チェイン・リアクション(7) 

クラブ

 

 シャリースの屋敷に戻った五人は、それぞれ『手土産』を持って、ドンの部屋に入った。

「収穫はたっぷりと」

 ウージーがヘラヘラ笑いながら、変身が解けたバンを床に放り出すと、

他の四人も次々と放り投げた。

「よくやった、と言いたいところだが、お前らは一体何をしたんだ?」

 フェルディナンドは肩をすくめて、

「ちょっと麻薬を・・・」

 と呟くと、シャリースは椅子から立ち上がり、

「馬鹿どもが!」

 と大声で怒鳴りつけた。

「生きたままで連れて来いとは言ったが、おまけまでつけろとは言ってないぞ!

 しかも麻薬だと!?」

 驚いたコルテスは、

「待ってくださいドン・モントリアーニ、落ち着いて」

 と言ってなだめようとしたのだが、

「何も根こそぎさらってくることはないだろう!」

 シャリースはまるで聞いていない。

「こんなことをしでかして、ばれたら俺はまたぶち込まれる!

 軽くて終身刑だろうよ!」

「あの、ドミニクはいい方法がある、と」

「何だそれは?」

 ようやく落ち着いたのか、シャリースはゆっくりと椅子に腰掛けた。

「我々は警察権の及ばない惑星でどんな商売を?」

「売春宿にバー・・・、何だって言うんだ?」

「新しくできた銀河連合はSPDの警察権は執行できないし、情報の共有もない。

 拠点をそこへ移すのです」

「・・・それで?」

「そこの商売にこいつらを役立てればいいんですよ。たとえばこいつ」

 ドミニクはホージーを足でつついた。

「こいつはファイトクラブにでも出させましょう。潜入捜査で前歴がある。次にこいつ」 

 今度はセンを足でつついた。

「ポルノにでも出させようかと。地球人ブランドは売れ筋です」

 今度はバンを足でつついた。

「こいつは企業舎弟が刑務所惑星をやってるところの風俗劇場に出そうかと」

 ドミニクはテツの髪の毛を掴んで、シャリースに顔を見せた。

「そして本星のこれ。どうします?」

「ぐ・・・」

 テツが気を取り戻した。

「起きたか?」

「シャリース・・・」

「この場で頭ぶち抜きます?」

 シャリースは首を振った。

「殺す値打ちもない。こいつはどうするんだ?」

「はあ、それがなかなか一筋縄ではいかない奴でね。

 薬を与えれば素直なんですが、効果がなくなると元に戻っちまうんで」

「任せる。惑星連合へ出発する準備をしておけ。

 お前らはどこか別のところに身を潜めろ」

 シャリースが部屋を出て行くと、ドミニクは仲間を見て、

「じゃ、俺が言った通りの場所へ売り飛ばすんだ。テツは俺に任せてくれ」

 コルテスはドミニクの肩を叩き、

「分かった。しばらく会えなくなるな」

 と言うと、ドミニクはコルテスを抱きしめ、

「コルテス、寂しいよ」

 と言った。するとウージーが近寄り、

「おいおい、離れるのはいいけどその前に貸した金返してくれよドミニク」

 同じように肩を叩く。

「分かってる。それじゃまたな」

 ドミニクはテツを連れて、アジトのある場所へ連れて行った。

 

 地下深くにある六畳ほどの部屋の壁に、テツを磔にした。

 部屋の隅には様々なコンソールやパソコンが整然と並べられ、

テツの生体情報を映し出していた。

 腕のブレスロットルに器具を繋げられ、テツぐったりとしている。

 まだ薬が抜けきっていないのだ。

 ドアをくぐってドミニクが部屋に入ってくると、テツがじろりと睨み付ける。

「いつまでそんな目をしていられるかな?」

 パソコンの前に座り、キーボードをカタカタ叩くと、ブレスロットルが反応する。

 そして強制的にブレイクへと変身させられたのだ。

「うん、使えるな」

「一体何を・・・」

「商売のためさ。生身じゃ売り物にならないんだよ。

 お前の先輩と同じ所で働いてもらうのさ」

 ドミニクは机の引き出しから一枚のチラシを出して、それを見せた。

「ここでお前とバンが変身して、歌って踊って、セックスを披露するのさ」

「誰がそんなことするか!」

「お前の意思は関係ない、そのために教育するんだから」

 ドミニクは色々な器具をブレイクに取り付けた。

 下半身の電極が微弱な電流を流し始めると、ブレイクは体を震わせた。

 肉棒が徐々に膨らみ、スーツにくっきりと形を浮かび上がらせる。

 秘所に付いた電極も、じわじわと微電流で刺激を始める。

 前立腺を引っかかれているような疼きを感じて、肉棒がビクンビクンと反応を始めたのである。

 ドミニクはその様子を満足そうに見つめて、電圧を調整するツマミに手をかけた。

「ぐわ・・・」

「気持ちいいだろ?

 ほら、もっとだ」

 ツマミをまわすと電圧が上がって、ブレイクの体にかかる快感がさらに跳ね上がる。

「うわああああッ!」

 腰を突き出しガクガク振って、津波のように押し寄せる射精感を堪えようと

必死になる姿を、ドミニクは面白そうに見守った。

「ほら、出しちゃえよ」

「い、いやだ! 誰が・・・ぐわッ! うわああああッ! あっあぁ・・・、クソ・・・わあああ・・・」

 亀頭が熱を持ち、徐々に感覚がなくなり始めた。

「リラックスしろよ」

「うわあああ! あぐううッ! ク、クソ! やめ・・・ぐわああああッ!」

 股間に先走りが染み出してきた。

 体をピンと張り、腕や足の筋肉がスーツにはっきりと浮かび上がるほど力を込めて堪えた。

 だが、我慢しても我慢しても、どんどん電圧を上げられて、力を振り絞っても追いつけない。

「うぐあッ! イッ・・・イクッ! イクッ! イックッ! ・・・う、うがああああッ!」

 スーツの染みが一気に広がった。

 生暖かい精液を吐き出して、ブレイクの股間をねっとりと包む。

「くはっ・・・」

 ブレイクはがっくりと頭をたれた。胸が大きく上下して、

精液の染みが股間全体を覆い尽くすほどに広がる。

「どうだった? 誇り高いスーツを卑猥な体液で汚す気分は?」

「く・・・、クソが!」

「まだそんな強がりを・・・。操り人形だってことを教えてやらないとな」

 ドミニクはブレイクの拘束を解くと、頭に奇妙な形のヘルメットをかぶせた。

 そして自分もヘルメットをかぶり、それに繋がったグローブと、ブーツを履く。

 ドミニクは笑いながら、腰に手を当ててポーズをとると、

ブレイクの体も同じポーズをとったのである。

「これは!?」

「お前の運動神経を乗っ取ったんだよ」

 ドミニクが宙返りをすると、ブレイクも宙返りをする。

 しばらくそうやって遊んでいると、突然部屋のインターホンがなった。

「誰だ?」

「俺だ、コルテスだ」

「どうした?」

「連合行きの船が欠航していけなくなった。

 悪いが荷物を一緒に持っていってくれ」

「分かった。今開ける」

 ドアを開けると、バンを抱えたコルテスが入ってきた。

「早速やってるのか」

「ああ。ちょうどいい、そいつのライセンスに繋げてくれ」

 ドミニクがコードを放り投げると、コルテスがライセンスにつなぐ。

 そしてキーボードを操作してレッドに強制変身させた。

「これでいいか?」

「ああ。ついでにそいつを壁に拘束してくれ」

「OK」

 レッドを壁に磔にすると、コルテスは手を振って部屋を出て行く。

「先輩に何をする気だ!?」

「さあ?」

 鉄パイプをブレイクに放り投げた。そしてそれを拾わせる。

「まさか・・・」

「そうだよ」

 ブレイクの体が勝手にレッドの前まで歩き出し、鉄パイプをバットのように握り締めた。

「いやだ、やめろ!」

 鉄パイプを思い切り振り、レッドの股間を殴った。

「ぐわあああああッ!」

 痛みでレッドが意識を取り戻した。

「こ、後輩?」

「ち、違うんです!」

「なんで、なんでこんなことするんだよ?

 仲間だろ?」

「違うんですよ!

 自分は・・・」

 今度は鉄パイプで胸を突いた。レッドのスーツから火花が散る。

「がはあッ!」

「やめてくれ!

 止めてくれ!」

「ぐわあああッ!」

「嫌だ、何でこんなことをしなくちゃならないんだ!」

「ぐはッ!」

 ドミニクはブレイクを見てニヤリと笑うと、ブレスロットルを操作させたのである。

 

「超電撃拳・・・」

「待て!

 体が・・・」

 ブレイクの体が勝手に動き、超電撃拳スーパーエレクトロフィストを発動させたのである。

「かわいそうに。せっかくこっちで怪我の治療がすんだばかりだったのに」

 ドミニクが腕を振ると、ブレイクの腕も同じように動き、

レッドの股間に電撃拳が炸裂したのだ。

パンチを食らった瞬間、レッドの全身に稲妻が走り、光に包まれた。

そして大爆発したのである。

「うわああああああああッ!」

 爆煙に部屋が包まれると、すぐに排煙装置が作動して部屋の外へ煙を逃がした。

 煙の中から浮かび上がったレッドの体は、無残に変わり果てていたのである。

 大爆発のせいでスーツは黒焦げになり、体のいたるところはスーツが破壊されて

回路が露出しているか、それすらも破壊されていた。

「気絶したか。どうだブレイク?

 全部お前がやったんだ」

「違う! お前がやらせたんだ!」

「その気になれば俺を殴る事だってできた。

 それだけ気力がない証拠なんだよ」

「違う・・・」

 ドミニクが大の字に立って、感覚器官のスイッチを切る。

 同じ体勢で固定されたブレイクに歩み寄ると、おもむろに股間に手を当てたのである。

「じゃあどうして勃ってるんだ?」

「違う・・・」

「俺は神経自体に刺激を与えてるわけじゃない。

 普通こんなことしてればそっちに気が行って萎むよな?

 説明してもらおうじゃないか」

「これは・・・」

「頭の中のイメージを同時に吸い出してたんだが・・・、とんでもない野郎だな」

 ドミニクはモニターをブレイクに見せた。そこにはぐったりしているレッドを犯す

ブレイクの姿が映されていたのである。

「俺にコントロールされて、レッドを攻撃。

 それでぐったりしたらこうなるんじゃないかって勝手に妄想してたわけか」

「つ、作り物だ! 嘘だ!」

「強がっても無駄だよ。セックスの楽しみを覚えちゃったのかな?」

 ドミニクは机の引き出しから、注射器を取り出して、ブレイクの首筋に打った。

 その瞬間頭がくらくらして、体の力がスーッと抜けていくのを感じた。

 あの麻薬だ・・・。

 必死で意識をつなぎとめようと気力を振り絞る。

 だが、もう一本もう一本と麻薬を打たれ、その気力すら奪われてしまったのである。

 大の字に立ったまま気を失ったブレイクに、ドミニクがいたずらを始めた。

 鎖で縛り上げて天井に吊るし、レーザーで股間を焼ききって勃起した肉棒を引きずり出すと、

レッドの腕の拘束を解いてそれを握らせたのである。

 ブレイクに取り付けた装置の一部をレッドに取り付け、感覚器官を起動して神経を乗っ取る。

 ドミニクは煙草をふかしながら、二人が意識を取り戻すのを待った。

 一時間ほどして、レッドが気を取り戻した。

「ドミニク・・・」

「ん? どうした?」

「ブレイクを、テツを逃がしてくれないか?」

 ドミニクは煙草を消して立ち上がった。

「こいつはかわいい俺の後輩なんだ。最初は生意気ばっかり言ってたけど、今は違うんだ」

「だから?」

「俺はどうなってもいいんだ。逃がしてくれるなら喜んでドミニクに協力するよ。

 だから・・・」

「じゃあ誠意を見せてもらおうじゃないか」

 ドミニクはレッドに取り付けた器具を外し、神経を解放する。

 レッドがブレイクの肉棒から手を離そうとすると、ドミニクがその手を止めた。

「しごいて見せろ」

 レッドは頷いて、ブレイクの肉棒を上下にこすり始めた。

「人間としての部分がまだ残ってたんだな。驚いたよ」

「テツを助けてくれるんだろ?」

「さあ? そいつは本人に聞けばいい」

 ドミニクはブレイクのマスクに、薬品を染み込ませた布を当てた。

 すぐに意識を取り戻したブレイクが、ゆっくりとドミニクを見る。

「目の前にいるのは誰だ?」

「・・・分からない」

 ブレイクの言葉に驚いて、レッドの腕が止まった。

「じゃあお前は誰なんだ?」

「分からない。ここはどこ?」

「テツ・・・?」

 麻薬が記憶を破壊してしまったのだ。

「俺が分からないのか?」

 ブレイクが頷くと、レッドは肉棒から手を離した。

「どうしてやめちゃうの?」

「え?」

「握られてると気持ちよかったのに」

 ドミニクはブレイクを天井から下ろすと、椅子に座らせた。

 変身を解いたテツは、テーブルの上にある粉状に加工された麻薬を手に取り、

指に乗せて鼻から吸い込み始めた。

「こら、そんな純度の高いものを一気に入れたら死ぬぞ」

「だって欲しいんだ。これがあると思い出せそうな気がして」

「何を思い出したいんだ?」

「自分が誰なのか、だよ」

 テーブルに這いつくばって、粉に鼻を埋めて麻薬を吸い上げる。

 その様子をじっと見ていたレッドは、体をよじった。

「欲しくなったのか?」

 ドミニクがレッドの前の前に注射器をちらつかせた。

「あそこまで意地の強い奴は記憶ごとパーにしないと使い物にならないんだよ」

 そう言って、注射器を握らせる。

「俺も、同じようにするのか?」

「いや? 他の連中は耐性がなくて完全にラリッてるが、それじゃ寂しいだろ?」

 レッドが首をかしげた。

「今朝の新聞の一面に出てたよ。

 お前の仲間の女と、ドギーがICUに入ったけど、助からなかったってな」

「嘘だ・・・」

「後でニュースでも見ればいい。この麻薬はやりすぎると神経を破壊する。

 そのせいであいつは自分が誰なのかも、お前が誰なのかもわからなくなっちまった。

 そこでお前まで同じようにしたら誰があいつのことを思い出してやるんだ?」

 レッドは黙って、手の上の注射器を見つめた。

「年甲斐もなく妙な仏心が出ちまったよ。少しずつお前が話して聞かせてやればいい」

 

 ドミニクはそういい残して、部屋を出て行った。

 レッドは注射器を握り締め、

「テツ」

 と声をかけた。

「何?」

「お前、本当に自分が分からないのか?」

「うん」

「そうか・・・」

 テツがじっと、レッドが握っている注射器を見つめている。

「あのさ、それ打たないの?」

「え?」

「打たないならちょうだい?」

「あ、ああ・・・」

 注射器を差し出すと、テツは嬉しそうにそれを手に取った。

 麻薬を注射する様子を、レッドは複雑な気持ちで見つめていたのだった。


 惑星連合のうちの一つ、モントリアーニファミリーの一派が運営する刑務所の脇に

ある風俗劇場の前に、人だかりができていた。

 店の看板の脇に掲げられたポスターに、満面の笑みを浮かべて肩を組むバンとテツが載っている。

 受刑者の一人が列を掻き分けて、入り口の前にやってきた。

「今日は入れないのか?」

 と入り口の脇に立つガードマンに声をかける。

「今日は会員限定のイベントだから無理だ」

「何でだよ、イベントのチケットだって全部買ってるじゃないか!」

「限定のお披露目イベントが終わればいつでも見られるんだから我慢してくれよ。

もう四十人も同じこと言われて頭にきてるんだ」

「わかった悪かったよ」

 受刑者が悪態をついて入り口から離れていく。

「お待たせいたしました!」

 ドアが開くと、列を作った会員達がなだれ込んでいく。

酒やお菓子を買って劇場へ行く者、ロビーで煙草をふかす者、様々である。

入場整理をしていたガードマンの一人が、ドミニクに気付いて頭を下げた。

「出足は?」

「好調です。今日は三回目なんですけど、無人惑星が一個買えるくらいの収益ですよ。それも入場料金だけで」

「そいつは凄いな」

「そうそう、言い忘れてましたけどSPDの公安官が」

 と、ガードマンが電柱の後ろを指差した。ドミニクが振り返ると、二人の公安官がさっと身を隠す。

「安心しろ、彼らの権限は及ばないところだ。せいぜい報告ですむ」

「分かりました。ご覧になりますか?」

「ああ」

「それじゃ、ご案内します」

 ガードマンに連れられて、ドミニクは劇場へと入っていった。

 オペラハウスのような造りの劇場はすでに満席だった。

 一般席もボックス席も人で埋め尽くされ、異様な熱気に包まれている。

 劇場の特別席に通されたドミニクはウィスキーをたっぷりと注いだグラスを傾けながら、

じっとステージを見つめた。

 程なくして照明が落とされ、幕がするすると上がる。

 敵に捕まったSPDの陵辱劇という安っぽいシナリオだが、娯楽に乏しいこの星では、唯一のエンターテイメントでもあるのだ。

 ステージの上のレッドとブレイクのスーツが破壊され、

恥部が露になると会場がどよめく。

 そして敵役の台詞に従って、ステージの上でセックスが始まると、全員が釘付けになった。

 ドミニクはウィスキーを飲み干して特別席を出ると、

さっきのガードマンが血相を買えて走ってきたのである。

「どうした?」

「すぐ裏口から逃げてください!」

「何があった!?」

「SPDと連合警察が宇宙港を閉鎖したんです!」

「何だって!?

 でもSPDと連合警察は・・・」

 惑星連合は銀河系の政治形態に反対する反政府勢力が主体となって設立されたもので、

捜査協力はしても惑星連合内での警察権を執行することは不可能なのだ。

「何でこんなことになったんだ?」

「それが、政変が起こって・・・。融和主義者がクーデターを・・・」

「なんてこった!」

 ドミニクは毒づいて壁を叩いた。

「だから、早く裏口へ!」

 ガードマンに腕を引っ張られ、劇場の裏口へと走っていく。

 後ろから銃声と客の悲鳴が背中を追いかけてくる。

「こっちです!」

 とガードマンが角を曲がった直後、ドミニクの鼻先にいくつもの銃口が突きつけられた。

「SPDだ、止まれ」

 後ろからも銃口を突きつけられた。

「連合警察だ、武器を捨てなさい」

「ドミニク・アブレヒトだな?」

「ああ」

「SPD公安官の逮捕及び拉致、惑星連合が定める不法薬物取締法違反で逮捕する」

 連合警察官の一人がドミニクの手を掴み、手錠をかけた。

すると裏口が開いて、

「ご苦労さん」

 と聞き覚えのある声が響いた。

「コルテス!?」

 悠然と立つコルテスはニヤリと笑った。

「また会えて嬉しいよドミニク」

「お前・・・」

 コルテスは顔に貼り付けたゴムマスクをはがした。

 そして、再び見覚えのある顔が現れたのである。

「ハメやがったな!」

 連合警察組織犯罪対策課のボスとして、モントリアーニファミリーを追い掛け回していた

マレス・トムリアンデだったのである。

「本物は三年前に死刑が確定してる。連れて行け」

「貴様!

 ふざけやがって!」

「暴れるな、これ以上怪我人を出したら出てこられなくなるぞ」

 マレスは次々と逮捕されていく客達を掻き分け、劇場へ入った。

ステージの上の二人も身柄を拘束され、ぽかんとしている。

「失礼」

 マレスが声をかけると、バンが頷いた。

「まず、君の同僚についてお悔やみを申し上げる。

 生き残ったほかの同僚はこちらで保護してあるから心配しないでくれ」

「あの、俺達は・・・」

「君達は検査の後更生施設に入ってもらう。

 状況が状況だったわけだし、罪に問われることはない」

「あの、こいつは俺の同僚で・・・」

「姶良鉄幹君だね?

 記憶障害も治療すれば大丈夫」

 それを聞いて安心したバンははじめて、心から笑った。

「ほら、救急車がきているからそれに乗りなさい。歩けるか?」

「はい、大丈夫です」

 バンはまだきょとんとしているテツの体を抱いて、公安官に付き添われながら劇場を後にした。

 空を見上げると、衛星軌道の周りを沢山の宇宙船が流れ星のように明るく輝いて回っているのが見える。

「ねえ、なにがどうなってるの?」

「助かったんだよ」

 そう言って、二人が救急車に乗り込むと、ゆっくりと動き出した。

 車内で鎮静剤を注射されると、次第に体が重くなってきた。

「テツ?」

「なに?」

「治療がすんで元通りになったら、二人で一緒に帰ろうな」

「うん? ああ、いいよ。よく分からないけど」

 バンは微笑んで、テツの体を抱き寄せた。

「この匂い・・・」

 と、不意にテツが呟いた。

「なんか、ずっと前から覚えてる気がするよ」

 バンは胸の奥で湧き上がる甘酸っぱい思いをかみ締めながら、ゆっくりと目を閉じたのだった。