Wish 3



                       月森がリサイタルの会場を飛び出すと、外は強い風が
                      吹き付けていた。
                       擦れ違う人々はやはりカップル同士が多く、吹きつける風に
                      身を縮めながらも、互いに寄り添ってネオンが輝く街の中を歩いていく。

                       ある店の前で、ガラス越しに中を覗くカップルが目に入った。
                       店に飾られる物を楽しそうに眺めながら隣に立つ男性に話しかける女性。
                       そして男性もまた、そんな女性を優しく見返して微笑んでいた。

                       そんな2人の姿が自分と香穂子の姿に重なって見える。

                       本当なら、今頃は月森と香穂子もあんな風に初めての二人一緒のクリスマス
                      を過ごしている筈だった。
                       月森の脳裏に一緒に過ごせないと告げた時の香穂子の表情が思い出された。
                       ほんの一瞬ショックを受けた後、それを誤魔化すように浮かべた笑顔。
    
                       だが、その笑顔はとても寂しそうで辛そうで・・・。
                       そんな顔をさせているのは自分なのだと改めて思うと、とても不甲斐なく思えた。

                       (すまない、香穂子。今すぐ迎えに行くから・・・)

                       一刻も早く迎えに行く事を伝えようと、携帯を取り出すためにポケットに手を
                      入れ、そこでハッと気づいた。
                       あまりにも慌てて出てきたため、コートをクロークに預けたままにしてきて
                      しまった。
                       携帯はそのコートのポケットの中に入っているのだ。

                      「どこか公衆電話は・・・?」

                      キョロキョロとしてみたものの、最近は公衆電話など見かけなくなったのでそう簡単
                     には見つけられなかった。
                      それでも月森は諦めず香穂子と一緒により多くの時間を過ごすために、そして
                     あの時の償いをするために月森は風の中を強く走り出した。



                       「あれ?香穂子出かけるの?」

                       コートを手に持ち、玄関のドアを開けたところで香穂子は姉に呼び止められた。
                       今日はクリスマスだというのに妹が初めて出来た彼氏と過ごせないことは
                      その様子から何となく気づいていたが、その妹が出かけようとしている。
                       彼氏の予定が変わって過ごせるようになったのかとも思ったが、それにしては
                      少し気合が欠けた装いだった。
                       
                       「ちょっと、クラスのクリスマス会に誘われてるから顔出してくる」
                       「帰ってくるの?お父さんが帰りにケーキ買ってくるよ?」
                       「うん・・・たぶんそんなに遅くならないと思うから・・・」

                       パタンとドアが閉じるまでに見せた香穂子の笑顔はやはりあの時のまま
                      寂しげなままだった。

                       (何だかちょっと可哀想ね・・・)

                       いつも元気な妹の姿を見慣れている姉としては、落ち込む姿を見るのは
                      やはり忍びない。
                       家の事情らしいから仕方はないらしいが、彼氏の方も彼女を選ぶくらいの
                      度胸はないものなのかと、つい無茶なことを思ってしまうのは、やはり妹が可愛い
                      からだろうか?
                       そんな自分に苦笑いしたところで家の電話が急かすように鳴り響いた。

                     

                       やっとのことで公衆電話を見つけた月森は、覚えていた香穂子の携帯電話
                      番号を押した。
                       月森の携帯に少しだけ登録されているメモリー。   
                       その中で唯一、携帯も家の電話番号も覚えているのは香穂子のもの
                      だけだった。
                       だが、何度呼び出し音が鳴っても一向に香穂子は出る気配はない。

                       (もしかして携帯を持っていないのだろうか?)

                       月森は諦めて電話を切ると、今度は香穂子の自宅の方に掛けてみた。
                       数回の呼び出し音の後に「ハイ」と出たのは1、2度会ったことのある香穂子の
                      姉だった。

                       「あの・・月森ですが香穂子さんはご在宅でしょうか?」
                       (え?あの子ね。クラスのクリスマス会に顔出してくるって少し前に家を出たのよ)
                       (携帯には掛けてみた?)
                       「はい。でも一向に出なくて・・・」

                        ちょっと待ってね。という言葉の後に音楽がなり始める。
                        しばらく待った後、その音楽は不自然なところで途切れ、再び香穂子の姉が
                       「お待たせ」と応対した。

                       (あの子、携帯を忘れて行ったみたいなの)
                       (枕元に置いてあったわ)
                       (クリスマス会もどこでやってるかまでは聞かなかったし、私にもあの子が
                      どこにいるかわからないの)
                       (ごめんなさいね・・・)

                       「そう・・ですか・・・」

                        月森は自分が驚くほど落胆した声を出した。
                        それは香穂子の姉にも伝わったのか、しきりに電話の向こうで気にしている。
                        月森は丁寧に礼と詫びを入れると、そのまま力なく受話器を下ろした。

                       「最初は自分で断った事だ・・・仕方ない」

                        空を仰ぎ、自分に言い聞かせるように呟くと、月森は当てもなく
                       街の中を歩き始めた。

 

                       「何かあんまり気が進まないな・・・・」

                        クリスマスに月森と一緒に過ごせないと知った友達が慰めるように
                       誘ってくれたのだが、香穂子の足取りはとても重かった。
                        クリスマスの計画をあれこれ考え始めた頃は、まさか当日にこんな気持ち
                       になるなんて思っても見なかった。
                        昨年は彼氏すらいなくて、やはりクリスマス会に参加して楽しんでいたのに
                       あの時とは気持ちが全然違う。

                       「それだけ、私の中に蓮くんが浸透してるってことなんだろうな・・」

                       思い浮かんできた月森の笑顔はどれも優しくてそれが余計に寂しさを煽ぐ。
                       香穂子は暗い表情のまま再びトボトボと歩き出した。

                       「よろしければどうぞ・・」

                       そんな時、サンタ風の衣装を来た女性がにこやかに香穂子にビラを差し出した。
          
                       「二日間限定で大掛かりなイルミネーションが飾られるんですよ」
                       「今日はその点灯が行われるので見に来てくださいね」

                       女性の言葉にそのビラを見つめると、テレビで見たあのカップル限定で
                      オーナメントをくれる場所だった。

                       (そうだ。ここも計画に入れてた場所だったんだよね)

                       いつもテレビで見るたびにいつか自分も・・と思っていた場所。

                       「蓮くんはいないけど、少しだけ見に行ってみようかな・・」

                       香穂子は相変わらず重い足取りのまま、あのテレビで見たツリーを目指して
                      歩き出した。



                       月森が何となく辿りついた場所はかなりの人が集まっていた。
                       どこを見渡しても、カップルしか見当たらないような場所だった。

                       (ここで何かあるのだろうか・・・?)
                    
                       街がクリスマスのイルミネーションに輝く中で、ここだけは計算したように
                     光がなく、暗闇に包まれている。
                       その中で周囲の人々は何かを期待しながら待っているのがわかった。
                       月森は懸命に目を凝らしながら人にぶつからないようにその中を歩いていく。

                      (これからどうしようか?)

                       祖父の応援も虚しく、香穂子と擦れ違ってしまった。
                       ここはコートも置いてきてしまった事だし、またリサイタル会場に
                      戻るべきだろうか?
                       月森はそんなことを考えながら、人ごみを抜けて傍にあったベンチに
                      腰を下ろした。
                       すぐ隣のベンチにも人が座っているようだが、やはりこの暗闇でどんな人物か
                      確認することは出来なかった。
                       ふいに人ごみの前方が騒がしくなった。
                       誰かがマイクで司会をはじめ、人々の間からカウントダウンが始まった。

                       何かのイベント会場だったかと顔を上げると、周囲は一瞬にして光に溢れた。
                       色とりどりのイルミネーションに歓声が沸き、白と青で飾られた大きなクリスマス
                      ツリーが目に飛び込んできた。

                       光に目が眩み、目を細めながらもようやく周りの状況を把握する。
                       前方に大きなステージが見えて賑やかに音楽を奏でる。
                       サンタに似た衣装の女性達が籐の籠を持ち、ツリーの下でカップルに
                      何かを配っているのが見えた。
                       ツリーや会場を彩るイルミネーションがあまりにも鮮やかで釘付けとなり、
                      そこから離れられなくなった。

                       (香穂子と一緒に見たかったな・・・)

                       心の中でそう呟き、溜息をもらすと隣のベンチから似たような言葉が
                      聞こえてきた。

                       「蓮くんと一緒にここに来たかったのにな」

                       その声に驚き、隣のベンチを見て更に驚いた。
                       ベンチに座り、同じようにイルミネーションに目を奪われているのは
                      紛れも無く・・。

                       「香穂子!?」
                       「れ、蓮くん・・・?」

                       香穂子も月森を見つけて驚きながら立ち上がった。
                       月森が自然に腕を広げれば当たり前のように香穂子もその胸に
                      飛び込んでくる。

                       「嘘、何でここにいるの・・?」
                       「祖父が香穂子のところに行けと言ってくれたんだ」
                       「君こそクラスのクリスマス会に行ったんじゃなかったのか?」
                       「ちょっと気が進まなくて・・ここのビラをもらったから来てみたの」
                       「蓮くんと来てみたいなって思ってた場所だったし・・」
                       「そうか。すまなかったな」

                       月森の言葉に香穂子は顔を上げてううんと首を振った。

                       「もう良いよ。だって結果的には今、一緒にいられるんだもん」
                       「お祖父さんのお許しが出たってことはずっと一緒にいられるんだよね?」

                       まだ少し不安げに訊ねてくる香穂子の頬に手を当てて月森は微笑んだ。

                       「あぁ、朝までだって一緒にいられる・・」

                       やがて少しだけ顔を傾けた月森が更に香穂子に近付き、その柔らかい
                      唇にぬくもりを一つ落とした。

                      
                          書きたい事を思うがままに書いてたら後編だけやたらと
                         長い上に色んな人の視線になって読みづらくなってしまいましたね。
                          自分らしい表現と言うか書き方を見つけようとしているのですが
                         なかなか難しいです。
                          内容的にはベタベタすぎですが、たまにはこういうのも有りかと。
                          ただもうちょっと甘々にしたかったですけどね。
                          うぅ・・力不足だ。