席替え



                 「今日のHRは席替えをしま〜す」

                  副委員長が籤の入った箱を上下させながら嬉しそうに宣言した。

                  誰かが籤を引くたびに一喜一憂の声が上がる。
                  ついに私の番が来て、ドキドキしながら箱に手を入れた。

                (こういうのって深いところを探るよりも一番最初に触ったものを引くと
                意外と良かったりするんだよね)

                  えい!と一番最初に指に触れた紙を引いて中を見た。

                 「香穂ちゃん、どうだった?」
                  友達が「私はよりによって教卓の前だよ」と頬を膨らませている。

                 「窓際の後ろから三番目!」

                  そこはポカポカと日当たりが良い上に先生からの死角というベストポジション。
                  友達には悪いけど、嬉しくて笑みが零れた。


                 「あっ、月森君だ」

                  今の席になって知った事がいくつかある。
                  一つは音楽科の2年A組は月曜日の三時間目は体育の時間だという事。

                  休み時間に窓から外を見ると、クラスメートと一緒に運動場に向う月森君を見ることが
                  出来る。
                  月森君のジャージ姿なんてあまり見る機会がないからこの時間はとても貴重だ。
                 
                  「今日は何をするのかな?」
                   運動場は少し離れているから授業風景を眺める事が出来ないのが唯一の心残り。
                   窓枠に肘をついて見送りながら「怪我しないでね」と念を送ってみた。
                   すると、いつもは足早に通り過ぎる月森君がなぜかこっちを見上げた。

                   予想していなかった事に思わず固まってしまった。

                  (どうしよう・・今更隠れるのも怪しいし・・)

                   オタオタしていると、月森君が立ち止まって何か言っているのが見えた。

                  「え・・何?」

                   よくわからなくて更に身を乗り出す。
                   月森君は声には出していないらしく、口だけ動かしている。
                  「口パク!?わかんないよ」
                   私は頭を抱えた。
                   一生懸命考えてもよくわからない。
                   う〜む。
                   最初は「あ」ぽいかな
                   もう一度下を見たら、月森君がクスリと笑っていた。

                 (絶対、帰って来るまで解いて見せるんだから)
              
                   私はノートに考えられる言葉を並べていた。

                   授業終了後。
                   再びそこを通った月森君にノートを掲げて見せた。
                   私が考えたさっきの口パクの答えが油性マジックで書いてある。

                   月森君を見下ろすと、呆れたように首を振っていた。
                   違うの!?
                   いっぱい考えた結果がこれなのに。
                   ノートを見つめてぶぅと頬を膨らませた。

                   放課後。屋上で月森君に暗号の答えを聞いた。
                   どうやら窓から身を乗り出す私に注意をしたかったらしい。
                   私の出した答えに月森君は心底呆れ顔だった。

                   「次こそは絶対当ててやるんだから!!」
                    意気込む私に月森君が訊いた。

                   「ところで、君はあの時間は何の授業なんだ?」
                   「数学!暗号を解いてたから短く感じたよ」

                    月森君は私の言葉を聞いて眉間に皺を寄せた。


                   それからというもの、月森君は月曜日のこの時間の度に口パクで暗号を
                  残していく。
                   私は、三時間目の数学の問題と一緒にこの暗号を解くのが日課になった。
                   
                                                       月森視点へ



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