二つのプロポーズ
部屋の中に一歩足を踏み入れるなり、天羽と冬海は目を丸くした。
目の前のテーブルやその周りにはたくさんの雑誌が広げられている。
部屋に入って手にとって見ると、そのすべてがブライダル雑誌や
ウエディングドレスのカタログ、結婚式場などのパンフレットだった。
それらを見て、この部屋の主は本当に結婚してしまうのだなと感慨
深く溜息をつく。
「今、すごく散らかってて・・ごめんね」
「菜美も笙子ちゃんも座ってよ」
その主である香穂子は適当に雑誌を閉じると、それらを重ねて
本棚の上に積み上げた。
「本当に月森くんにプロポーズされたんだね。香穂」
天羽は置いてあったクッションを抱えながら、テーブルの前に
腰を下ろした。
それに倣う様に笙子も隣に座る。
「本当にって・・何よ?」
ティーカップの載ったトレイを運びながら香穂子が天羽を見つめる。
「だってさ・・・」
天羽はテーブルに頬杖をつきながらベッドの所に飾られた写真たて
に視線を移した。
写真の中で仲良く寄り添っているのは香穂子と今や人気の
ヴァイオリニストとなった月森だ。
「あの月森くんがどんなシュチュエーションでどんなセリフで
香穂にプロポーズしたか興味あるじゃん?」
鞄の中からいつも持ち歩いているカメラを取り出し構えると、
ファインダー越しに香穂子の表情を覗き込んだ。
レンズの向こうの香穂子はむぅっと頬を膨らませると同時にやや
赤く染めている。
どうやら相当ロマンチックなプロポーズだったと見える。
「そんなの!私と蓮だけの秘密です!!」
フイっとそっぽを向く仕草は同じ女である天羽から見ても
愛らしく感じる。
これがいざとなったら月森よりも男前な性格になるのだから面白い。
「私の事より、菜美と笙子ちゃん達はどうなの?」
「私たち・・ですか?」
先ほどから黙って二人の話を聞いていた冬海が香穂子から
の視線を受けて顔を上げた。
「二人だってうちと同じくらい長いじゃない?」
「そっちだってそろそろ結婚してもおかしくない頃だと思うけど?」
香穂子の言葉に天羽が「それはないない」と勢い良く手を振る。
「うちはないね。今は仕事が楽しいからそっちが優先」
「それになんかもう恋人というより、くされ縁みたいな感じよ」
「それでも一緒にいてすごく安心できるんだけどさ」と笑った。
「逆に冬海ちゃんのところは今でもラブラブよね?」
天羽がからかうような視線を隣に向けると、笙子が困ったような
そして寂しげな笑みを浮かべながら首を傾げた。
「あの・・・・お二人は誰のことをおっしゃってるんですか?」
「誰って・・・やだな〜!土浦くんとのことに決まってるじゃない!?」
「毎日のようにデートしてるって聞いたよ」
「本当、仲が良くて羨ましいよ」
天羽の言葉に笙子は軽く首を振った。
「誤解です。先輩」
「私と土浦先輩は付き合ってません」
「「え!?」」
思わぬ言葉に香穂子と天羽が同時に驚きの声を上げた。
「確かに・・土浦先輩は仕事帰りに良く送ってくれたり、そのついでに食事を
したりしますが、付き合ってる訳じゃありません」
「少なからず、お互いの口からそれらしい言葉も出たことがありませんし・・」
「ただ・・・私が土浦先輩の優しさにいつまでも甘えてるだけなんです」
俯いて目を閉じる笙子の身体が震えだしたことに二人は気づいた。
「だから私、香穂先輩が羨ましいんです」
「本気で愛し愛される人に出会って、結婚する香穂先輩が・・・」
「私はまだ・・・誰からも思われたことなんてないから」
「だから・・・だから・・ほんとに羨ましくて・・・・・・」
「笙子ちゃん・・・」
名前を呼んだものの、香穂子はそれ以上言葉が続かなかった。
懸命に笑顔を浮かべようとした笙子の目から涙が溢れ出した。
慰めてあげたいと思っても、彼女の気持ちがわかるだけに逆に言葉が
見つからない。
何を言っても安っぽい気がして・・・。
それは天羽も同じらしく、黙って笙子を見つめていた。
「やだ・・ごめんなさい・・・」
「泣くつもりなんてなかったのに・・・・」
笙子は両手で顔を覆い、涙を隠そうとする。
必死に涙を止めようとするが、雫は後から後から溢れ出して行く。
「泣きたいだけ泣きなよ」
「ここには私と香穂しかいない」
「思いっきり泣いた方がすっきりするよ」
見かねた天羽が優しく笙子の肩に手を置くと、自分のハンカチを
差し出した。
だが、笙子はそれを拒んだ。
「ダメです・・。私弱いままじゃダメなんです」
「だって、私の弱さが土浦先輩の幸せな出会いの機会まで
奪ってしまっていた」
「もう、土浦先輩には甘えられないんです」
「だって私・・・・・」
笙子の口から出た言葉に香穂子と天羽は目を瞠った。