連載小説
[TOP][目次]
#10:バグ・ハンティング -アミダ・アタック-
「みんな危ねぇ!」
 クオレの叫びに僅かに遅れ、3機のACBは一斉に急速後退した。直後、爆発四散した仲間の残骸を踏み越えたアミダが一斉に溶解液を噴射する。しかし既に距離を取っていた3機のACBに対してはその飛沫すら当る事がなく、ただアスファルトとコンクリートの壁面を焼いたに過ぎない。
 クオレは即座に連射モードのブリューナクで弾幕を張った。ナービス戦争時代よりお馴染みの原種アミダはこの掃射で次々に倒れたが、しかしその残骸を踏み越え、赤い外骨格をした5匹のアミダが迫る。そいつらはクオレ機を認めるや、口をもたげて赤々と燃える弾を吐き出した。
 だが、吐き出された火炎弾は弾速が遅く、クオレ機が歩いて射線上から逃れる事すら容易だった。そのままブリューナクを集束モードに戻し、溜めずに繰り出したビームにより2匹連続で爆発。残る3匹はカニス・マヨルのリベリオンで1匹が、ブランネージュのマシンガンで2匹が立て続けに粉砕された。
「9時方向!」
 ハインラインの声にクオレがすぐ反応し、機を前進させた。刹那、倒壊したビルの陰から火の玉が飛び出し、クオレ機が先程まで居た地点で大きく広がって燃え上がった。しかしカニス・マヨルとブランネージュにダメージを与えるには射程が及ばない。
 3機が振り向くと、ビルの残骸の陰に赤い外骨格のアミダが蠢いていたのが分かった。そして、3機は難なくそいつを片付ける。
「全くキサラギめ、豆板醤みたいなヤツをこさえやがって……」
 豆板醤みたいなヤツとクオレから言われてしまったこの火炎放射型アミダは、本来なら自爆攻撃に用いられる体内の特殊な化学物質を吐き出して攻撃出来るように改良されたものであった。出現が確認されたのは24時間戦争後、バーテックス戦争の最中にあった地球暦263年の事である。
「クオレ、3キロ北東にアミダ原種及び火炎放射種確認。君達のチームが最短距離に居ます。数はおよそ30匹。君達の装備でも十分排除可能です」
「分かった」
 クオレはすぐにブースターに点火、スティンガーを進ませる。
「アミダだけか?」
 アイザックスの質問に、ハインラインは「はい」と答えた。その間に、カニス・マヨルは先行していた後輩の標準仕様スティンガーに追いついていた。
「ハインライン、連絡怠慢ですみませんが、こちらの担当オペレーターが到着早々、機械生命体襲来で負傷。よって、しばらくこちらのサポートもお願いします」
「了解」
 生物兵器退治を行っているとは言え、まだインファシティ内は多少なりとも機械生命体が徘徊しており、各地に被害をもたらしている。チェインの基地も例外ではなく、ハンガーが攻撃されたり、更には撃破や自爆特攻によりに四散した破片で死傷者が相次いでいた。これによりディアマントの担当オペレーターが軽傷を負っていたのだった。
 それにも拘らず、任務遂行上で大した問題になっていなかったのは、まだ戦列に立った直後の上、オペレーターがいる仲間のハンターと行動を共にしていたためであった。
 ディアマントは通信モニターの接続先ダイヤルをハインラインのものに設定し、微笑み混じりで発した。
「今度は私をヘドロの沼に沈めないようお願いしますね」
「肝に銘じます……」
 ディアマントとしては若干の冗談交じりであったのだが、失敗を引き摺っているハインラインにとっては、直接通信の第一声にして極めて耳の痛い言葉である。一瞬声を詰まらせたハインラインだったが、それでも何とか事務的姿勢を取り繕い、了解した。
「……もう許してやれよ、マジで。ジのつくクソ女と違うんだしよ」
 クオレが苦言を呈す。過ぎた事とは言え、ハインラインにも反省の様子が見られる問題を、グダグダと必要以上に引き摺られるのは、彼としても気分が悪かった。
 いい加減に許してやれと苛立ったクオレだが、しかし彼は前方の新地から上がった轟音と土煙でスティンガーを不意に飛び退かせた。他の2機が武器を構える中、立ち込める土煙からレールガンが、ついで忌々しい紫色の中量級2脚ACが粉塵塗れになって歩み出し、半壊しかかっていたCHD-MISTEYEに輝く緑色のモノアイをハンター達に向けた。
「最悪だ……なんて所から出てきてやがんだあのクソ!!」
 相手がファシネイターと分かるや、クオレは即座にブリューナクを猛連射し、反撃を許す事無く廃棄物に仕立て上げた。
 恐らく、以前のインファシティ襲撃の際に撃破されたものが瓦礫に埋まっており、今になって何らかの原因で突然再起動したのだろうとはクオレの推測であったが、それならば今度こそ二度と甦らないようにと、真っ先に飛び掛る。パルスキャノンの砲撃が機を掠める中、ハードフィストで大破したコアを更に引き裂き、チャージ率50%のブリューナクをゼロ距離から発射。ファシネイターは木っ端微塵となって瓦礫の山へと消えた。
「永遠に埋まってろやオラァ!」
 悪態を吐き捨て、アミダ撃破の事を思い出して道を急ぐクオレだったが、やはり憎悪に取り付かれた思考回路は宿敵へと向いてしまう。
「ったく、あんな所から出てくるか!? いやそれより、死んだんならあのまま永久にあそこに埋まってろと――」
 今度は横殴りの衝撃がクオレ機を襲った。幸いにもすぐに視界の平衡を取り戻したパイロットだったが、姿勢制御が上手く行かず、シートに固定された自分の体が横倒しのまま動かない。しかも、コックピット内が暑い上、赤くフラッシュしているメインモニターには外骨格に覆われた刺付きの細長い脚が写っている。
 以前クオレを襲ってきた、あのアサシンバグの脚だとすぐに分かった。
 一つ物事が分かれば後は連鎖的に物事が分かるもので、ファシネイターに思考を奪われていた隙を突かれ、飛びつかれてしまったらしいともクオレには分かった。そして、コックピット温度の急激な上昇とモニターの赤いフラッシュは火炎弾を浴びせられたのが原因だと察するに至った。これまで何度も乗っているスティンガーでは、機体温度の急上昇は赤いフラッシュで警告されると分かっていたからだ。
「離れなさい!」
 ディアマントが声を張り上げ、機が何度か揺さぶられた直後、軋るような悲鳴と共に足の1本と翅がクオレ機前方へと飛び、次いでまたクオレの視界が回転した。
 モニターには、リーサルドラグーンを手放した左腕のハードフィストをアサシンバグに見舞うブランネージュの姿があった。先の千切れとんだ足も彼女の仕業だろうとクオレには分かった。
 そのブランネージュは、再びハードフィストを見舞おうとするも、アサシンバグに組み付かれてしまう。だが、カニス・マヨルが冷凍弾を撃ち込むと形勢は逆転。液体窒素を浴びたアサシンバグは全身を縮こまらせ、全身の体液と組織をくまなく凍結させられて動きを止め、地面に転がって砕けた。
 液体窒素を噴射する冷凍弾は、狭い場所で使ったなら相手を窒息死させかねないシロモノであるが、しかしながら現在の戦場は密閉空間でもないので、人間を巻き添えにする事も少ない。しかも、弾頭内に詰められているのは酸性雨の原因になりうる酸化窒素ではなく、純度のきわめて高い窒素である。したがって、環境破壊のリスクはあまり気にせず撃てるのである。全く環境に無害ではないとは断言出来ないが、少なくとも焼夷弾や炸裂弾などに比べれば、環境へのダメージは少ないのは確かである。
「大丈夫ですか?」
「何とか食われずに済んだぜ」
 心配して訊ねるディアマントに、クオレはありがとなとサムズアップした。
「スティンガーは何ともないか?」
「どうにか……特にどこかがイカれたというわけでもないようですが……念のため、調べます」
「分かった。周りはディアマントと一緒に見張っておくよ」
 頼みますとアイザックスに返すと、クオレはスティンガーを立ち上がらせながら、機のコンディションを確かめていく。
「ハインライン、システムチェックを頼む」
「了解」
 ハインラインの指先がキーボード上で踊り、無線ネットワークを介してクオレ機にアクセス、各種コンディションの状態表示と診断をスティンガーのコンピュータに促した。
 スティンガーに限らず、戦闘機を含む現行の機動兵器はハイテクの塊が動いていると言っても過言ではない。各種のシステムとそれを支える精密機器類や、関節構造を初めとして、複雑に干渉しあう機械類が欠かせないからだ。特に人型兵器には言える事である。
 しかし機動兵器は、システムの肥大化や構造の精密さに伴い、総じて衝撃に対する脆さをも抱えることにもなった。
 まず、転倒などで強い衝撃が加われば精密機器類が逝く危険が伴う。精密機器が故障すれば各種のシステムを満足に維持出来なくなるのはコンピュータの登場以来の常識であるが、質量の大きい機動兵器ともなれば、装甲などで守られているとは言え、転倒時に加わる衝撃も相当なものである。
 さらに、酷い場合は電子機器や回路どころか、関節が壊れたり、最悪シャフトが折れる危険性さえあった。
 人型兵器の場合、この問題は深刻だった。何しろ人型兵器はその構造上、上半身と下半身を繋ぐのは腰部だけであり、ここのシャフトが折れたら最後、上半身フレームを支えきれなくなるのである。そうなると機種にもよるが、大抵の人型兵器はまともな戦闘に耐えうるものではなくなる。
 現行の陸専用機動兵器が歩行を主な移動手段とはしていないのも、そうした理由あっての事だった。走った所で速度は知れており、また内部機構に及ぶ衝撃も大きいのだ。スティンガーなどACBの多くは脚部内臓のローラーとブースターの併用によりでの高速陸上移動を可能としているが、腰部のシャフトが折れればそれも意味を成さない。
 クオレもそのあたりは叩き込まれており、故に転倒したスティンガーの状態を入念に調べていたのだった。さらに言えば火炎弾で機体温度が高まった付近で液体窒素をばら撒かれたため、熱疲労で機体のどこかが損傷したり不具合を起こしている可能性もあった。
「チェック完了。全システム正常に機能します」
 どこかの故障を危惧し、修理のために一度呼び戻すか、他のハンターに依頼しての回収も止むなしかと見ていたハインラインだったが、それが取り越し苦労で済んだ事に安堵した。
「よし、まだ戦えるな……」
 そして、そんなスティンガーを操っていたクオレはハインライン以上に安堵していた。
「それは良かった」
 アイザックスもまた、後輩の機が無事だった事を己の事のように安堵した。
「蟲!」
 レーダーコンソールをちらりと見て、ディアマントとクオレが声を張り上げた。背後に敵が迫っているとハンターの勘で察し、カニス・マヨルを即座に前進させる。
 彼が正しかったと裏付けるように、カニス・マヨルのすぐ傍、ビルの谷間から火が吹き上がった。そして、その火元には、赤い外骨格のアミダが潜んでいた。炎に照らされたそのシルエットは、単独ではなく3匹が集まっているものだと、ディアマントとクオレには分かった。
 ディアマントはいつの間にか拾い直していたリーサルドラグーンを即座に発泡、液体窒素弾頭を火炎放射アミダに直撃させた。ばら撒かれた液体窒素をもろに浴びたアミダは足を縮こまらせ、断末魔を上げる間も許されないまま全身を凍傷させて動かなくなっていた。最後尾の1匹はまだ蠢いていたが、音を立てて凍て付いた仲間の亡骸を砕き、程なくしてその後追いとなった。高性能爆薬搭載の榴弾に比べて破壊力こそ大きく劣る冷凍弾だが、モンスターへの効果は絶大だ。
「エグいですが、まあ仕方ありませんね」
 倒した相手を一瞥する事もなく、また冷や汗や恐怖も滲ませる事なくディアマントは先を急いだ。
「行きましょう。アレの同類が市民を襲わない保障はありません」
 異議なしと、クオレとアイザックスも後を追う。
「アミダの進行先、君達から約1キロ南の交差点周辺で生き埋めとなった市民の救出活動が開始されています。既に他のハンターが交戦、進行を何とか食い止めていますが……」
「いい加減駆除しないとヤバいな」
 クオレはオーバードブーストを起動、我先にと現場に急いだ。カニス・マヨルもオーバードブーストで急行するが、そうなると機種の関係上、オーバードブーストを装備していないブランネージュはどうしても後手に回ってしまう。
 だが、それでも人類の敵を放置していい理由にはならないと自分に言い聞かせ、ディアマントも可能な限りのスピードで愛機を急がせた。
 幸いにも、アミダの群れにはすぐに遭遇出来た。機械生命体襲来によって新地となったオフィス街の一区画を、通路や倒壊したビルの差別なく集団で這いずり回っている。その行く先で、グラッジパペットに酷似したACが火炎弾や溶解液を横跳びと飛び退きで回避しながらロケットとEOを乱射。突出した個体から順に吹き飛ばしていた。
「何だ、ブレイザーまで来てたのか……」
 自分なりの個性をACに求める傾向にあるAC乗りの常で、普通なら自分と酷似したACには敏感に反応するクオレであったが、すでに眼前のACの正体は分かっていたので、小さく呟きはしたが、特別何も感じなかった。
「クオレ2号が既に戦ってたか」
 アイザックスも正体に気付いていた。
「名前で呼んでくれよオイ!」
「ああ、気を悪くしてごめん」
 あっさりと謝ったアイザックスからクオレ2号と呼ばれてしまったブレイザーだが、それも無理はない所だった。何故なら彼は、クオレ同様にACを駆り、やはりクオレ同様家族全員――両親と4歳年下の妹をジナイーダに殺され、さらに同じく強化人間となった身分だからである。ただし、彼はクオレとは違い口汚い言動はなかった。
 更に言えば、その搭乗ACにも類似性が見て取れる。防御性能に不安を残すも生体センサーをはじめマップ機能や多彩な機能を持つレーダーで評価の高いMHD-MM/004を頭部に、ナービス戦争時代以前から既に“産廃”や“役立たず”などの不名誉なレッテルを貼られていた軽量級EOコアMCL-SS/ORCA以外は、グラッジパペットと同じフレームなのである。エクステンションはKWEL-SILENTではなくCWEM-AS40となっていたが、難のあるミサイルカウンターを補っていると言う点は同じだ。
 しかし武装の点は似ても似つかず、右腕には旧型番のWH09H-WRAITH時代よりAC用搭載射撃武器中最軽量を堅持しハンドガンにしては連射性能にも優れるMWG-HGH/WRATHが、左腕には前モデルであるCR-WR88G2より弾数が6発増量され、弾薬口径こそ小さいものの30発と榴弾投射系武器では破格の携行弾数を有するグレネードライフルCWGG-GRS-30が接続されている。
 ただ、このグレネードライフルに重量を取られている中で装備のバランスを意識したのだろう、支給されるACのそれと同じ小型ミサイルポッドCWM-S40-1、最大携行弾数50発の小型ロケット砲CWR-S50を軽量化――と言うよりは、CR-WB69ROの型番だけを変えたと言った風情のCWR-S30が積載されていた。元軽量級2脚であるためか、最大積載量が中量2脚としては少なめであるMLM-MX/EDGEで攻撃バリエーションを求める場合、軽量の火器で固めるしかなかったのである。
 そんなブレイザーのACには名前が付けられていない。これは操縦者自身が、ACはジナイーダへの復讐の為の道具としか考えていないためで、壊れてしまえばそれまでの消耗品も同然の機体に、名前を付ける事は面倒臭い上に無意味であると写っていたのだ。
「それより、手伝ってくれ!」
「分かった」
 そのつもりで来たんだと、アイザックスは愛機を上昇させ、リーサルドラグーンをアミダの群れの真ん中目掛けて発射。接地と共に爆ぜた榴弾は液体窒素を盛大にぶちまけ、一気に複数の個体を凍死に追いやる。
 クオレは地上で回避運動を交えながら、連射モードのブリューナクで1匹ずつ確実に打ち砕いていく。
 追いついたディアマントも、群れの様子を見ると纏めて倒したほうが最善と判断し、ジャンプからのリーサルドラグーン射撃で密集したアミダを纏めて仕留める。孤立した個体は、右腕のマシンガンで蜂の巣に仕立てていく。アミダからの火炎弾や溶解液噴射は、見る間にその数と頻度を減らしていき、全てが沈黙するまではさほど時間は掛からなかった。
「ざっとこんなもんか」
 全滅したアミダの亡骸を一通り見渡してから、クオレは通信モニターに目を落とした。
「ハインライン、南の交差点の救助活動はどうなってんだ?」
「ハンター・イェーガー計10機体制の護衛の下で進行されています。先程、瓦礫の中から手が出たとの連絡を受けました」
 このまま首尾よく救助出来れば良いのですがと、ハインラインの顔が愁いを帯びる。
「どうする? 救助活動の手伝いか何かに行った方がいいか?」
 ただ外敵を潰して回っているだけでは何となくばつが悪いと見てクオレは提案したのだが、ハインラインは、大丈夫だろうと返す。
「ハンターがあまりに集中し過ぎても、逆に救助隊員の身動きが取れなくなったり、救急車が現場に入れない可能性があります」
「仕事に戻った方が利口ってか」
 ハナっからその心算ではいたけどなと呟くと、クオレは視線をメインモニターに戻した。視界内で動く怪物の姿はなかった。
「と言うか、お前……」
 ハインラインに代わってブレイザーが通信モニターに現れた。
「アリアさんにヘンな真似してないだろうな?」
 クオレは溜息をついた。ブレイザーは腕は確かで、クオレとしてもそれは認める所であるのだが、ディアマント――本名で言えばアリア=ローウェルが絡むとクオレには排他的になるのだ。似たようなACを駆り、似たような生い立ちと思考回路を持っているが故に、強く意識されているらしいとは聞いた覚えがあるが、それにしても何で自分に突っ掛かるのかが解せなかった。
「安心しろ、その気はねぇ。寧ろテメェの萌えの対象を守ってやってるんだから、多少は感謝してもらいたいぐらいだ」
「どこに行っても口の減らないヤツだな」
 ブレイザーがなおも突っ掛かってきた。
「大体、胸と背が必要以上にデカイだけの姉ちゃんに関心なんざ抱けるか」
 臆面も何もなく、クオレはディアマントへの好意をあっさりと否定した。だが仕方ない、元々彼は恋愛沙汰に対しては全く関心が無いからだ。仮にあったとしても、今はそれに現を抜かすような時ではないと心得ている。
「お前……それがアリアさんの前で言うセリフか?」
 一方、ディアマントに萌えと愛慕の念を抱くブレイザーは彼女を卑下されたと見てなおも噛み付いてきた。そんな彼を、クオレは「知るか!」と一蹴する。
「あのですね、2人とも」
 年下の若者2名を見かねて、ムッとした口調でディアマントが発した。
「今はつまらない言い争いをしている場合じゃないと思うのですが?」
 口調はやんわりとして落ち着いているが、目は笑っていない。見るからに機嫌を損ねたとクオレには分かったが。
「……悪ぃ」
 一応詫びるクオレだが、その胸中ではブレイザーへの罵倒が続いていた。
(……ブレイザー、クソジナ潰したら覚えとけテメェ)
 一方、好意を抱いている相手を怒らせてしまった事でブレイザーの顔面からは血の気が引いていた。
「すみませんでしたッ!!」
 ブレイザーは深々と頭を下げた。
「当たり前だろ、バカ。大体、テメェが余計に突っ掛かったせいで事がややこしくなったんだろうに」
「クオレ、口悪いですよ」
「姉ちゃんは細かい事に拘りすぎなんだよ!」
 歯に衣着せぬ物言いの刹那、クオレはレーダーコンソールにちらりと目をやった。そしてブレイザーが反応する間もないうちに機を旋回させ、連射モードに切り替えていたブリューナクを路地裏目掛けて発砲した。
 光線照射の直後、凄まじい咆哮に続き、クオレ機前方を這っていたであろう5メートルクラスのグラトンワームが路地裏より飛び出してきた。しかし前方は既に短照射型ビームの連射で焼けた状態になっており、露出していた外顎も千切れ、反撃も叶わずにクオレ機のハードフィストで頭を叩き潰された。
 その1匹に続き、新たに2匹のグラトンワームが這い出して来た。サイズは先程の個体よりも一回り大きく、両者とも優に7〜8メートルはありそうだった。
「クオレ! ブレイザー! 無駄話している場合じゃないぞ!」
 アイザックスからの叱りでブレイザーもメインモニターに向き直り、次いでレーダーコンソールに目を落とした。
 西からは新たなアミダが接近しているとブレイザーには分かったが、既にカニス・マヨルがレーザーガンで仕留めに掛かっている。
「クソッ、もう和解とかしてる場合じゃねぇ!」
 クオレはハードフィストでグラトンワームに殴りかかった。最初の1発は外顎と歯の何本かをへ折り、続く1発は金属杭が頭部を刺し貫き、次の一撃を打ち込まれると巨大ミミズの頭部は完全崩壊、続くブランネージュからの冷凍弾により、動きは完全に止められた。
 もう1体はブレイザー機に襲い掛かったが、EOとハンドガンの連射によって制圧された。
「3人とも手伝ってくれ!」
 カニス・マヨルは新たに姿を見せたアミダの群れへとリベリオンを向け、切れ目のない蒼白いレーザーを照射していた。
 このアミダの群れは、原種以外にも火炎放射種、24時間戦争の最中に出現した飛行種、更に灰褐色の堅固な外骨格を持ち、体格も一回り大きい装甲強化種で構成されていた。
 クオレ機のブリューナクと、ブレイザー機のEOもすぐさま掃討に加わった。通常のアミダはこれで容易く倒せるが、装甲強化種は連射モードのブリューナクも、EOの連射も苦にしなかった。
 ならばと集束モードに切り替え、エネルギーをチャージしようとしたクオレだったが、他のアミダが火炎弾と溶解液を彼の機目掛けて飛ばし出したため、回避に専念する。火炎弾と溶解液が機を掠めた時には冷や汗が背筋を伝ったが、ディアマントがリーサルドラグーンで援護射撃し、彼を狙っていた怪蟲を始末した事で危機を脱した。
「またも助かったぜ。危ねぇとこだったわ」
「いえいえ」
 営業スマイルをクオレに向け、ディアマントは武器をミサイルポッドに切り替え、原種目掛けて高機動小型ミサイル「ストーカー」を発射した。
 高機動小型ミサイルとはいえ、元来はAC用肩武装・WB12M-EMPUSA用のミサイルだったもので、現在はAC用小型ミサイルポッド――支給されるACに付属するCWM-S40-1等の小型ミサイルランチャーや、3連装ミサイルCWM-TR90-1、ミサイルランチャー型武器腕CAW-DS48-01は勿論、ACB用ミサイルポッドにも装填可能になっている。ノズルの改良や誘導装置の強化に伴って1発200cになってしまい、1発120cする通常の小型ミサイルにも増して使うにはコストの掛かる難モノであるが、優れた誘導性により高機動の空戦型機械兵をも容易く捕らえるため、信頼性は非常に高い。
 そのミサイルが、ブレイザー機が繰り出した通常型の小型ミサイルと共に装甲強化種に突き刺さった。連射火器を容易く耐える外骨格だが、しかしミサイルを防ぐのには役に立たず、頭部を吹き飛ばされた装甲強化種は抗いようもなく瓦礫の山の上に転がった。
 その隙に、飛行種はハンター達の頭上から溶解液をばら撒き始めた。
「こんの、クソ蟲野郎ッ!」
 罵声と共に、クオレはブリューナクを拡散モードに切り替えて頭上へと連射。アミダ飛行種を次々に叩き落とし、絶命させるに至らなかったものも地面に落とした。翅をもがれた飛行種は、ブレイザー機のEOによって始末されたため、アイザックスとディアマントは地上の個体を集中的に狙う事が出来た。
「まだ鬱陶しいのがいやがる……」
 クオレは頭上にブリューナクを向けたまま、回避行動で降り注ぐ溶解液を避ける。飛沫が手足に掛かるが、フォースフィールドに防がれているため、まだそれほど損傷は大きくならずに済んでいた。そして拡散ビームで反撃し、敵の頭数を更に削ぐ。
「俺は頭上のこいつらを落とす。姉ちゃん、地上は任すからな。気をつけろとは言わねぇから、さっさとやってくれ」
「はい」
 了解したディアマントは、溶解液を避けながらクオレ機と入れ替わりで前に進み出ると、近くに這い寄っていた火炎放射種の火吹き攻撃を横跳びで回避。マシンガンで反撃して、撃破スコアを更に伸ばした。
 それなりに有能な仲間を得ているディアマントことアリア=ローウェルだが、しかし彼女はイースト・バビロンの実業家の娘と言う、他の3人と比較すると圧倒的に高い身分の出自である。そんな彼女がイェーガーとなった背景には、両親が経営するレストランとそのチェーン店を人類種の外敵から守るという、身内としての責任感に基づいての志願があったのだった。
 イェーガーとは言え、ディアマントの性格は生真面目かつ極めて温厚で、しかも愛情深い女性であり、弟タンザナイトとの関係も良好。そのため、アイザックスを初めとする周辺ハンターからの評判は非常に良かったのである。
 ブレイザーを初めとした周辺の人間からは愛すべきイェーガーとして敬意と萌えを一身に集め、ハンターながらも面倒見の良い優しい女性の印象を振りまいている彼女だが、クオレにだけは眉を顰めることが多かった。何故ならクオレの暴言――特にジナイーダを前にした時の口の汚さは、育ちの良い彼女には下品としか写らないのである。
 彼女だけではない。いくらジナイーダを前にしての品性を著しく欠く言葉遣いが仲間内から許容されている事を前提としても、クオレは同じ都市のイェーガーやハンター達からすらも、目上の人間に対しても平気で発するタメ口や歯に衣着せぬ毒舌など、口の悪さゆえに周囲から顰蹙を買う事が少なくなかったのである。
 しかし、ディアマントはクオレの戦闘能力は勿論の事、子供に対して向ける素朴な優しさなどに関しては評価しており、あまり多くは訪れなかった共闘の機会では、そつなく彼のサポートに努め、時に彼のサポートを受けて任務を完遂した。
 今も、クオレは敵に戦闘の主導権を握らせまいと拡散ビームで飛行種を撃墜し、彼女をサポートしている。中にははぐれだと分かるソラックスやドラグーンフライがやって来て叩き落とされる様子もあった。
 しかしながらドラグーンフライは、他のハンター達にとっても無視出来る存在ではなかった。クオレ機の拡散ビームで撃墜されなかった機は、視界に入るが幸いとばかりにハンター達に発砲して来たのである。
「みなさん、飛んでるものを狙いましょう!」
 ディアマントは一転し、バルカンを頭上から撃ちかかってくるドラグーンフライを優先順位と定める事を提案した。
「全く、提案はしたけど上手くいかねぇもんだな……」
 言いだしっぺなのに実行出来なかった己の情けなさに気を落としかけるクオレだったが、溶解液と火炎弾が飛んで来たので、落ち込んでばかりもいられない。すぐさま射程より離れながら、拡散モードのブリューナクでドラグーンフライ1機を落とす。
 ブランネージュも、ブレイザー機を追い回している1機にストーカーミサイルを吐き出す。撃墜にこそ至らないが、高機動ミサイルはドラグーンフライを執拗に追い回し、ブレイザーに息つく猶予を与えてくれた。
「くっ、あのカトンボを落とさないと!」
 ブレイザーは武器をハンドガンに切り替え、機銃弾の雨霰の中、EOを収容してディアマントの後を追った。スティンガー2機はオーバードブーストで一度離脱する。ドラグーンフライはゆるやかなグループを組んで即座にその後を追った。
 ブレイザーはその様子を見るや、再びEOを起動。更にハンドガンも同時に繰り出して意図的ではない囮を追いかけていたドラグーンフライを襲う。AC用火器全体から見れば弱威力の攻撃であるが、それでもドラグーンフライを叩き落とすには十分だった。エネルギーEOを浴びた機は次々に翼を砕かれ、両手足や頭をもがれ、後部推進システムを吹き飛ばされて四散。弾け飛んだ仲間の破片にぶつけられて墜落するものさえも出ていた。
 途中、1機に急接近されてコアにバルカンを撃ち込まれるが、反撃で繰り出した銃弾はドラグーンフライの頭部と胴体部を直撃、脆弱な機体の翼をへし折って撃墜せしめた。
 C02-URANUSはEO使用によるエネルギー消費が激しく、ナービス戦争とその後の24時間戦争でも、「ただ使っているだけでOBタイプコアよりもエネルギー消費面で不利になる」と断じられた劣悪なエネルギー関係で批判を浴びる事が多かった。しかし、型番変更の後、機械生命体に対抗する形で各種性能にメスが入れられ、現在はEOの射撃1発当りのエネルギー消費はナービス戦争時代の5分の1近くにまで落ちているため、ジェネレーター出力次第であるが、ブースターとの同時併用でない限りはEOを連射した所で早々へこたれはしない。
 基本性能でも、材質変更やフォースフィールドの搭載によって、防御面はMCL-SS/RAYどころか、24時間戦争時代のYC07-CRONOSを凌ぐ軽量級コア屈指の防御性を獲得している。各種中量級コアと比較すれば流石に防御面ではいまひとつ及ばないものの、マシンガン程度ですぐに木っ端微塵にされるような脆弱さはない。その他の性能も、ナービス戦争時代や24時間戦争時代とは、比較にならないほどに強化・改善されていたのだった。
 事実、溶解液や火炎弾を避けるためにビルの上でジャンプを繰り返すブレイザー機のEOは、百発百中には程遠いながらも、遠距離に逃げていたドラグーンフライすらその優れた弾速で捉え、撃墜している。そのコアの活躍もあってか、ドラグーンフライは殆どが撃墜され、残っていた3機はスロットル全開で敗走した。
「いい判断だと思うよ」
「有難う御座います」
 アイザックスとしては、優先順位をしっかり定め、迷わず厄介な増援だけを叩く戦術展開は評価したい所だった。単に腕だけで見ればクオレに軍配が上がるだろうが、彼女の頭の回転が良い所は彼も一目置いていたためである。
「よし、カトンボは駆逐! こいつ等に戻る!」
 ブレイザーはビルから飛び降り、諦観者達になってしまっていたアミダの集団目掛けて攻撃を再開。横跳びで溶解液を回避しながら、ロケットで装甲強化種を叩き潰し、EOで原種や火炎放射種を打ちのめす。
「今更という気がしないでもないですが……」
 アミダ飛行種をマシンガンで撃ち落し、ディアマントが呟く。
「あんなにエネルギー兵器を連射して大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫じゃねぇの?」
 答えたのはクオレだった。
「ナービス戦争時代は産廃みてぇな扱いだったらしいけど、今は発射に要するエネルギーがかなり改善されているからな」
「いえ、それ以上に重量にエネルギー関係と、足を引っ張る要素も多いのではと思って……」
 その心配はないだろうとハインラインが口を挟む。
「重量については、YC07-CRONOSに“威力と引き換えに弾速と連射性能が強化されたパルスガン”か、リベリオン当たりが乗っていると考えれば軽いものですよ。エネルギー関係も稼働時消費エネルギーが同等レベルのMCL-SS/RAYが一線級である事を考えれば同じ事」
 そんな訳で、YC07-CRONOSと比較して重量が嵩んでいるものの、ハインラインもクオレもさほど問題視はしていなかったのだった。勿論、EOの状態や、パイロットの運用思想ならびに技量などは別問題としてだが。
 だが、ブレイザー機はクオレが見た限りでも、先程から頻繁にEOを起動して敵と戦っている。それを考えるに及び、懸念事項が付き纏っていた。
「ブレイザー、EO切れるぞ!」
 クオレの言うとおりだった。ブレイザー機のEOは既に装填弾数が底を突きかけていた。
 だが、ブレイザーはEOを収納すると、何事も無かったかのようにハンドガンで原種を銃撃して自爆を誘発、爆心地周辺の他個体を数匹纏めて吹き飛ばした。
「たかがEOひとつが息切れしただけだ、機体には何ら問題はない!」
 浮き足立つ様子もなく、ブレイザーは的確なハンドガン射撃で原種を撃ち抜き、自爆を誘発した。アイザックスはその周辺の火炎放射種を排除してサポートに努める。
「ブレイザー、大丈夫でしょうか?」
 新たに迫ってきた2匹の火炎放射種をマシンガンで攻撃しながら、ディアマントはブレイザー機へと目をやる。
「マシンガン2丁で突貫の俺と違って、ブレイザーは中々器用だ。早々ポカはしねぇだろうよ」
 これもまたクオレの言うとおりだった。
 ブレイザーは軽量ながら多彩な攻撃手段を持っているが、普段は実質弾数無制限のEOを主力兵器に戦うという、少々風変わりな戦闘スタイルを有している。ハンドガンはEOがエネルギーを使い果たし、再度使用可能になるまでの繋ぎや牽制、迎撃などに使い、固い相手はロケットやグレネードライフルで撃破、飛行型機械兵などの俊敏な相手はミサイルで迎撃と、各種の武装は用途を絞り込んでおり、それらを相手に応じて巧みに使い分ける。
 悪く言えば器用貧乏でしかないブレイザーだが、反面武装に対する柔軟性は高く、相手を選ばず戦う事が出来る強みも持ち合わせていたのだった。この点、弾幕や連射で押し切る戦いに終始する傾向にあるクオレとは対照的だ。
 ただしその代わり、攻撃バリエーション以外は傑出した点がないため、特化型の相手に対してはその器用貧乏振りが仇になるのも事実であった。実際、この時点でブレイザー機はドラグーンフライによって上半身の装甲が随所で穿たれ、削られている。
 更に、ナービス戦争や24時間戦争から消費エネルギーが軽減されているとは言え、エネルギー兵器であるEOが主力である関係上、エネルギーを使用する行動に若干制限が出ているのも確かだった。EOの内臓エネルギー回復により、本体ジェネレーターの余剰出力が若干喰われており、溶解液や火炎弾の直撃こそ免れるものの、掠めたり飛沫や爆炎が触れ、バルカンにコアや上腕部の装甲を穿たれたりで、冷や汗を垂らしたのも一度や二度ではない。
 それでもブレイザーは立ち回る。1分半に及ぶ回避行動と充電期間を経て、EOの内臓エネルギーが最大値まで達するや、再びEOを起動してアミダを片っ端から叩き潰す。攻撃面が完全に復活したブレイザー機によってアミダが全滅するまで、最早時間は殆ど要さなかった。
「よし、一丁あがり」
 群れの壊滅を確認し、ブレイザーはEOをコアに戻して一息つく。
 一方、アイザックスは路地裏に向けてリベリオンを照射していた。レーザーの先では、火炎放射種が足を千切られ、同様の仕打ちを受けた後続の仲間と共にのた打ち回っていたが、程なくして動きを止めた。ブランネージュのマシンガンがそれに加わったので、視線の先に残っていた他のアミダもそれほど長くは生きられなかった。
「それにしてもこのアミダの数は何なんだ……?」
 いくら殺してものべつ幕なしに襲い掛かってくるキサラギ産モンスターに、アイザックスも手を焼き始めていた。
「全く、アミダばかり出て来やがって……」
 余りにもナービス戦争および24時間戦争時代の産物が跳梁している現状に、段々クオレはイライラして来た。
「ここはアミダの養殖場か何かか!?」
 口調から察するに、ブレイザーも同じ様な精神状態だったようである。
 それでも職務放棄する訳には行かないハンター達は、誰が言い出すまでもなく、インファシティを粛々と進み出した。
「やはり、インファシティ地下で大量発生していた可能性が疑われます」
 ハインラインが呟く。
「俺も怪しいとは思ってたんだよ。レイヴンやら機械生命体やらが襲撃して忘れがちだったけど、3月下旬ぐらいから、下水道で化け物を見たって証言が相次いでたんだからな」
 事情を知っているだけに、クオレはオペレーターの推測を否定しなかった。本来ならその駆除が行われる所だったが、レイヴンやジナイーダのせいでそれが遂に実施されなかった事を考えると、やはりというべきか怒りのベクトルはジナイーダへと向くのだった。
「あんのド畜生のクソ女とクソレイヴンどもがいなけりゃ……今頃はこんなゲテモノ相手なんざせずに済んだ所だったのによ!」
「全くだ。全部あのゴミナントのせいだな」
 クオレから発せられる罵りは見慣れているし、同じ境遇ゆえにその気持ちは痛いほど分かるので、ブレイザーは否定するような真似をしなかった。
 アイザックスはジナイーダへの恨みつらみを発する若者2人を一瞥せず、物陰でブラッドサッカーが蠢いていたのを見つけ、リベリオンで即座に焼き払った。
「ユーミル――いえ、タンザナイトは大丈夫かしら……」
 自分が楽な状態ではないが、ついつい弟の事を気にかけてしまうディアマントだった。
「そう言えば弟殿がいないけど、どうしたんスか?」
 戦っているうちは気にする余裕が全くなかったが、ブレイザーは改めてブランネージュの姿に、次いでレーダーコンソールに目をやり、いつも行動を共にしている身内がいない事に気がついた。
「今回は別行動してもらってます。私以外のハンターの皆さんの闘いからも学ぶべきだと思い、ヘルファイアーさんとオニキスさんに同伴させてもらっていますが……」
 ディアマントの心配を助長しているのは、瓦礫に混じって転がっているサイクロプスやスティンガーの残骸だった。破損の状態は十人十色と言った所だ。モンスターにやられたのか、以前の機械生命体襲来の際に撃破されたのかは分からないが、弟が駆る機体と同機種を狩る、より年長の経験者達すら倒されている現状が、優しい心を忘れていない女性イェーガーの心を痛めていた。ただし、破損したACの残骸に関しては全く気にも留めていなかったのだが。
「ホント、大丈夫かしら……」
 ディアマントの懸念を横に、クオレはハインラインに尋ねた。
「……機械軍団の動向はどうなってんだ? まだ相当数要るのか?」
 モンスター相手なら兎も角、量産機種とは言え機械生命体がまだインファシティに蔓延っているとなれば、ルーキーには厳しいかも知れない。特に機動性と速力、格闘性能に優れるネビロスが徘徊している様では危険だ。クオレでさえ手を焼く相手に出くわしたなら、経験不足のルーキーは簡単に斬り捨てられてしまう。
「機種如何ではルーキーがうろつくには相当マズイぞ?」
「ええ。現状から言って――」
 そこまで言い、ディアマントの心配を余計に掻き立て、集中力散漫から来る損害や職務怠慢等を起こされるのは得策ではないとハインラインは思い立ち、口を噤んだ。しかしながら私情が事実を隠して良い理由として正当化されないのも明確であったので、現状で確認されている機種の報告のみに留めることにした。
「現在確認されているのは、ドラグーンフライ、バルバトス、ソラックスと言った量産型機械兵ばかりで、ネビロスやレイヴンキラーと言った厄介者の存在は、今の所確認されていません。ですから、ルーキーハンターでも戦えない事はないでしょう。ですが……」
「何か問題が?」
 ディアマントの問に、ハインラインは苦い顔をした。
「敵機の質自体は大した事はないのですが、数が問題です。何しろインファシティ及びジュイファシティの各所に散開しているうえ、北方よりはぐれ者集団が流れ込んでますから」
 西側から迫っていた集団に関しては、政府軍が撃滅したために現在出現がストップしている事もハインラインは付け加えた。
「そして、まだ発見されていない敵司令塔が、はぐれ者達に攻撃を促している可能性も否定出来ません。何としても、機械生命体の拠点を発見し、撃滅しなくては――」
 ハインラインの通信を遮り、銃声と爆発音が一同の鼓膜を震わせた。何かと思ってアイザックスとクオレはレーダーコンソールに目をやり、ディアマントとブレイザーは機体を左右に振って周囲を見渡した。
 一同の右手側――南から多数の赤い点を引き連れた3つの味方機反応が迫り、程なくしてハンター達の視界に3機のサイクロプスを登場させた。3機のカラーリングや装備、損傷状態は三者三様だ。銀地に青いラインが入った機はミサイルランチャーを、黄色と黒に塗り分けられた機は短砲身のキャノンを、白地に紫のラインが入った機はロケットランチャーを装備しているが、3機ともリベリオンしか使っていない。
 3機の先では、アミダ火炎放射種と装甲強化種がリベリオンに焼かれながらも迫っていたが、その中にはノミのように跳ね、蒼白い光線を逸らしながら黄色いビームを撃っている“光線種”も混ざっていた。
「お前等も手伝ってくれ! リベリオン以外が弾切れして、俺達の機ではこいつ等を殲滅できん!」
 3機の中の誰かだろう、金髪碧眼の青年が通信モニター越しに加勢を求めて来た。
「はいよ!」
 クオレは二つ返事で、集束モードに設定したブリューナクを構え、今回は溜めなしで発射した。装甲強化種がビームで頭を射抜かれ、地面に転がる。
 ブレイザー機もEOを起動し、にじり寄って来るアミダを手近な物から片っ端から打ち倒す。ブランネージュのミサイルとカニス・マヨルのリベリオンも続く。
 火炎放射種と、いくらか混ざっていた原種はこれで容易く駆逐できたものの、問題は光線種だった。
 スティンガーに限らず、現行のACBにもAC同様、火器管制装置には未来位置演算ソフトウェアと、それにより実現した予測照準システムが搭載されている。兵器が射撃を行う上では、相手の現在位置ではなく、先に移動する位置を狙わなければ効果はない。歴代の撃墜王や名射手と呼ばれる者達は皆、そうして相手の位置を読む事で射撃の成果をより確固たるものとしており、AC搭載用のFCSは例外なく、そうした撃墜王の技術を高度なソフトウェアによって再現する事で、個々のACを高度な戦闘兵器たらしめていた。
 それに対抗するために、未来位置算出を逆手に取った切り返しによる回避も発達しているが、この光線種の動きは、それを生み出したキサラギが意図しているかどうかは別として、ジャンプによって予測照準のブレによる射撃ミスを誘っている。そして、そのジャンプから、スティンガーにとっては痛手になるレーザーを断続的に放っているのだ。
 ディアマントとブレイザーはこれに対し、それぞれがマシンガンとEOで弾幕を張って対抗する。だがこれでアミダ光線種は確かに倒せるものの、都市部で戦っている以上、周辺建造物への流れ弾も無視出来ない。幸いにしてこの区画の市民は多くが避難完了しているが、もしこれがまだ避難完了していない時だったなら人的被害は免れ得ない。
 クオレとアイザックスはその辺りも承知しており、2人はジャンプ中は無理に光線種を狙わず、着地際をブリュ―ナクとリベリオンで狙い撃ちにし、誤射と周辺への被害を抑える方法を取った。身体を跳躍させるためか、光線種は原種のアミダに比べて軽く素早いが、半面外骨格は脆弱であり、まともに命中さえすれば仕留めるのは容易い事だった。
「あなた達はインファシティ基地へ!」
「無理はするな!」
 残っていた火炎放射種を銃撃しながら、ディアマントとアイザックスは名も知らぬ味方機に離脱を促す。クオレは光線種撃破に、ブレイザーは火炎放射種の殲滅に専念している。
「すまん!」
「後は頼む!」
 被撃破を逃れたサイクロプス3機は急ぎ離脱していった。
 3期の反応が全員のレーダー範囲上から消えた頃には、大量に群がっていたアミダ達は全て、路上に散らばる焦げた肉片と成り果てていた。その向こうにはコンクリートと大破した自家用車や鉄筋等の混ざり物が転がっている。ブランネージュとブレイザー機の流れ弾が原因だ。
「……やり過ぎなんじゃないのか?」
 今は市民が居なかったからいいもののと、クオレが苦言を呈した。
「すみません、上下の揺さぶりが激しかったもので……」
 ディアマントがばつの悪そうに頭を下げる中、ガラクタの山を乗り越えて、異様なものが姿を現した。
 胴体部は確かにアミダだと分かったが、クモの様な外見で、しかもその足が異様なまでに長い。足の長さは本体の優に10倍はあった。を伸ばして本体を中空に携えながらラインビームを撃つ姿は、まるで宇宙生物を見ているような気分をハンター達にもたらした。
 ディアマントに関しては口にこそ出さなかったものの、嫌悪感しか感じないと言うのが率直な感想であった。
「気持ち悪過ぎる」
 ブレイザーは露骨な嫌悪を示した。アイザックスも関わるのはちょっと勘弁願いたいと、不意にスティンガーを後退させた。
「全く変態企業め……ザトウムシみたいなヤツまでもこさえやがって」
 一方、ゲテモノは見慣れているのかクオレは全く平気であった。そしてザトウムシ様のアミダに襲い掛かり、ハードフィストを本体に見舞ってあっけなく沈黙させたのだった。
「お、おいおいクオレ……平気なのか?」
 気色悪すぎる怪物を何の躊躇もなく始末した仲間にブレイザーは驚いていた。同じ立場なら突っ込んでいくのは真っ平御免だと見ているだけに。
「あんなの、ただ足が長くてデカイだけのクモだろ」
「ぜってーちげー!」
 クモの方がまだマシだとブレイザーは叫んだ。
「よく平気で触れますよね……?」
 ディアマントも若干引いていた。
「慣れてるからな」
 そうやって得意げな顔となったクオレは、前方のビルの陰で蠢いていた足を見つけるや、それを引っ張ってザトウムシモドキの足長アミダを引きずり出し、またしてもハードフィストの1発で抹殺してのけた。
「そう言えばクオレ……昔から、彼方此方を渡り歩いて色々なモンスター達と戦っていたと言ってたな……」
「私もそれを聞いた覚えがあります」
 アイザックスの呟きをハインラインは肯定した。
「何でも、15歳でハンターデビューして以来、様々なモンスター達との戦いも経験したそうです。無論、当人はジナイーダ潰しを最優先しているとの弁ですが、モンスターがその邪魔になると判断した場合や、金欠の場合は積極的に狩りに赴いていました」
 クオレと組んでまだ2年ぐらいで、それ以前の経歴については断片的にしか知らぬハインラインであるが、ミッション後に提出された数々の報告書と、実際にナビゲートしている事で目の当たりにした戦いぶりから、モンスター戦暦に関しても確かであろうと見ていた。
 その間にも、クオレは白い骨質の外装甲で覆われ、前足がハサミになった巨大なセミの幼虫を髣髴とさせるモンスター・ボーンマイトの一群を相手取っていた。そいつは肉食昆虫そのままの顎をクオレ機へとへと開放し溶解液を噴射、更にハサミからビームを放って攻撃していたが、クオレは単機でその陣形を突破、背後に回って集束モードのブリューナクで次々に打ち倒し、屠っていた。クオレ機を追ってすぐに振り返ったボーンマイト達だったが、カニス・マヨルはレーザーでそれを妨害。レーザーはボーンマイトの外骨格に防がれ、さしたるダメージには至らない。しかしクオレと、ブレイザーが攻めるチャンスを作ったのは確かだった。
「成る程……今まで知らなかったのですが、若くして幾多の怪物達との戦いを制した歴戦の戦士だったのですね」
 いつの間にか諦観者になってしまっていたディアマントが呟く。
「謙遜はよせよ」
 生き残ったボーンマイトにハードフィストを見舞って沈黙させ、クオレは続けた。その隣ではブレイザー機がロケットで別個体の腹部を吹き飛ばしていた。
「歴戦の戦士ってんなら、俺よりゃアイザックスさんが相応しいだろうに。俺より3年もハンター暦長いわけだからな。俺と同じく15でハンターデビューして、もうすぐハンター暦10年になるんだからな」
「それは存じています。ですが、クオレも5年もハンターをやってるのでしょう? 2年未満で落命したり去っていくハンターも数多い中で、5年もやっているってのは大したものです。私だって、やっと今年で3年目になるのですから」
「止めてくれよ」
 まだ動いていたボーンマイトに止めを刺してから、クオレは続けた。
「大体、俺はまだ歴戦の戦士ってトシじゃねぇ。そのセリフは、せめてオッサンと言えるような年齢になるまでとっておけ。俺に使うにはまだ10年は早ぇよ」
 まだ20歳であるクオレは、自分がまだ歴戦の戦士どころか、ベテランと呼ばれる事にさえ相応しくないと思っていた。ハンター暦5年程度の自分がベテラン認定されたら、自分よりはるかに長い時を狩りや戦いに費やして来た面々は何なんだと言うのが、彼の言い分であった。
 しかしながら、現在の世界ではハンター暦3年未満で多くのハンターが落命したり、戦列に立てなくなるのが殆どである。それを考えれば、クオレは当人の考えがどうあれ、十分ベテランと言えるかも知れなかった。
 少なくとも、このメンバーの中においては。
「君はそういう所で謙虚だな……」
 アイザックスは呟いた。
 クオレが新たに現れたアミダ光線種3匹を叩き潰した直後、ハインラインが唐突に告げた。
「各機へ、ジュイファシティ・インファシティ境界付近で交戦中の地元ハンター達が救援を求めています」
「やれやれ、またクソ蟲の大群が湧いて来やがったのか?」
 アミダの群れを相手取るのもいい加減疲れたと零しかけたクオレだが、ハインラインが「違う」と返したので、思わず表情を硬化させ、姿勢を正した。
「アミダは少数です。ですがサイズが余りにも巨大な為にてこずっているとの事」
「巨大って、どれ位あるんだ?」
 アイザックスが尋ねる間に、ハインラインは別のハンターの機体から送られている戦闘の様子を、モニターに表示した。
 その外見は、いわゆる原種のアミダそのものであったのだが、そいつの下では破壊されたACの残骸が踏み潰されていた。ACの残骸のサイズと比較すると、そのアミダは少なく見積もっても2倍以上の大きさがあった。
「推定全長20メートル前後、と言った所です」
「そんなになるのですか……?」
 ディアマントが背筋を冷たくする横で、アイザックスは「分かった」とだけ返すと、武器をリーサルドラグーンに切り替えた。
「化け物め……」
「普通の人にとっちゃアミダの時点でバケモンだろ」
 ブレイザーに至極当然な突っ込みを、全く動じる様子も無く入れるクオレだった。
「巨大アミダは港湾区画に向けて進行中。戦闘映像からはイレギュラー的に巨大化した原種と思われますが十分警戒願います」
 ハインラインの説明を前に、ディアマントは瀬を伝う己の汗に気付いた。
 何しろ、今まで彼女が狩って来たのは、都市部やその周辺での依頼が多かったために、小型の機械兵や全長10メートル内外のモンスターといった程度が精々で、ACの2倍近い相手と直接対峙するケースが今までなかったのだ。
 一応見た事はあるが、それは映像・写真などの資料を介してであり、生きているものを現場で見るのはハンター人生初の事だった。
「怖がる必要はないさ」
 胸中を知ってか知らずか、アイザックスは不安げな女性イェーガーを励ます。
「基本は今まで蹴散らした奴らと一緒ですよ」
 ディアマントの事は知っているブレイザーも激励する。
「難しく考えない方が良いぜ」
 クオレは早速全速力で目標へと向かい出していた。
「……ありがとうございます」
 仲間達に励まされ、そして先陣切って怪物に向かっていくクオレ機を見て、ディアマントは少し気が楽になったような気がした。そして操縦間を握る手に力を込め、愛機のスロットルを上げた。
 ディアマントがもう大丈夫だろうと見た4機は、行く手に現れたボーンマイト2匹と原種アミダ5匹を叩き潰しながら、新たな標的に向かう。先頭はクオレ、他の3機は彼より400メートル離れた所を並んでついて行く。
14/08/07 15:47更新 / ラインガイスト
前へ

■作者メッセージ
 蟲退治ミッションその4です。
 今回は名前にあるとおり、アミダ――まあネクサスや原作に出てきたあいつ等との戦いがメインですが、今回は原作に登場した奴等以外にも、36年後だろうから野に放たれたりして変異したり、いろいろと品種改良されたであろう奴等を出して見ました(爆)。

 ちなみに種類自体は初期プロット段階ではもっと多かったのですが、取り止めが付かなくなったのでちょっと自重して(爆)、AC世界をあまり逸脱しない感じの奴だけを残しました。
 何せ初期段階では「何十匹ものアミダが連結して出現するムカデアミダ」とか「触手を生やしてクオレ機を捕獲してから強酸をぶっ掛けるアミダ」と言った、冷えた頭で見ると正気の沙汰と思えない奴まで居た位ですから(爆)。

■ディアマント秘話
 実はディアマントは初期プロットには登場せず、YYさんが感想で「ヘドロの沼に沈んだ(おそらくハインラインの)担当イェーガーは助かったのか」と言う予想外のレスを返して来たので、それの回答として急遽登場させたものです。
 今回、その辺の含みを序盤で言及しましたが、もうちょっとギスギスした関係の方が良かったのかと思ってたり……何せ、ナビゲートミスで沼に沈めてしまった訳ですから、怨恨があっても何ら不思議は無いと思いますゆえ。

 それよりも、ディアマント登場に当たってプロットを一度破棄して執筆し直すのが面倒でした(←無計画は駄目だと言う手本)。

■小説でもウラヌスコア使いって余り居ないよね
 イレギュラー的な登場をしたディアマントとは対照的に、ブレイザーは元々初期プロットから居た人です。
 ACの二次創作を見ていると、「同じ作品で類似したアセンブリのACを操っているキャラ」ってあまり居なかった記憶があるので、じゃあ試しにやってみるとどうなんだろうと思い、「クオレと似て非なる人」と言うところから始めたのですが……執筆段階でクオレ君がさらにマイルドになったような感じになったのに飽き足らず、さらに機体アセンブリも類似したものに変え、さらにディアマントに気があったりするなどで、結局別物になってしまった感がします。
 まあでも、「原作中で産廃扱いされてるコアのEOをメインに使う」と言う形でキャラは一応立ったわけですし(初期プロットでは投稿版ほどEOは使わなかった)、似たようなアセンブリでも機体に対する考え方の違いが描写出来たり、産廃扱いされてるウラヌスコアにも出番が回って来たと言う事で結果オーライかなと。

 クオレ君とブレイザー君の絡みは、今後も(多分、対比と言う形になると思う)ちょくちょくやって行きたい所です。

TOP | 目次

まろやか投稿小説 Ver1.50