月下都市 3
蓮に家まで送ってもらい、自室に戻った香穂子は
火照った頬に両手を当てた。
今度こそ本当に赤い。
自分で解ってしまうほど顔が熱かった。
「ダメだ、ちょっと熱を冷まそう・・・」
閉められていたカーテンを開け、ベランダに出てみる。
少し湿り気のある風が香穂子の頬や髪を撫でた。
ベランダから下を見下ろすと、庭に置かれた大きな陶器に
水を張り、浮かべられた睡蓮が月明かりに照らされていた。
「きれい・・・」
それは蓮と付き合い始めた頃のある日、花屋の店先にあるのをみて
一目ぼれして購入したものだった。
淡いピンクの花びら。
凛として咲き誇るその姿はヴァイオリンを奏でる蓮に似ていて・・
「なんてたって睡”蓮”ってくらいだもんね」
自分で言っていて照れてしまう。
ここに天羽がいたら冷ややかな視線を貰いそうだ。
「はぁ〜、蓮もこの月見てるかな?」
別れてから然程時間は経っていないのに、胸にせつなさが
襲う。
見ていていれば良い。
見て、香穂子の事を考えていてくれれば・・。
それだけで気持ちは繋がっていると幸せな気分になれる。
ほぅと溜息を吐いた。
「そういえば・・・」
何となく以前、帰り際に蓮がしてくれたの話を思い出した。
紙ひこうきが飛んできたという病院。
香穂子も一度だけ行ったことがあるのを思い出した。
香穂子の家からだともっと近い病院があるため利用したことは
無かったのだが、小学生の時、同級生が盲腸で入院してお見舞いに
行ったことがある。
お母さんが用意してくれた小さな花束を持って友達数人と
病室に向かっていると、ナースステーションの隣にある病室から
香穂子くらいの男の子がこっちを見ているのに気づいた。
が、香穂子と目が合うと、さっと扉の向こうに隠れてしまう。
不思議に思っていると、一緒にいた友達が教えてくれた。
「あの子この間もあんな感じだったよ?」
「ずっと学校に行ってなくて友達がいないんだって」
きっと寂しいんだよという言葉が香穂子の幼い心に
突き刺さった。
気がつくと、香穂子は花束から花を一本抜き取ると、自分の
髪を結んでいたリボンを解いて花に結んだ。
そして男の子のもとに向かってそれを差し出した。
明るいオレンジ色のガ―ベラにフリルのついたピンクのリボン。
男の子は驚いてしばらく花と香穂子を交互に見ていたが、
しばらくして恐る恐るそれを受け取った。
「早く学校に行けるといいね!」
それが幼い香穂子に思いついた精一杯の言葉。
友達もすぐに退院したからその子にあったのはそれっきりだったけど・・
ちゃんと学校に行けるようになれただろうか?
「そういえば、今思うとあの子ちょっと志水くんに似てたかも」
白い肌に綺麗な顔。
髪もちょっと長めでボ−イッシュな女の子のようだった。
「と・・こんな他の男の子の事考えてたら蓮がヤキモチ妬いちゃう」
ちょっとムッとしたような彼の顔を思い出してふふと笑みが
零れた。
「大丈夫、ちょっと思い出しただけだよ・・」
「きっと今日は満月だから・・・・」
「満月の力が色んなこと思い出させたんだ・・」
満月には不思議な力があるっていうしね。
もしも、ここに蓮がいてこの言葉を聞いたらきっとこういう
だろう。
「それでも不愉快には違いない」
眉間に皺を寄せてそっぽを向く姿を想像して再び笑った。
天を仰いで見る。
月は香穂子の頭上で煌々と輝いていた。
今宵は望月の夜。
月は少しづつ翳りゆく。
最近になって蓮と睡蓮の花は違うと知った愚か者です。
ガーベラは私的に香穂ちゃんのイメージ花。
赤やピンクのガーベラは綺麗で可愛くて、向日葵ほどではないですが
暖かくてお日様みたいと思うのです。
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