連載小説
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人間兵器
体調の回復を待って、フェアレ君は、本社のEPSSへ送られた。

EPSSとは、我がクレスト社の、強化人間に関わる研究機関の名称である。
強化人間の技術はキサラギ社によって進められ、既に実戦投入が行われている。しかし、キサラギ社の資金力では、ごく少数の強化人間しか製作できず、企業間のパワーバランスを大きく変えるには至っていない。
しかし近年、随一の資金力を持つミラージュ社が、遂にその強化人間の研究に着手した。ミラージュ社の企業力に強化人間技術が加われば、もはや他の企業はそれに対抗する手立てはない。我がクレスト社が強化人間の研究に踏み切ったのには、そのような背景があった。
我が社の強化人間に関わる技術は、ナービス社による強化人間のサンプルを得たのをきっかけに、大きく前進した。そのサンプルが、チューマー君だ。チューマー君はナービス社の衰退とその強化人間研究機関の解体により行き場をなくし、放浪していた所を我が社に雇い入れられた。チューマー君が我が社にもたらしたデータは素晴らしく、我が社は遂に、強化人間の実戦投入が可能となったのだ。
その、強化人間を用いた兵器が、”ダークネス・スカイ”である。”ダークネス・スカイ”は、強化人間の常人をはるかに超える耐圧力・運動能力・反射神経を生かし、生命維持装置と操縦機構を簡略化することで、従来の兵器ではあり得ない高性能を実現した。”ダークネス・スカイ”一機で、実働部隊の一個中隊に匹敵する戦闘力を持つと言われている。しかし、問題は未だ多い。我が社の現在の技術力では、強化人間を生かした兵器を開発するにとどまっており、肝心の強化人間を作り出すことには、まだ成功していないのだ。私自身、強化人間の開発に関わったこともあったが、非人道的な実験の代償としては、あまりにお粗末な結果しか得られなかった。
フェアレ=フィーの到着が、我が社にとっていかに大きなものか、お分かりいただけただろうか。



数日後。クレスト本社、強化人間研究機関EPSS、第一ウイング。
本社ビルとは別棟に設けられた、研究機関の一部屋である。
そこに、フェアレ君はいた。
何もない部屋に、丸椅子とテーブルがひとつ。フェアレ君は、その椅子に腰掛け、天井を見つめている。
連日検査にかけられ、身体データを取られたためか、若干疲れが出ているようだ。

ノックの音がし、部屋の隅の戸が静かに開いた。
部屋に入ってきたのはリンダ君だ。

「フェアレ、あなたのデータは見せていただきましたわ。凄いですね。疲れた?」

リンダ君の声に、フェアレ君はゆっくりと振り向いた。

「…疲れては…いない。ナービスの検査に比べれば、こんなもの…。」

「そう。あなたのAC、”イエロードック”の修理も終わったらしいわ。テストとデータ採取も兼ねて、それで実戦に参加してもらうことになるでしょう。」

「そう…。わかった。
ね、リンダ、私は、あなたたちにとって必要なの?」

「ええ。必要ですわ。とてもね。」

リンダ君の言葉に、フェアレ君は少し微笑んだようだ。
フェアレ君が再び戦場に立つ日は近い。
10/02/28 08:05更新 / YY
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まろやか投稿小説 Ver1.50