ARMORED CORE Price of Peace
ベンは、その天井に描かれたロゴに気がついた。鮮やかな青で「メリエス」と書かれている。
「驚いたな。前触れもなしにご登場か。普段は、来る前にケータイに…」
慌ててポケットをまさぐるが、埃が出たに過ぎない。
「しまった。ケータイ、持ってねぇ。どっかに落としたか?…酒場か。やっべぇ…!」
軍用車から、1台の車椅子が降り、アパートに入るのが見えた。
「居留守だ!そうだ、それしかねぇ!」
ベンは部屋の電源を落とし、部屋の隅にうずくまった。
程なく、外でエレベーターが止まる音がし、続いて、ガンガンとノックが聞こえた。
「ベン。私だ。ここを開けろ」
やや低い女の声が響く。ベンは息をこらす。
「いるのはわかっている。早く開けないと、戸をぶち壊すぞ」
ベンは答えない。額に汗がにじんでいる。
「そうか。懲りないな、お前も…」
その言葉とともに、外でモーターの回るような音がした。
それを聞いたベンは飛び上がった。
「まて、メプラー!わかったから!開ける!開ける!」
ベンは走り、戸を開けると、そこに一台の電動車椅子と、座椅子にもたれた女がいた。車椅子の手すりには、回転式機関砲が据え付けられている。
「この私に居留守とは、どういう了見だ、ベン?」
その、メプラーと呼ばれたブロンズ髪の女は、不機嫌そうに、その銃口を降ろした。
「いや、だってよ、アンタが直接くるなんて、びっくりするじゃねぇか。それに、なんで俺がいるってわかったんだ」
「お前の、大事なケータイを届けにきてやったのさ」
メプラーの右手…正確には鉄のカギ爪だが…には、ベンのケータイが提げられていた。
その体には、右腕と両足がなかった。
「あっ…、俺のケータイ!なんでアンタが持ってるんだ?」
「フェアリさ。お前が今、ここにいることも聞いたよ」
酒場で落としたか何かで、ケータイはフェアリが預かっていたという。それを持ってきたのだ。ベンはそれを受け取り、ポケットにねじ込んだ。
「あ、ありがとよ…。でも、それはアンタがわざわざここにくる理由にならねぇ。フェアレにまかせとけばよかったじゃねぇか」
「それは、私がお前のオペレーターだからだ、と言えば、話がわかるか?」
メプラーは、かつて、メリエス社の幹部だった女だ。しかし、メリエス社はレオーネ社に合併吸収され、消滅した。それを善しとしなかったメプラーは、3年前にメリエスの復興をかけた戦いを起こした。GAの謀略であった、あの戦いである。そのとき、メプラーはベンの指揮官であった。作戦は、アルテリア施設を奪取し、クレイドルを陥落させるという大胆なものだったが、敗北に終わった。代償として、メプラーは片手両足を失った。それ以来、立場を変えたメプラーは、ベンのオペレーターを務めている。
「まさか、仕事を持ってきたのか?」
「簡単でいい仕事だぞ。アルテリア施設の防衛だ。血が騒ぐだろう?OKの返事は出しておいた。すぐに準備しろ」
「ちょっと、まて!」
ベンは情報端末を再起動させた。先の依頼メールを見ると、いつの間にか返信済みになっている。
「メプラー!アンタ、勝手に!アルテリア施設防衛で、敵にネクストが2機だぞ。簡単じゃねぇって!」
「活動資金が厳しいのだ。それに、私にできなかったことを、誰とも知れん奴らにやられては、悔しいだろう?」
メプラーは薄く笑いながら、肩をすくめて見せた。
抵抗しても無駄と悟ったベンは、がっくりとうな垂れた。
「他のリンクスどもに仕事を盗られてはいかん。さぁ、早く準備だ」
「驚いたな。前触れもなしにご登場か。普段は、来る前にケータイに…」
慌ててポケットをまさぐるが、埃が出たに過ぎない。
「しまった。ケータイ、持ってねぇ。どっかに落としたか?…酒場か。やっべぇ…!」
軍用車から、1台の車椅子が降り、アパートに入るのが見えた。
「居留守だ!そうだ、それしかねぇ!」
ベンは部屋の電源を落とし、部屋の隅にうずくまった。
程なく、外でエレベーターが止まる音がし、続いて、ガンガンとノックが聞こえた。
「ベン。私だ。ここを開けろ」
やや低い女の声が響く。ベンは息をこらす。
「いるのはわかっている。早く開けないと、戸をぶち壊すぞ」
ベンは答えない。額に汗がにじんでいる。
「そうか。懲りないな、お前も…」
その言葉とともに、外でモーターの回るような音がした。
それを聞いたベンは飛び上がった。
「まて、メプラー!わかったから!開ける!開ける!」
ベンは走り、戸を開けると、そこに一台の電動車椅子と、座椅子にもたれた女がいた。車椅子の手すりには、回転式機関砲が据え付けられている。
「この私に居留守とは、どういう了見だ、ベン?」
その、メプラーと呼ばれたブロンズ髪の女は、不機嫌そうに、その銃口を降ろした。
「いや、だってよ、アンタが直接くるなんて、びっくりするじゃねぇか。それに、なんで俺がいるってわかったんだ」
「お前の、大事なケータイを届けにきてやったのさ」
メプラーの右手…正確には鉄のカギ爪だが…には、ベンのケータイが提げられていた。
その体には、右腕と両足がなかった。
「あっ…、俺のケータイ!なんでアンタが持ってるんだ?」
「フェアリさ。お前が今、ここにいることも聞いたよ」
酒場で落としたか何かで、ケータイはフェアリが預かっていたという。それを持ってきたのだ。ベンはそれを受け取り、ポケットにねじ込んだ。
「あ、ありがとよ…。でも、それはアンタがわざわざここにくる理由にならねぇ。フェアレにまかせとけばよかったじゃねぇか」
「それは、私がお前のオペレーターだからだ、と言えば、話がわかるか?」
メプラーは、かつて、メリエス社の幹部だった女だ。しかし、メリエス社はレオーネ社に合併吸収され、消滅した。それを善しとしなかったメプラーは、3年前にメリエスの復興をかけた戦いを起こした。GAの謀略であった、あの戦いである。そのとき、メプラーはベンの指揮官であった。作戦は、アルテリア施設を奪取し、クレイドルを陥落させるという大胆なものだったが、敗北に終わった。代償として、メプラーは片手両足を失った。それ以来、立場を変えたメプラーは、ベンのオペレーターを務めている。
「まさか、仕事を持ってきたのか?」
「簡単でいい仕事だぞ。アルテリア施設の防衛だ。血が騒ぐだろう?OKの返事は出しておいた。すぐに準備しろ」
「ちょっと、まて!」
ベンは情報端末を再起動させた。先の依頼メールを見ると、いつの間にか返信済みになっている。
「メプラー!アンタ、勝手に!アルテリア施設防衛で、敵にネクストが2機だぞ。簡単じゃねぇって!」
「活動資金が厳しいのだ。それに、私にできなかったことを、誰とも知れん奴らにやられては、悔しいだろう?」
メプラーは薄く笑いながら、肩をすくめて見せた。
抵抗しても無駄と悟ったベンは、がっくりとうな垂れた。
「他のリンクスどもに仕事を盗られてはいかん。さぁ、早く準備だ」
全てのリンクスに送られたアルテリア施設防衛の依頼メール。
しかし何の手違いか、リンクス以外にもそのメールを受け取る者がいた。
とはいえネクスト二機の相手など、リンクス以外で受ける者はいないだろう。
その男にとって不運だったのは、最初にそのメールを見たのが本人ではなかった事だ。
『三分間、待つのだぞ』
奇妙なエコーが混じった少年の声に、男は腕にはめた時計を見る。
男の目の前には火に掛けられた鍋があり、鍋の中では沸騰したお湯がぐつぐつと音を立てていた。
時計の秒針が丁度十二時を回ったところで、コンロの火を止める。
「腹が減っても、じっと我慢の子であった……っと。さーて、ご飯よそってくれポンコツ」
『だからポンコツじゃなくて、テックンだって何度言ったら分かるの!?』
しかし男はその声を無視すると、怒った相手の手から皿を取り上げ、炊飯器の蓋を開けた。炊き立てのご飯の香りが鼻をくすぐるが、男は炊飯器の中を見て顔をしかめた。
「こらポンコツ! てめぇ、また炊けてすぐに混ぜておかなかっただろ!?」
男はそう怒鳴ると、近くに置いてあったスパナで目の前の平たい筒状の頭を叩いた。
傷害罪で捕まりそうな勢いで振り下ろした男だったが、固い物を叩いた時と同じ衝撃を受けて、逆に男の腕が痺れた。
『あいたたた……。何するんだ、ブラフマン!? 頭がちょっとへこんだじゃないか!』
ブラフマンと呼ばれた男は無視した。頭が少しへこんだぐらいなら、全く問題が無いと知っているからだ。
何故なら彼が叩いた相手は人間じゃないのだから……。
銀の筒状をした身体に、円い形をした青いカメラ。細い腕の先には鋏状の手がついている。
かつて作業用として活躍していた無人ロボット『テックボット』と全く同じ姿だ。
唯一違う点といえば、ブラフマンの腰の辺りまでしかない身長だろう。
昔、廃棄されていたものを持ち帰り、知り合いの技術者に修理してもらった結果こうなったのだが、今ではその時の事を後悔する毎日だった。
溜め息をつくと、ブラフマンは皿に半分ほどご飯を盛り、湯の中で浮かぶレトルトパウチを取り出した。
封を切ってご飯の横に掛けると、湯気と共にカレーのスパイスが香り、思わず顔が綻ぶ。
「先着百名様限り、レトルト食品セールを勝ち残った甲斐があったってもんだ……」
無精髭の生えた顎に手を当て、しみじみと呟く。
『やっぱりブラフマンもリンクスになろうよー。適性はあるんだし、ネクストに乗れば仕事も報酬もウホウホだよ?』
「ウハウハな……。悪いが俺は今の仕事で満足してる。コロニーの警備員で充分だよ」
実際にはブラフマンは警備員などではなく、レイヴンと呼ばれる傭兵である。
アーマードコアと呼ばれる人型汎用兵器(現在ではノーマルと呼ばれている)を操り、戦場の花形と呼ばれていた彼らだったが、新型アーマードコアであるネクストの登場に伴い、仕事は激減した。
今ではレイヴンに残された道は、企業の犬となるか、武装勢力に加わるか、コロニーの警備をするぐらいしかない。
「大体、適性があるからって、なれるとは限らないだろ?」
『でもレイヴンからリンクスになった人だっているんでしょー? アナトリアの傭兵みたいにさー』
アナトリアの傭兵。
かつて伝説とまで呼ばれた腕利きのレイヴンにして、後にリンクスとなってオリジナルリンクスを凌駕する戦果を挙げた男だ。
そんな男を引き合いに出されたところで、ブラフマンには笑う事しか出来ない。
話を打ち切るように手をひらひらと振ると、スプーンですくったカレーを口に運んだ。
テックンはしばらく不満気な様子だったが、やがて思い出したように言った。
『そうそう。依頼のメールが来てたから、受けるって返事出しといたよ』
「ふーん。どんな依頼だ?」
『えっとねー。……アルテリア・スターナムの防衛で、報酬は十分用意してるってー』
「アルテリアの防衛ねぇ……。まぁ、普段やってるコロニー警備とそんなに変わらないだろうし……」
『じゃあ、受けるんだね』
「もう返事も出しちまったんだろ? だったらやるしかねえよ。おっと、そうだ……」
ブラフマンは情報端末の前に立つと、メールを起動させた。
しばらく端末の前で考えていたが、シンプルにこう打ち込んだ。
From:ブラフマン
Title:仕事手伝え
あー、親愛なるレイヴン諸君(笑。
喜べ。うちのポンコツが良い仕事を見つけて来てくれたぞ。
何でもアルテリア・スターナムの防衛で、報酬は十分用意してるらしい。
仕事無くて暇な奴は手伝ってくれ。
本文を打ち終えたブラフマンは、複数のレイヴンのアドレスを選択すると、送信ボタンを押した。
送信が完了した事を告げるメッセージが表示され、ブラフマンは満足げに頷く。
「これでよしっと……。さあて、飯の続きっと……」
それから数分後……。
敵勢力がネクスト二機だとブラフマンに伝え忘れていたテックンは、それを伝えた途端に、スパナで頭部を激しく叩かれる事となる。
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しかし何の手違いか、リンクス以外にもそのメールを受け取る者がいた。
とはいえネクスト二機の相手など、リンクス以外で受ける者はいないだろう。
その男にとって不運だったのは、最初にそのメールを見たのが本人ではなかった事だ。
『三分間、待つのだぞ』
奇妙なエコーが混じった少年の声に、男は腕にはめた時計を見る。
男の目の前には火に掛けられた鍋があり、鍋の中では沸騰したお湯がぐつぐつと音を立てていた。
時計の秒針が丁度十二時を回ったところで、コンロの火を止める。
「腹が減っても、じっと我慢の子であった……っと。さーて、ご飯よそってくれポンコツ」
『だからポンコツじゃなくて、テックンだって何度言ったら分かるの!?』
しかし男はその声を無視すると、怒った相手の手から皿を取り上げ、炊飯器の蓋を開けた。炊き立てのご飯の香りが鼻をくすぐるが、男は炊飯器の中を見て顔をしかめた。
「こらポンコツ! てめぇ、また炊けてすぐに混ぜておかなかっただろ!?」
男はそう怒鳴ると、近くに置いてあったスパナで目の前の平たい筒状の頭を叩いた。
傷害罪で捕まりそうな勢いで振り下ろした男だったが、固い物を叩いた時と同じ衝撃を受けて、逆に男の腕が痺れた。
『あいたたた……。何するんだ、ブラフマン!? 頭がちょっとへこんだじゃないか!』
ブラフマンと呼ばれた男は無視した。頭が少しへこんだぐらいなら、全く問題が無いと知っているからだ。
何故なら彼が叩いた相手は人間じゃないのだから……。
銀の筒状をした身体に、円い形をした青いカメラ。細い腕の先には鋏状の手がついている。
かつて作業用として活躍していた無人ロボット『テックボット』と全く同じ姿だ。
唯一違う点といえば、ブラフマンの腰の辺りまでしかない身長だろう。
昔、廃棄されていたものを持ち帰り、知り合いの技術者に修理してもらった結果こうなったのだが、今ではその時の事を後悔する毎日だった。
溜め息をつくと、ブラフマンは皿に半分ほどご飯を盛り、湯の中で浮かぶレトルトパウチを取り出した。
封を切ってご飯の横に掛けると、湯気と共にカレーのスパイスが香り、思わず顔が綻ぶ。
「先着百名様限り、レトルト食品セールを勝ち残った甲斐があったってもんだ……」
無精髭の生えた顎に手を当て、しみじみと呟く。
『やっぱりブラフマンもリンクスになろうよー。適性はあるんだし、ネクストに乗れば仕事も報酬もウホウホだよ?』
「ウハウハな……。悪いが俺は今の仕事で満足してる。コロニーの警備員で充分だよ」
実際にはブラフマンは警備員などではなく、レイヴンと呼ばれる傭兵である。
アーマードコアと呼ばれる人型汎用兵器(現在ではノーマルと呼ばれている)を操り、戦場の花形と呼ばれていた彼らだったが、新型アーマードコアであるネクストの登場に伴い、仕事は激減した。
今ではレイヴンに残された道は、企業の犬となるか、武装勢力に加わるか、コロニーの警備をするぐらいしかない。
「大体、適性があるからって、なれるとは限らないだろ?」
『でもレイヴンからリンクスになった人だっているんでしょー? アナトリアの傭兵みたいにさー』
アナトリアの傭兵。
かつて伝説とまで呼ばれた腕利きのレイヴンにして、後にリンクスとなってオリジナルリンクスを凌駕する戦果を挙げた男だ。
そんな男を引き合いに出されたところで、ブラフマンには笑う事しか出来ない。
話を打ち切るように手をひらひらと振ると、スプーンですくったカレーを口に運んだ。
テックンはしばらく不満気な様子だったが、やがて思い出したように言った。
『そうそう。依頼のメールが来てたから、受けるって返事出しといたよ』
「ふーん。どんな依頼だ?」
『えっとねー。……アルテリア・スターナムの防衛で、報酬は十分用意してるってー』
「アルテリアの防衛ねぇ……。まぁ、普段やってるコロニー警備とそんなに変わらないだろうし……」
『じゃあ、受けるんだね』
「もう返事も出しちまったんだろ? だったらやるしかねえよ。おっと、そうだ……」
ブラフマンは情報端末の前に立つと、メールを起動させた。
しばらく端末の前で考えていたが、シンプルにこう打ち込んだ。
From:ブラフマン
Title:仕事手伝え
あー、親愛なるレイヴン諸君(笑。
喜べ。うちのポンコツが良い仕事を見つけて来てくれたぞ。
何でもアルテリア・スターナムの防衛で、報酬は十分用意してるらしい。
仕事無くて暇な奴は手伝ってくれ。
本文を打ち終えたブラフマンは、複数のレイヴンのアドレスを選択すると、送信ボタンを押した。
送信が完了した事を告げるメッセージが表示され、ブラフマンは満足げに頷く。
「これでよしっと……。さあて、飯の続きっと……」
それから数分後……。
敵勢力がネクスト二機だとブラフマンに伝え忘れていたテックンは、それを伝えた途端に、スパナで頭部を激しく叩かれる事となる。