連載小説
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前編
この世は疑心暗鬼にまみれている。
倒さなければ倒され、奪わなければ奪われ、殺さなければ殺される。
それほどまでに此の世界は荒廃してしまっている。
特に隣人には、気をつけなければならない。
特に素情の知れない者に対しては・・・
俺は何度も監視をつけるようにリーダーに対して進言したというのに未だに聞き入れてもらえない。
あの杏子という女は余りにも利己的だと言うことで有名だ。
腕は確かだが、奪える物は根こそぎ奪うという性格の人物だ。
色々と調べられる範囲内で調べた結果がこれだ。
AKマスターアームズに入隊したのは、あの時に自分の命を守るための勢いなのか。
それとも物資を奪ってトンズラしようとしているのか。
あれから数日がたったが、特に何も杏子は行動を起こしていない。
そんなことはどちらもさせる気は無い。
ロウケンさんやなべさんは、チーム内に女性が来た事を喜んでいるようだし、サンも杏子ことを好いている様である。
誰も杏子を疑わないのであれば、俺が疑うしかない。
「・・・。」
休憩室のテーブルに1人で腰掛けて紅茶を飲み、横目で杏子を見ていた。
杏子は少し離れたテーブルでサンと向かい合って一緒にチェスをやっているようであった。
「早くしてくれない?」
「うー・・・。」
どうやら状況は杏子が優勢なようで機嫌良さそうにニヤニヤしながらサンに対して言葉を言った。
サンは、うなり声を上げながらジーッと盤を凝視していた。
どうやら良い手が見つからないようである。
「兄貴にでも助けてもらいなよ。」
杏子はケラケラと笑いながらサンに対して言葉を言った。
俺を引き合いに出してくるのか・・・
ムーンは紅茶をテーブルの上に置いて心の中で身構えた。
「に、兄さん〜。」
サンはこっちの方を向いて懇願するような顔を浮かべて自分を呼んだ。
仕方ない、少しは手助けしようじゃないか。
紅茶をテーブルの上に置いたまま席を立ってゆっくりと2人の方に近づいていって戦況を見やるのであった。
2人のチェスをしているテーブルには取られた駒が置いてあり、サンの方はきちんと整列しているように並んでいるが、杏子の方は乱雑に倒されたまま置かれている。
2人の対照的な性格がよく見える。
盤に並んでいる駒もそうで、杏子の方は多くの駒が敵陣にいるのに対してサンの方は防戦一方な感じであった。
杏子のキングは端に寄っていて、前をポーンで固めていた。
防御も堅く崩すのは厳しく勝つのは難しい、だが・・・
「こうだな・・・。」
「え?兄さん・・・」
俺はクイーンを戦線とは全く逆の開いた方向に動かした。
サンは驚いた様な感じで言葉を言った。
防御に手を抜いたら確実に此の先、チェックメイトになってしまうと言うのに、と思っているのだろう。
「兄貴でも挽回は無理ってか?」
杏子はニヤニヤと笑みを浮かべながらルークを動かしてサンのビショップを取った。
だが、俺は無表情のままクイーンに手を伸ばす。
「・・・チェック、これでどうだ?」
俺はクイーンの駒をつまみ上げて杏子のキングと同列の場所に動かして静かに言葉を言った。
まあ、これで終わりなんだけどな・・・。
「そんなところに動かして何の意味があるのさ?」
杏子はムーンの手に対して挑発的に言葉を言って、キングの駒を前に動かしてチェックを回避する。
「まあ、すぐ分かるさ・・・。」
俺は軽く微笑んで静かに言葉を言った。
そしてクイーンをまたキングと同列の場所に動かす。
「・・・チッ、そういうことかい。」
「へ?」
杏子はキングを元の位置に戻してチェックを回避する。
そしてムーンがやっていることに気付いたようで悪態をついた。
サンは分かっていないのか、首を傾げて盤の上をジッと眺めていた。
「そう、パペチュアルチェック、引き分けだ。」
「やったぁ!」
ムーンは静かに言葉を言って駒を動かさずして引き分けを宣言した。
パペチュアルチェックと言うのは、将棋で言う千日手で3回、盤上が同じ形になったら引き分けというルールの事だ。
サンは満面の笑みを浮かべながら言葉を言った。
「頭の良い兄貴が居て助かったな。」
負け惜しみの様に杏子は苦虫をかみつぶす様にサンに対して言葉を言った。
あと一歩で手に入れられた勝利を不意にされて悔しいのだろうか。
いや、何かを賭けでもしていたのだろうか・・・
「じゃあ、杏子さん、約束だよ!」
一方、サンの方は席を立ってフフッと高圧的な態度で言葉を言った。
やはり、何かを掛けあっていたようであった。
「約束は約束さ。付いてきな。」
杏子は多少、イライラしながらも勝負前に行っていたことを履行するのか、席を立ってサンに対して言葉を言った。
そして2人は休憩室から去っていくのであった。
不味い、追わなければならないと思った矢先に部屋を出ようとするとロウケンさんが入ってきた。
「よぉ、そんなに慌ててどうしたんだ?」
ロウケンさんは、俺に対して何気ない言葉を言った。
此処で捕まってしまうとあの2人を追うのが難しくなってくる。
「い、いや・・・何でもない。」
「お、チェスじゃないか。一緒にやろうぜ?」
俺は誤魔化す様に言葉を言ってその場をどうにかしようとした。
だが、ロウケンさんは、サンと杏子が残して行ったチェス盤と駒を見つければ、自分を誘って来た。
「・・・ああ。」
俺は静かに肯定の言葉を言うしかなかった。
クソッ、先ほど何もないと答えるんじゃなかった・・・。
まあ、サンも一緒だし、大それた行動はとれないはずだ、そう信じたい。
仕方なく俺は紅茶のカップを持ち運びながらロウケンさんと共にチェスを行っていたテーブルに座って向かい合った。
「これは、誰と誰がやってたんだ?」
ロウケンさんは盤を見ながら、問いかける様に言葉を言った。
「サンと杏子だ。そっち側が杏子だ。」
俺は素っ気なく言葉を返した。
別に誰だって良いだろうに、心の中でそう思っていた。
「随分と乱暴なプレイだな。まあ、そういうのもタイプだけどな。」
ロウケンさんはフフッと笑いながら言葉を言った。
すっかりと杏子にご執心という訳か・・・
「ロウケンさんは杏子をどう思ってるんだ?」
俺は単刀直入にロウケンさんに対して聞いてみた。
彼女の事を疑っているのか、それとも完全に先ほどの言葉通り女性として見ているのか。
「ああ?そりゃあ、狙うだろ?」
ロウケンさんは、自分の質問に対して何だかずれた様な回答をして来た。
しかも、聞かずとも分かると言う様な感じでだ。
「え?」
「ムーンも狙ってるんだろ?隠さなくても良いって。」
俺は呆れた様に言葉を返すしかなかった。
そんな俺に対してロウケンさんは、ヘへっと笑いながら言葉を言った。
全く話がかみ合わない。
まあ、分かった事はロウケンさんは既に杏子への警戒を解いていると言う訳か・・・
「俺に勝ったらロウケンさんの命令を何でも1つ聞いてやる。」
俺はもとより教える気などないが、条件を提示した。
全く何でこんなことになってしまったのか・・・
「お、良いな。乗ったぜ。俺も同じ条件で良いんだな?」
ロウケンさんは、乗り気なのか賭ける物を聞いてきたのだった。
まあ、どちらでも俺は構わない。
早くこの勝負を終わらせて、杏子を見張らないといけないのだから・・・
12/05/27 20:17更新 / シャドウ
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■作者メッセージ
今回は前中後編の三部作にしてみるぜ−。
書き上がるのが先になりそうだが待っていてくれよ−!

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まろやか投稿小説 Ver1.50