恋とは?後編2
― 神谷さんの心を知ろうとするならば、自分も打ち明けなくては駄目だ ―
嘉平さんの言葉が頭の中をグルグル廻る。
そんなことはわかっている。
でも、それを素直に実行出来るほど、人の心は簡単じゃない。
もし仮に打ち明けたとして・・・受け入れてもらえなかったら?
(私は神谷さんに拒絶されるのが何より怖い)
(あの人に拒絶されるくらいだったら・・・・・)
一人重い足取りで屯所に戻ると、門の所に神谷さんが座り込んでいた。
「沖田先生・・・・・」
不安そうな表情で私に駆け寄ってきた。
「あの・・・嘉平さんは・・・?」
(こんな時までこの人は他人の心配をするのか・・・・)
一気に苛立ち始めた。
「人の心配をするなんて随分と余裕があるんですね」
「私がどれほど迷惑しているかわかりませんか・・・・?」
私の低い声に神谷さんは怯えながら顔を上げた。
(神谷さんに拒絶されるくらいなら・・・・)
「いい加減、貴女にはウンザリです」
「局長には私からお話をしますから今すぐここから出なさい」
(先に私が拒絶してしまえばいい・・・)
「幸い、嘉平さんという協力者もいることですしね」
「ちょうどいいじゃないですか?」
「イヤです!!」
私の言葉に神谷さんは首を強く振って声を荒げた。
「イヤです!絶対に!!」
「先生にどれだけ嫌われようともそれだけは譲れません」
神谷さんは目に鋭い光を持って私を見返す。
(なぜ・・・・)
「なぜ、そこまでしてここにいたいんです?」
「嘉平さんと一緒にいれば女子としての幸せが得られるかもしれないのに」
「それは・・・・」
神谷さんが困ったように言葉を濁した後、決心したような表情になった。
「私が女子として恋をしているのは嘉平さんではありませんから」
「それは、どういう・・・」
「もうすぐ、巡察のお時間です」
「先に戻って準備をしてまいります」
神谷さんは一礼すると、答えることなく屯所の中に入って行った。
(それは、どういうことですか・・・・?)
私は先生の元から走り去ると、人の気配のない裏庭へとやってきた。
木にしがみつき、上がる呼吸を整える。
「馬鹿セイ・・・」
「もう少しで思いを口にしてしまいそうだったじゃない」
それを口にすればここにはいられない。
そもそも女子の自分を見て欲しいなんて望まなければ総司と喧嘩なんてしなかったのだ。
「棄てようこんな思いは・・・」
「武士になるって決めたんだから・・」
私は自分に言い聞かせるように呟くと、少しだけ浮かんだ涙を拭って部屋へ戻った。
「監察方より、今晩、ある料亭で反幕派が密会をするという情報が入りました」
「私たちはこれより、そこに向かいます」
「皆さん、気を引き締めていってください」
感情のない声で沖田先生がみんなに説明する。
いつもと違う雰囲気にみんなが黙って顔を見合わせた。
暗闇の中、料亭に到着した私たちは気づかれないように周りを包囲した。
みんなが位置についた合図に沖田先生は店の中に踏み込んだ。
「ごめんください」
「いらっしゃいませ」
中から女将らしい女が出てきた。
「ここで今晩反幕派の会合があると聞いてきたのですが」
女将が驚いたような表情を浮かべる。
「な、何のことやらうちにはさっぱり・・・」
「ちょっとお邪魔しますよ」
先生は女将を押し退けて土足のまま上がりこんだ。
それに私たちも続く。
「新選組や!逃げて!!」
女将が奥に向かって怒鳴ると部屋から数人の男達が抜刀して出てきた。
沖田先生が待っていたとばかりに斬り捨てる。
小さなこの料亭は廊下が狭く、大人数ではかかってこれないために、沖田先生
と一対一の勝負を余儀なくされるのだ。
部屋に踏み込むと、幾人かが窓から外へと飛び降りていた。
きっと、その連中も外を包囲している隊士が捕らえてくれるだろう。
部屋の中にいた浪士をほぼ全員捕縛したところで、私は妙な気配を感じた。
嫌な予感ともいうのだろうか。
(どこ・・・?どこから?)
私は集中して部屋の中を見回した。
カタン。
小さな物音が襖の向こう。
隣の部屋から微かに聞こえた。
他の隊士達は捕縛の方に集中していて気づいていないようだ。
「各隊士、それぞれ報告を・・・」
沖田先生がその襖に背を向けて立ち止まった。
「沖田先生!!」
私が飛び出すと同時にボスという音を立て、襖を突き破って刀が飛び出した。
私は沖田先生を突き飛ばすと、刀は私の腕に刺さった。
「神谷さん!!」
崩れる私の身体を沖田先生は抱きとめると、襖の向こうにいる敵に向かって自分の
刀を突き刺した。
「ぐっ・・」
呻き声が聞こえたかと思うと、襖と共に男が倒れこんできた。
「せんせ・・・ご無事ですか?」
「えぇ、あなたのおかげです」
「すぐに医者に連れて行ってあげますからね」
先生は手ぬぐいで私の腕を縛った。
痛みで意識が朦朧とする。
腕を血が伝うのがわかった。
(あれ、何だか視界がボンヤリしてきた)
(死んじゃうのかな・・・)
(だったら・・・言わなくちゃ。最後くらい伝えたい事・・・)
「嬉しい・・先生を守ることが出来て・・」
「え・・・・?」
「私、先生を守りたくてここにいました」
「でも先生を愛しく思うあまり、そのことを忘れかけていました」
「女子の自分が棄てられなかったんです」
「先生にそんな醜い自分に気づいて欲しくなくて、八つ当たりをしてしまいました」
「でもやっと、やっと思い出すことが出来た」
「せんせ・・・こんな私を許してくれますか?」
私の問いに先生は一瞬沈黙した後、口を開いた。
「恋焦がれていたのは私だって同じです」
「神谷さん、私はあなたのすべてを見せて欲しかった」
「辛い時も悲しい時も弱い心も、すべてのあなたを私だけが受け止めたんです」
「でも、あなたは他の人の前では見せても、私の前では見せてくれなかった」
「ジリジリと心は嫉妬で焼けていきました」
「でも、嘉平さんに言われて気づいたんです」
「私は拒絶されるのを恐れて、本当の自分を隠してきました」
「でも、それじゃ駄目なんですよね?」
「私は、あなたが思うよりずっと弱くて嫉妬深い男です」」
「こんな私でも、あなたは愛しいと言ってくれますか?」
私は血の付いた手をそっと沖田先生の頬に伸ばした。
肩や掌から伝わる先生の体温。
「愛しています、先生のすべてを・・・」
私の言葉に先生は微笑むと、誰にも気づかれないように軽く唇を重ねた。
「さあ神谷さん、医者へ行きましょう」
「傷はそう深くはありませんからね」
先生は私を抱えると外へと歩き出した。
私はゆらゆらと揺られながら、霞む目で先生を見上げた。
「あのね、先生・・・」
「弱い私はいつになってもお見せ出来ないと思います」
「だって、私は愛するあなたの為なら恐れるものなどなく、どこまでも強くなれるんですもの」
「仕方ありませんね」
「私は武士で強い神谷さんも、女子の神谷さんも全部含めて好きなんですから」
薄れゆく意識の中、私は先生のそんな言葉を聞いた。
嬉しくて頬に涙が伝った。
後日、私と先生は嘉平さんの店へと向かっていた。
先生の言うとおり、傷は致命傷となるような深いものではなかったが、それでもしばらくの安静
を余儀なくされた。
本日、それがやっと完治し、先生が快気祝いにお団子をご馳走してくれる事になったのだ。
「神谷さん、怪我されたって聞きましたけどもう大丈夫なんですか?」
千代さんがお茶を出しながら心配そうに訊ねてきた。
「えぇ、もうすっかりです」
私は元気良く腕を回して見せた。
「それなら、思う存分食べてってください」
「うちの奢りです」
嘉平さんが皿に団子を山盛りにして持ってきた。
「有難うございますvv」
それを見た先生がまるで尻尾を振る犬のように喜んだ。
「憑き物が落ちたようですね」
嘉平さんが先生を見て言った。
「えぇ、あなたのお陰ですよ」
「感謝してます。譲る気はありませんけどね」
先生がにやりとして言った。
「やっぱりあなたは手ごわい人だ」
「楽しそうですね、何の話です?」
千代さんが山盛りのお饅頭を持ってきた。
「本当にここのお饅頭は美味しいって話してたんですよ」
「まだまだありますからね」
「いただきます」
先生は両手にお饅頭を持って食べ始めた。
その勢いは凄まじく、見ているこっちは吐き気を覚えるほどだった。
「まったく、誰の快気祝いですか」
空になったお皿を見て私は呆れた。
「良いじゃないですか、食べ納めです」
「え・・・・?」
「さてお腹も一杯になったし、行くとしますか」
先生は立ち上がり、遠慮する千代さんに御代を払うと先を歩き始めた。
「沖田先生?」
「食べ納めって?」
沖田先生は振り返ると黙って手を差し出した。
「//////」
私は照れながらその手を握った。
「兄さん、沖田先生少し変じゃなかった?」
千代は空になった皿を片付けながら嘉平に言った。
「もう、ここにはこないつもりだろうな」
「え!?」
「何で・・・やだ!」
「しょうがないよ」
「お前も、俺も、お互いを好きあってる二人に惚れたんだから」
「あの二人が離れてしまったら、お前の好きな沖田先生じゃないんだよ」
「何言ってるの?わかんない、イヤよ・・・」
千代は大粒の涙を流し始めた。
嘉平はそんな妹の頭を撫でながら言った。
「諦めよう・・どんなに思っても月には手が届かないんだ」
月は太陽があるから光り輝くのだから。
言い訳
お久しぶりでございます。
えらい遅くてすみません。
しばらく悶々としておりました。
でも、とりあえず終わって良かったです。
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