アバレッド陵辱(1)

 

「すみません!」

 スーツ姿の男が、廊下を歩く中年の男に声をかけた。

「はい?」

「スタジオへの行き方がわからなくなっちゃって・・・」

「スタジオ? 一般の人・・・じゃないよね」

「ええ、今年Kテレビに入る事になりました。アナウンス部です」

「そっか。それじゃ僕が案内してあげるよ」

 二人は、廊下を歩きだした。

「最近物騒ですよね」

「ああ、まったくだ。テレビ局の人間が次々と失踪してるんだからな」

「ええ。Kテレビの人ばかりですよね」

「うん。最初にディレクター、次がADだろ? カメラマン、美術・・・」

「失踪したスタッフだけで番組が作れますね」

「まだまだ。タイムキーパーと、アナウンサーもいるね。僕達も気を

つけないと」

 中年の男はそう言って笑った。

「僕達?」

「ああ、僕はタイムキーパー。番組は時間が命だからね。それに君

はアナウンサーなんだろ?」

「ええ、確かに。こりゃおちおちコーヒーも飲んでられないですね」

「いつどこでいなくなるのか・・・。困ったもんだ」

 ここ数日、テレビ局のスタッフが失踪する事件が相次いでいたの

である。このタイムキーパーの男の同僚も、三日前に謎の失踪を

遂げていたのだ。不安になって当然である。

「あの、この部屋は何ですか?」

 スーツの男が足を止めて、「資料室」とプレートがかかったドアを

指さした。

「そこは立入禁止だよ」

「へえ」

 スーツの男はニヤリと笑って、資料室の中に入ってしまった。

「ちょっと! 君!」

 タイムキーパーの男が慌てて後を追う。ドアがバタンと閉じてし

ばらくすると、その男の悲鳴が廊下にこだました・・・。

 

 伯亜凌駕は、買い物の帰り道に、公園によって一休みしていた。

恐竜や名物のカレーの材料が急に足りなくなって、おつかいを頼

まれていたのである。

「いい天気だなぁ」

 ベンチに腰掛けて空を見上げると、雲一つない青空が広がり、

太陽の光が温かく降り注いでいる。風はまだ冷たいが、太陽の

光のおかげで身震いするほどではない。

 凌駕が視線を戻すと、その先には子供と母親が、楽しそうにバ

ドミントンで遊んでいる。

 見ているこっちまでほほえましくなるような光景に、凌駕は思わ

ず頬を緩めた。

 と、その親子の後ろで、何かが怪しげに光ったかと思うと、まる

で蜃気楼を見ているように後ろの建物が揺らぎ始めたのである。

「なんだ?」

 凌駕は立ち上がって、ゆっくりとその『揺らぎ』に近付いていく。

バドミントンをしていた親子が、険しい顔の凌駕を怪訝そうに見

つめている。

「これは・・・」

 凌駕がその『揺らぎ』に手を伸ばした瞬間、

「ワッ!」

 もの凄い力で腕を引っ張られ、凌駕の体は『揺らぎ』の中へと

吸い込まれていったのである。

 七色に光る不思議な空間を、凌駕は転げ落ちていく。やがて

出口が見え、凌駕は地面に叩きつけられ、気を失ってしまった。

 それから、どれくらい時間が経ったのだろうか。

「うっ・・・」

 気がついた凌駕がうっすらと目を開けると、そこはさっきの公

園だった。

「イテテ・・・」

 落っこちた時にどこかをぶつけたのだろう。体の節々がギシ

ギシと痛む。凌駕は顔をしかめながら何とか起きあがって周り

を見渡した。

 バドミントンの親子もいないし、振り返って道路を見ると、車が

一台も走っていない。そればかりか、歩道には人の姿もなく、

空を見上げると雲一つない青空は変わらず、太陽の姿だけが

見えなかったのである。

 凌駕があたりに視線を走らせると、突然白いボディと黒いボ

ディのバーミア兵が現れた。

「エヴォリアン!?」

 驚いている凌駕に、バーミア兵が襲いかかる。

 いつものように(?)バーミア兵を殴ったり投げ飛ばしたりして

蹴散らしていると、不気味な笑い声が響いてきた。

 ゲルルを蹴り飛ばし、

「誰だ!?」

 と叫ぶと、柱の影からスーツの男が姿を現した。

「最後の失踪を飾るのは君か」

「なに!?」

 凌駕は新聞に出ていた見出しを思い出した。テレビ局員謎の

失踪、である。

「お前達の仕業か!」

「一部はそうだが、一部は違う」

「どういう事だ!」

「誘拐する前に自分からいなくなった人間もいたわけだよ。我々

はそこに目をつけて失踪事件に見せかけただけだ。悪いが、全

ての悪事を我々のせいにするのはやめてくれないか?」

「なぜテレビ局の人間を誘拐した!」

「報道特番を作るためだよ」

 スーツの男はフッと口元を歪めて笑うと、静かにこう言った。

「貴様の最後を放送するためにな」