二つのプロポーズ



                          レコーディングスタジオの前でタクシーから降りた
                        月森は思わず顔を顰めた。
                          スタジオの入ったビルの隣に並ぶ宝石店。
                          その前を行ったりきたりしている挙動不審者に
                         思いきり見覚えがある。

                         「土浦・・・・」

                          名前を呼んだ声にも嫌悪感が含まれているのが
                         伝わったのだろう。
                          土浦も振り返って月森を認めた瞬間、眉間に皺を寄せた。

                         「月森・・・」
                         「こんな所で何をしているんだ?」

                          宝石店の看板と土浦を交互に見比べると土浦がバツの悪そうな
                         表情で顔を背ける。
                          自分でも店の雰囲気と合っていないのは解っているのだろう。
                          しかも生涯の天敵と言っても過言ではない月森に見られて
                         しまったのだ。
                          一気に互いの機嫌のメーターが悪いの方向へ急上昇する。

                          「お前には関係ないだろう」
                           何とも予想通りの返答に月森は少々呆れ気味に溜息を
                          ついた。
                          「確かに・・・」

                          「君がどこで何をしていようが俺には関係が無い。が・・・」
                          「図体のデカイ挙動不審者が店の前をうろちょろしていたら
                         店員も心中穏やかではないだろう」
                          「警察を呼ばれる前に要件を済ませるのをお薦めする」
                          「どんなに相容れない相手だろうが、やはり顔見知りが捕まるの
                         を見るのは忍びないからな」

                          「きょ、挙動・・不審・・者?」
         
                           月森の言葉に一瞬唖然とした土浦だったが、我に返るとすぐに
                          怒りをあらわにした。

                          「お前・・相変わらずムカつく奴だな」
                          「知り合いとして忠告したまでだ」
                           
                           お互いにしばし睨みあい、膠着状態が続く。
                           美形同士の睨みあいに通りすがりの女性は一瞬色めきあうが、
                          まるでブリザードに見舞われたような冷たい雰囲気に近寄ること
                         が出来ず、わざわざ二人を避けるように歩いていく。

                           最初に沈黙を破ったのは月森の方だった。

                          「時間の無駄だな・・・」
                          「俺はこれから仕事なのでこれで失礼する」

                           月森が隣のビルに向かってさっさと歩き出した所で
                         ぐっと後ろから肩を掴まれた。

                          「おい・・・」
                           振り返れば、相変わらず眉間に皺を寄せた土浦が月森の肩を
                        掴んだまま立っている。
        
                          「まだ何か?」
                           月森もより一層に言葉に冷たさを含ませた。

                           再び始まった修羅場の雰囲気を感じ取り、歩行者もチラチラと
                          横目に眺めながら二人を見守っている。

                          「喫茶店に行かないか?」
                          「・・・・・・・・・・・・・は?」

                           思いも寄らない土浦の言葉に月森の動きが止まる。
                           そして軽く首を振った。

                          「今日は耳の調子が悪いようだ」
                          「すまないがもう一度言ってくれ」
                           月森は右耳を押さえながら土浦にもう一度促した。

                           土浦の額にピシっと血管が浮かび上がる。

                          「耳の調子が悪いでもなく、聞き間違いでもねぇ!!」

                          「ここでお前にあったのも何かの縁だ」
                          「折り入ってお前に相談したい事がある」

                          「一緒にそこの喫茶店に来てくれ」

                           二人が出会って9年ほど・・・・。
                           今までかつてなかった出来事に月森は本気でこう思った。
                          
                          (今日はこんなにいい天気なのに)
                          (槍が降ってくるかもしれないな・・・・・・)

                          (香穂子に怪我がなければ良いが・・・)

                  

                             本当は一話完結予定だったんですけど、この二人の
                            話をあわせて書くのは私には一話では無理でした。
                             月下都市を書いてる途中ですがプチ連載。