朧月夜8


「さて、まだ問題は残ってますね」
 私は彼女の目に溢れる涙を指で拭った。
「問題?」
 神谷さんは私にしがみついたまま問い返した。
 なんだか今日はやけに甘えん坊さんですね。
 でもちょっと嬉しいです。(笑)
「やだなぁ、どうやって帰るかですよ」
 私が言った途端、ガバっと身体を離すと驚いたように私を見た。
「何か方法知ってます?」
「い、いえ何も・・・」
 青い顔をして勢い良く首を横に振る。
「その様子だとこれっぽちも考えてませんでしたね」
「すいません・・」
 神谷さんは自分の両手で頬を押さえると「私という奴は・・」と落ち込み始めた。
(くるくると表情が変わって面白いなぁ、って私も真面目に考えないと・・・)
 二人でう〜んっと首を捻りはじめた。
「心配するな」
 その声にハッとして振り返った。
 そこには神谷さんに刺されたところを苦しそうに押さえながら立つ”神”がいた。
 神谷さんは仕留められなかったことに焦ったのか再びお菊の手を伸ばそうとした。
 それを腕を伸ばして遮る。
「大丈夫ですか?」
「私には元々命はない、この痛みも幻にすぎない」
「それより、私がお前たちを元の場所に帰してやる」
「え・・?」
「どうして・・」
 私たちは戸惑いを隠せなかった。
「私は、その娘の強さに惹かれてここに連れて来た」
「だが、お前は女のくせに剣を持ち、戦おうとする」
「そこまでのじゃじゃ馬娘はここにいても私の手に負えないさ・・」
 神谷さんはその言いぐさに憤慨していたけれど私にはなんとなくこの人の優しさがわかったような気がした。
 そう、最初からこの人は私を殺すつもりなんて無かったのだ。
 もしそのつもりがあったなら最初に私が仕掛けたときにあの力を使って倒す事が十分に出来たはずだ。
 例え無意識だったとしてもそうしなかったのはこの人の優しさであり、弱さでもある。
「ありがとう」
「可笑しな奴だ、敵に礼をいうなんて・・」
「よく言われます」
 お互いの顔に笑みが浮かんだ。
 神谷さんだけが頬を膨らませてむくれていたけど。
「!!」
徐々に私たちの周りに霧が立ちこめ始める。
「さぁ、戻るがいい」
「お前たちの帰りを待っている者がいる・・」
 私たちの身体が霧に包まれていく中で私は”神”に聞いた。
「貴方をここから解放する術はないのですか!?」
 ”神”はその問いには答えず、ただ悲しそうに笑うだけだった。
(それが答えですか・・・?)
(また貴方は気の遠くなるような時間をここで一人で過ごすのですね?)
 それは何にもまして拷問のように感じ、気の毒に思った。
 やがて霧は私たちの視界を塞ぎ、反転し始めた。
 隣にいる神谷さんの身体をぐっと引き寄せる。
「沖田先生」
「大丈夫・・」
(もう、離れたりはしないから・・・)


 
「行ったか・・・」
 再びこの世界は私だけとなり、静寂が訪れる。
 元に戻っただけなのに物悲しく感じるのはなぜだろう。
「あの二人のおかげで心が満たされていたということか」
 身体が無くてもそんな事が出来るのだと知る。
 悲しくなる必要なんてどこにも無い。
 たとえ自分が意識のみの存在だったとしても、人間よりも長く時をすごす分だけまだ色んなことを知る事が出来る。
 そう思うことが出来るなら気の遠くなるような時間も過ごしていけるような気がした。
「礼を言うのは私の方だったな」
 ぼんやりとした月が浮かんだ空を見上げて”神”は思った。



「「わ〜〜〜〜!!」」
「ぐえ!」
 ドサドサと身体が落ちたかと思うとどこからか蛙が潰れた様な声がした。
「痛たたた」
 頭を押さえながら身体を起こす。
「か、神谷さん大丈夫ですか!?」
 ハッとして慌てて神谷さんを助け起こす。
「いったぁ」
 神谷さんは何とか起き上がると「大丈夫です」と答えた。
 神谷さんがどこも傷めていないことを確認すると思いっきり抱きしめた。
「お、沖田先生・・・/////」
「よかったですよぉ」
「今、蛙みたいな声が聞こえたからてっきり神谷さんが潰れたかと・・」
「何言ってるんですか?」
「私はそんな声出してなんかいないですよ」
「え?」
「じゃあ今のは・・」
 そのまま自分達の下を見た。
「「さ、斉藤さん(先生!)!!」」
 そこには見事に私たちの下敷きになっている斉藤さんがいた。
 急いで除けると斉藤さんはフッと笑いながら起き上がった。
「二人とも・・無事で良かった・・」
「心配していたんだぞ・・」
「す、すいません」
「兄上大丈夫ですか!?」
 真剣に心配する神谷さんをよそに私は確かに斉藤さんから負のオーラを感じていた。
(怖いなぁ、あの”神”以上に感じますよ・・)
「ところで沖田さん」
「な、何でしょう?」
「聞きたい事はたくさんあるがその前に言いたいことがある」
「は、はい?」
 額にタラリと冷や汗が出た。
「いったいいつまで・・」
 斉藤さんの刀がカチャリと音を立てた。
「そうして抱きついてるつもりだ!!」
「うわ〜〜〜〜〜」
 ギリギリのところで刀を止める。
「斉藤さん真剣ですよ!?」
「私、死んじゃいますよ!?」
「そのつもりでやっている」
「ひど〜〜い!!」
 斉藤さんは刀を構えて私を追いかけてくる。
「オイオイ、何の騒ぎだ?」
「何かさっき光ってたよね?」
 騒ぎを聞きつけて原田さんたちが覗きにやってきた。
「なんか総司と斉藤が戦ってるぞ」
「面白ぇ!やれやれ!!」
「助けてくださいよ!」
「じっとしていろ〜」
「してられませ〜ん!!」
 外に逃げ出すと空には春特有のぼんやりとした月が浮かんでいた。
 思わず立ち止まって見上げる。
 限りある命の中で同じ志を持つ仲間にこんなにたくさん出会えた幸せを改めて感じる。
 首にひんやりと冷たい感触。
「私の追われてるのに余裕だな、沖田さん」
「きゃ〜〜〜〜」
 刀を突きつけられて再び逃げ始める。
「斬る!」
 斉藤さんに追いかけられながら思ったこと。それは・・・
 
  (本当に怖いのは仏や神よりも身近な人間かも知れませんねぇ。)


                                  朧月夜 完



  後書き

 ようやく終わりました。
 色んなキャラの視点になっていたので読みづらいこと
 極まりないですよね。すみません・・
 この話を書いていて思ったこと。
 それはセイちゃん視点よりも総司視点の方が書きやすい
 ということでした。
 最初はセイちゃん視点で書いてたんですけど、納得出来なくて全部
 消したので予定よりUPが遅くなってしまいました。
 今も全部納得は出来てないんですけど、でもとりあえず良かったわ、
 終わって。
 感想など聞かせて頂いたら幸せです。

  
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