wish




                   『今年も広場には大きなツリーが用意され、多くのカップルで
                  賑わっています』
                   『イブには、毎年ここを訪れたカップルに限定してオーナメントを
                  プレゼントしているんですが、それを大事に持っていると、その二人は将来結ばれる
                  というジンクスまで生まれているそうなんです』

                   テレビの中ではアナウンサーが巨大なツリーをバックに元気良く中継している。
                   私はリビングのソファーの上で膝を抱えて座り、暗い気持ちでそれを眺めていた。
                   
                   「やだ、これって海の近くの公園のツリーじゃない?」

                   風呂上りのお姉ちゃんが髪をタオルで包みながら私の隣に腰を下ろした。
 
                   「そうみたいだね・・・・」

                   私は膝の上に顎を載せると、如何にも私には関係ありませんと言った感じに
                  気の無い返事を返した。
                   それに気づいたお姉ちゃんが口元に指を当ててまるで品定めするように
                  私を見つめた。

                   「なによぉ〜」

                   あまりにもジロジロと見るものだからイライラしてしまう。
                   でも、お姉ちゃんはそんなことお構い無しにふふんと笑って言った。

                   「今年はこういう情報に敏感だと思ってたのに、意外と冷めてるわね」
                   「あの美形の彼氏とケンカでもしたんじゃないの?」

                   「当たりでしょ?」と言わんばかりにニヤニヤと笑って楽しそうに私を見るお姉ちゃん
                  から不機嫌そうに顔を逸らしながら「残念でした」と答えた。
                   
                   「私と蓮くんはケンカなんかし・ま・せ・ん!!」
                   「え〜?じゃあ何であんたそんなに不機嫌なのよ?」
                   「そ、それは!!」

                   「それは・・・」

                    私は言い淀んだまま俯いてしまった。

                    
                    確かにケンカはしていない。いないんだけど・・・・・。
                    こんなにも暗い気持ちになってしまうのは彼とクリスマスを過ごせないからだ。


                   数日前までは確かにお姉ちゃんの言うとおりクリスマスの準備に余念は無かった。
                   雑誌を読んではどこに出かけようとか、クリスマスプレゼントは何にしようとか。
                   蓮くんと付き合い始めて初めて一緒に過ごすクリスマスを思い描いてかなり
                  浮き足立っていた。
                   それは、きっと蓮くんも同じように考えていてくれると思っていたから・・。
                   思っていたけど、現実は違った。

                   「蓮くん、クリスマスどうする?」

                   放課後の練習室で練習をしていた私たちは、少し休憩をしようとヴァイオリンを
                  ケースの中に下ろした。
                   変わりに鞄の中から例の雑誌を出した私は、それを眺めながら当然のように
                  彼の意見を求めた。

                   「クリスマス?」

                   私の言葉を反芻し、少し考えているかのような彼の気配。
                   そして返ってきた返事は予想していたものとはまったく違うものだった。

                   蓮くんはとても困ったようにしながらこう言った。

                   「実は・・・・その日は祖父の知り合いの演奏会があるんだ・・」
                   「その人はクラシック界ではとても有名な人で、当日は家族でその演奏会に
                  招待されていて・・・」
                   「その・・・・すまない。一緒にすごせないんだ」

                   その言葉に雑誌をめくっていた手は止まり、凍りついた表情で彼を見上げた。

                   「一緒に・・すごせないの・・・・?」
                   「ああ・・・・」

                   彼は心底申し訳なさそうに目を伏せた。
                   私は雑誌を持っていた手が震えだし、伝わるように次第に唇も震えだした。
                   目頭が熱くなりだすのを必死に堪えるように唇をきゅっと結ぶ。

                   (ダメ!こんな事で・・泣いたりしたらダメ!!)

                   そう自分に言い聞かせ、少し顔を俯かせて口に笑みを浮かべると、顔を
                  あげて彼に笑いかけた。

                   「そっか・・残念だな」
                   「一緒にすごしたかったけど、仕方ないね」
                   「その代わり、プレゼント交換はしようね」

                   私の笑みを見て、蓮くんが何か言いたげにしていたけど、それを飲み込んだ
                  様に彼も微笑んだ。

                   「ありがとう・・・プレゼントは楽しみにしていてくれ・・・」


                   (仕方ないよ。相手は巨匠って言われてる人だもの・・)
                   
                   彼はいつか、その世界で羽ばたいていく人だ。
                   それを私の我儘で不興を買うようなマネをさせちゃいけない。

                   (でもね・・・・)

                   私は膝におでこをくっつけて顔を伏せた。
                   あの時我慢した涙が今になって溢れてくる。

                   (やっぱり、プレゼントをもらうよりも・・・・・

                              蓮くんとずっと一緒にすごしたかったよ・・・・)