ふたつのプロポーズ7



                      厳かに教会の扉が開くと、新郎の月森と新婦の香穂子が 
                    幸せそうな笑みを携えて姿を現した。
                      そんな二人に式に参列したみんなが口々に「おめでとう!」と
                    言いながら花びらを浴びせる。
                      二人はくすぐったそうにしながらも顔を見合わせ、微笑みあう。
                      天羽はそんな二人をフレームに収め、連続でシャッターを切った。

                      今日は月森と香穂子の結婚式

                     天羽もみんなと同じように祝いたいのは山々だが、今日は結婚式の
                     カメラマンを自ら立候補した身なのでその仕事に徹した。

                    「何もその日ぐらいは・・・」と香穂子は渋ったが、こんな晴れの日だからこそ
                    自分が幸せな二人の写真を撮りたかった。
                     その権利を他のカメラマンに譲りたくないと主張すると、そんな所が
                    如何にも天羽らしいと二人はOKしてくれた。

                     ふと、天羽は香穂子達から視線を逸らし、参列者の端にいる二人に
                   眼をやった。

                     スーツ姿の土浦と和服姿の冬海。

                     二人はすでに夫婦のような雰囲気で寄り添い、香穂子たちを見守っていた。
                  
                    「今度はあの二人か・・・招かれる方も何かと金がかかるな」

                     何とも場にそぐわないセリフを吐く隣の男に、天羽は眉間に皺を寄せ
                   思いっきり肘で突っついた。

                    「もうちょっと素直に教え子の幸せを喜びなさいよ」

                     だが本当はわかっている。
                     本当は嬉しいのだが、彼は素直にそれが言えない天邪鬼なのだ。
                     そんな所が金澤らしいと言えば金澤らしい。

                     金澤は天羽の視線の先にいる二人を見て、感心したように言う。
 
                    「しかし、冬海の両親もすごいよな」
                    「まあね・・・・」

                     その件に関しては天羽も頷かずに入られなかった。

                     あの後、両親を説得しに家に帰った冬海は、途中で同じ理由でやってきた
                    土浦と出会い、逆プロポーズという荒業を見せて周囲を驚かせた。

                     二人はそのまま手を繋いで冬海家に向かい、両親に結婚の許しを
                   もらいに行った。
                     土浦も冬海もお見合いを蹴ってのこの話に大反対を予想していたが、
                    結果は思わぬ展開を見せた。

                    「笙子さんと結婚させてください」

                     土浦が冬海の両親に頭を下げると、二人は顔を見合わせいきなり
                    笑い出した。
                     そんな二人の様子に、土浦と冬海は緊張した表情が崩れてぎょっとする。
                     冬海の両親はついに手を取り合い、「大成功!」と言い始めた。

                    「だ・・大成・・功・・・?」

                     ポカンとする二人に、両親は苦しそうに笑いを堪えて事の真相を話し始めた。

                     お互いに好きなのは解っているのに、仲が進展しないのを心配した冬海
                    の両親が、友人に頼んで偽のお見合いをセッティングしたのだ。
                     いくらなんでも引き裂かれるような事態になればお互いの気持ちに素直に
                    なるだろうとからと。
                     冬海がお見合いをOKした時は内心ヒヤヒヤしたらしいが、結果、両親の
                    目論見どおりに話が進んだのだからすごい。
                     ちなみにお見合い写真の男性はすでに別の女性と結婚しているらしい。
                     とうとう踊りだしてしまった冬海の両親の話を聞き、土浦がその場で腰を
                    抜かしたのは内緒の話だ。

         
                    「冬海ちゃんの両親は実直な土浦くんのことをだいぶ前から気に
                   入ってたらしいよ」

                    「本当、みんなが幸せになっていくよ・・・・」

                     独り言のように呟く天羽の横顔を金澤は静かに見つめた。

    
                    「ね、ね、蓮・・・」
           
                     香穂子は教会のドアの前で、隣に立つ蓮に話しかけた。
                     目の前にある階段の数段下には香穂子のブーケを受け取ろうと
                    未婚の女性達が待ち構えている。

                    「ん・・・?」
                     月森は香穂子を優しく見つめる。

                    「あの計画実行して良い?」

                     香穂子の言葉に一瞬戸惑った月森だったが、すぐに思い出して
                   「あぁ」と頷く。

                    「俺は構わないが・・・そう旨くいくかな・・・・・?」

                    「いくよ〜!だって幸せはみんなのところに廻るものらしいからね!!」
                    「それに・・・・」
                    
                    「これで動かなきゃ金澤先生、男じゃないね!!」

                     そう言い放つと同時に香穂子は持っていたブーケを高く放り投げた。
                     目の前の女性達がキャーと声を上げて手を伸ばす。
                     だが、無常にもブーケは彼女達の頭上を通過し、後方にいる男の手の中に
                    収まった。

                     「ストライク!」

                      それを見て香穂子が満足そうに頷く。

                     「え・・・?どうするのよそれ?」

                      天羽は金澤の手の中にあるブーケを見て驚いた。
                      前方にいるブーケを受け損なった女性達が恨めしそうにこちらを見ている。
                      その視線が突き刺さるようで痛い。

                     「どうするって・・・・ん・・」
                      金澤はそのブーケを天羽に手渡した。
                      天羽はそのブーケを呆然と受け取り、金澤を見つめる。

                     「もらって・・・良いの?」
                     「男の俺が持っててもしゃーないだろ」
                     「ありがと・・・////」

                      ブーケを両手で持ち、嬉しそうに微笑む天羽を見て金澤は少し思案した後、
                     わざとらしくこう言った。

                     「そう言えば・・・・ブーケを受け取った奴が次の花嫁だったな」
                     「んで・・・どうする?」

                     「どうするって・・・?」
                      不思議そうに天羽が背の高い金澤を見上げる。

                     「次の花嫁・・・・なってみるか?」
                      
                      金澤からの思いがけない言葉に今度は天羽がしばらくポカンとした。
                      金澤は表情一つ変えず、飄々と天羽を眺めている。
                      ふっと我に返ると、天羽はがくがくと膝が震えている自分に気づいた。

                     (私・・・・わたし・・・)

                      溢れ出しそうな涙をブーケで隠しながら何度も頷いた。

                     「私、神様じゃなくて金やんに誓うよ」
                    
                     「ずっとずっと金やんの傍にいて私が絶対幸せにしてあげるからね!!」


                     幸せは誰のもとにも廻っていくもの。
                     それはメビウスの輪の様になって永遠に・・・・。

                     ふたつの恋は三つめの奇跡を目覚ませる。


           
                     後日談がありますので、そちらで言い訳します。