かえられない。たった一つの・・・。

                
                


                    香穂子は何度も自分の部屋で鏡を見ながらおかしい
                   ところが無いかを確認した。
                    髪は朝起きた時にシャワーを浴びて丁寧にブローしたから乱れていない。
                   迷った挙句に決めた洋服には皺一つ無い。

                    そして最後にジュエリーボックスから小さな飾りのついたイヤリングを取り出す
                   と耳に飾った。

                   「よし!」

                    準備万端の自分を見て頷く。
                   そして鏡に映った時計を見て、慌ててバッグを掴んだ。

                    今日は月森と付き合いはじめて二度目のデート。
                    誰の目から見ても初々しい二人は手を繋ぐのがやっとといった感じだ。
                    だから香穂子としてはいつ進展してもいいように自分を磨く事に余念がない。

                    月森は自分にとっては初めての恋人。
                    やはり女の子としては素敵な彼とロマンチックな思い出を作りたいのだ。

                    バタバタと走って待ち合わせの広場へと向かう。
                    今日は休みとあって駅周辺には人が多かった。
                    それでも月森は一目で見つけられる程に目立っていた。
                    服装はいたってシンプルなのに、その顔立ちと身に纏う清廉とした空気が
                   人目を惹くのだ。

                    香穂子は一度立ち止まって呼吸を整えると、ゆっくりと歩を進めた。
                    道を横断している途中で月森も香穂子がやってきたことに気づいて
                   自然と笑みを浮かべた。

                   「香穂子・・」
                   「ごめんね?待った?」
                   「いや、俺が早く来すぎたんだ。君は時間ぴったりだ」

                    月森のその言葉に香穂子は少し驚いた。
                    いったい月森はどれくらい前からここにいたのだろう?

                   「あ、そのイヤリング・・・」

                    月森は香穂子がしているイヤリングに気づいて視線を止めた。

                   「デートの時にしていくって約束したでしょ?」

                    香穂子は右手でそっとイヤリングに触れながら笑うと、月森も嬉しそうに
                   微笑んだ。

                    このイヤリングは初めてのデートの時に月森がプレゼントしてくれたものだった。
                    最初、入ったお店で何気なく香穂子が手にとって見ていたものだったのだが、
                   月森との別れ際にラッピングされたそれを渡されたのだ。

                    香穂子が驚いていると月森は一言。

                   「君に似合うと思ったから・・・」

                    それはどこにでも売っていそうな値の張らないシルバーアクセサリーだったが
                   月森からの初めての贈り物。
                    それだけでもかけがえの無い宝物だった。
                    香穂子はそれを大事に胸に抱え「デートの時は必ずしていくね」と約束した。


                   「やっぱり良く似合ってる」

                    月森も満足そうに香穂子が触れている場所に指で触れた。
                    その仕草が妙に艶っぽくて香穂子は自然と頬に熱が帯びていくのを感じた。

                   (月森くんって妙に色っぽいから時々困る・・・)

                    本人はそれに無自覚だから余計に始末に悪い。
                    今も香穂子がうろたえていることにも気づかずに今日の予定である
                   コンサートホールに向かおうとしている。

                   (天然なのは私の前だけにしておいてよね?)

                    すっと後ろから月森の腕に自分の腕を絡める。
                    香穂子の行動に驚いた月森が振り返ると、そんなことを瞳で訴えながら
                   彼を見上げた。
               
                    やや赤くなって何かを言いたげな月森ににっこり笑って歩き出す。
                    互いに同じことを考えていたとは知らずに・・。

                

                    長くなりそうなので後編に続いたりして(-_-;)
                    後編には出来次第UPします。