朧月夜 1


 セイがその掛け軸を手に入れたのは本当に偶然のことだった。
 副長である土方に使いを頼まれ、その用事を済ませた帰り道にその店はあった。
 店の前にはたくさんの本に始まり、不気味な人形やなぜか土瓶などが所狭しと並べられていた。
「一体、何屋さんなんだろう?」
 薄暗い店内を覗き込む。よくは見えないが店の中も様々な物がおいてあるようだった。
 じっくり見てみたい気もするが、どこか異様な雰因気のその店に入ることは度胸がありまくりと総司に評されるセイでも躊躇うものがあった。
 さんざん迷った挙句、「ええい!」と気持ちを奮い立たせてついに足を踏み入れた。
 店の中はまるで太陽の光を拒むかのようで、カビや埃の臭いがした。
 目に付いた物を手にとり眺めて見る。
 古い望遠鏡や意外に高そうな皿など、掘り出せば色んな物が出てきて宝探しのような気分になれて楽しかった。
(今度は沖田先生と一緒に来てみよう・・)
 隊随一の剣の腕ながら、どこか子供のように純粋なところがあるあの人もきっと一緒に楽しんでくれる。
 そう思うと自然と心が温かくなる。
「・・・・・・・・」
「え・・・?」
 不意に声をかけられたような気がして振り返った。
 だが、どこにも人の姿はなく気配すら感じない。
「おかしいな・・・」
 改めて店内を見回すと一本の掛け軸が目に入った。
 近づいてマジマジと眺めて見る。
 水墨画で仙人でも出てきそうな谷に異国の装束を纏い、刀を持った男が
顔を横に向けてまるで隣に誰かいるかのように手を差し出している。
 なんとなくその掛け軸から目が離せないでいるとカタンと物音がした。
 慌てて振り返ると年老いた男が一人立っていた。
 「その掛け軸が気に入りましたか?」
 老人は穏やかに言った。
「すいません、勝手に見たりして・・」
「いやいや、こんなガラクタ見てくれるだけでありがたい」
 自分でもガラクタだと思う物をよくここまで集めたものだとセイは思った。
 再び視線を掛け軸に戻す。
「これが気に入りましたか?」
「なんだか、誰かに呼ばれた気がして振り返ったらこれがあって・・」
「ほう、これの声を聞きましたか・・」
 老人は感心したようにセイを見た。
「これを私のところに持って来た男はこれは清の武将の絵だと言いました」
「清の・・?」
「ええ、武士がこの掛け軸を持てば剣の腕を上げ、守りとなってくれると・・」
 それを聞いてセイは興奮して訊ねた。
「それは本当ですか!?」
「さぁ、私は見ての通り、町人ですから」
 老人の言葉に途端に肩を落としてそうですよね・・と呟いた。
 そんなセイを見て微笑むと軽く頷いた。
「もし良ければこの掛け軸をもらっていただけませんか?」
「え!?いいんですか?」
「見たところ花のように美しい方だがお武家様のようだし、あなたのような方の手元にあればこの絵も本望でしょう」
「ありがとうございます!!!」
 セイは勢いよく老人に向って頭を下げた。
 掛け軸を受け取るとまた来ますといってセイは嬉々として店を後にした。
 そんなセイを見送りながら老人はポツリと呟いた。
「まるで女子のようなのに・・」
 なぜか老人はあの掛け軸が持ち込まれた時の事を鮮明に思い出していた。
 あの掛け軸を持って来た男は武士が持てばお守りとなると言った。
 だが、女子がもてば・・・
 心配することはない。
 あの人は見た目こそ女子だが武士なのだから。
 老人は心配事を頭から振り払った。
 実は女子と言う秘密を持つセイが、この掛け軸を手にしたことによってとんでもないことになるとはまだ誰も知らなかった。






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