夕焼け小焼け



「だぁぁぁぁ!うるせぇぇぇぇっ!!」
 屯所中に土方の声が響き渡る。
 それと同時に襖が力強く開けられ、土方は外へと飛び出した。
「土方君、待ってくれ!!」
 泣きつくように土方の袴の裾にしがみ付いたのは新選組参謀、伊東甲子太郎である。
「伊東参謀、いい加減離れて頂きたい!」
 必死に袴から引き剥がそうとする土方に死んでも離さないという意欲に燃え、更に強くしがみ付く伊東。
「いったい君は何が気に入らないんだ!!」
「あんたのすべてだ!!(きっぱり)」
「君の気持ちはわかる!」
 伊東はなぜか自信たっぷりな顔で自分の胸に手を当てた。
「この美しい僕に嫉妬心を持ってしまうのはしょうがないことだ!!」
 やけにきっぱりと言い放つ伊東に土方の怒りのゲージはあとわずかでMAXに達する所まで来ていた。
 そんな土方に気づかずに伊東は更に話す。
「だが、君だって美しいんだよ!」
「そしてその美しさを最大限に生かせるのはこのぼく・・」
「総司〜!!」
 伊東の話が終わらないうちに身体を丸めて総司を呼びながら走り出した。
 (あの野郎!今日こそは絶対抹殺してやる!!)
「総司はどこだ〜」
 屯所中を怒鳴り散らしながら総司を探して歩く。
 そんな土方を見て、稽古中の平隊士達は怯えながらも答えた。
「お、沖田先生は神谷の身体の具合が悪いとかで医者に付き添って行かれましたが・・・」
「なに〜!?」
 あまりに憤怒の形相で土方が自分達を見たので隊士達は「ひっ!」と声を詰まらせた。
(総司の奴、何かというと神谷にべったりだ!)
(これが他の隊士なら付き添いなんてしねぇくせに、特別扱いしやがって!!)
 他の隊士に示しがつかないと怒りつつも、それが寂しさからくる嫉妬だとは気がつかない。
「ちっ!」
 舌打ちをしてその場を離れようとした。
 隊士達もホッとした瞬間、向こうからドスドスと足音が近づいてくる。
 姿こそ見えないが一瞬にして土方の身体に鳥肌が立った。
 やがて角から姿を現した人物の姿を見て今度は土方が「ひっ!」と詰まらせた。
「土方君!こんな所にいたんだね!」
 土方を見つけた伊東は頬を染めて喜んだ。
「ぎゃ〜!!!」
 土方は叫び声をあげながら全速力で走り去った。
「あぁ!土方くん・・」
 あっという間に小さくなった土方の後姿を見送りながら、伊東は涙を浮かべた。
「土方君、本当に君は罪作りな男だ・・」
 一人酔い痴れるその男を見て、その場にいた隊士達は皆一斉に思った。
「今日も屯所は平和だ」と・・・・




 屯所から逃げ出した土方はトボトボと行くあてもなく一人歩いていた。
 陽はだいぶ傾いていて、一番星が輝いていた。
 遠くの山に目をやる。
 太陽は山に寄り添っていて、山から離れるほど空はだんだんと朱色から藍色へと変化していく。
(昔、こんな夕日を近藤さんや総司と一緒に見たっけな・・)
 過去を振り返るなんて我ながらガラじゃないと思うが、なんだかひどく懐かしくて寂しい気分になった。
(なんだか妙にあの二人の顔が急に見たくなっちまったな・・)
 気がつくと、更に日は傾きすれ違う人の足の速さは増していた。
(屯所に帰るか・・)
 来た道を戻ろうと振り返ると、そこに不安そうに辺りを見回す桜色の着物を着た童女が立っていた。





あとがき

なんだか長くなりそうなので一区切り。
伊東さん初登場ですが、なんだかまだまだ
ですね。
奥が深い人だ・・・


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