーへの移籍契約書を取り出した。